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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第二章 ──誘拐事件、交錯する運命──
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54- 長夜、初虧の前触れ

 

 世界が静まり返る夜更け。ふと、どこからか聞こえてくる諍い。胸騒ぎと違和感を覚えると、ゆっくりと睡眠から目を開けるサヤカ。知らない天井。


 ここはオリヴィオ宅。一日かけて家じゅうの掃除を二人がかりで終わらせたことを、寝ぼけ眼のまま段々と思い出す。


 言い争うような声が聞こえてくる。これのせいで起きてしまったらしい。具体的な内容は籠っていて聞こえないが、二人が言葉を投げ合っていることだけはわかる。更に言えば、それは外からではなく、家の中、サヤカのいる部屋のさらに向こうからだと気づいた。


 何かが倒れたような響き、不意の大きな音。静寂に包まれたかと思うと、再び諍いが始まる。声だけで判断すれば、どちらも男だ。


 一方は、よくよく聞けばオリヴィオのような声にも聞こえる。弱腰な彼がこんな大声を上げることがあるのか。何があったのだろう、とようやく思考が明瞭になってきて、思い出した。この家は今、サヤカとオリヴィオしかいないはず。では、彼と言い争っているのは誰か。現状を理解しだすと同時に、心がざわめき立つ。


(も、もしかして泥棒……ご、強盗かも……っ!?)


 オリヴィオは、入ってきた泥棒に気づいて、抵抗している最中かもしれない。恐怖が背筋を駆け抜けるが、サヤカ自身がどうにかしなければ事態はきっとよくならない。今のサヤカには、対抗できる手段がある。鞄から取り出したのは、マナ液が入っている小瓶とベルト。腰に巻いて、いつでも魔法を使えるようにする。


 しかし、これでも心もとないと思ったサヤカ。次に鞄から取り出したのは、分厚い本。寝る前に読んだ本だった。挟んであったしおりは鞄に入れる。


(いざとなったらこれを投げて……気休めにしかならないけど、無いよりマシ!怖いけど……ここで隠れてても、良いことなんてない……!行かなきゃ!)


 冷や汗と突き動かされる使命感。足音をなるべく立てずに部屋の扉をゆっくり開ける。暗い廊下。その先の、案外近いオリヴィオの寝室。その扉のごくわずかな隙間から、廊下に光が差しているのがわかった。籠っていた声。途切れ途切れだが、先ほどより鮮明に聞こえる。


「いいか…………!……お前…………気が済ま…………!」


「…………そう……!な……!?……早く……………………!」


 今のはオリヴィオの声だ。必死に声を絞り出しているようで、もう一人より言葉を捉えられない。


「うるせえ……!…………!……、おめえは誘拐…………!!」


(えっ?誘拐??)


 不意に捕まえた言葉。最近、聞き馴染みのある言葉だった。巷で噂の誘拐事件のことを言っているのだろうか。思ったよりも複雑な事情に巻き込まれているらしい。本を落とさないようにしっかりと持って、忍び足で、一筋の光が漏れている扉へ。


 なおも聞こえてくる声。近づいたがために先ほどより少し分かる。


「な、なんで…………?…………?……わかんないよ……!」


「……ボタ……!……来る合図だよ!!…………俺の言う事素直に………!!」


「も……もうやめてよっ!!!」


 はっきりと聞こえたオリヴィオの叫び声。直後、彼の部屋の廊下側の壁に、何かがぶつかった。鈍い音だった。まるで、人が突進したような、激突したような重い音。やっと扉まで辿り着いて、隙間から覗き込む。


 まず最初に見えたのは、ベッドにいる、乱れたパジャマ姿のオリヴィオ。酷く怯えた顔で、廊下側の壁に両手を広げていた。ボタンが無くなってしまっている厚手のパジャマ。体の前面だけ黄色い体を晒していた。


 彼の視線の先を追うが、誰かがいるだろう。しかし、薄紫色のマナのような大きなものに拘束され、サヤカからの視点ではその顔は確認できない。


「ボタンが……!……くそッ、ふざけやがって!!今のせいでもうお前を──」


 不意に、視界が黒く染まる。光が遮られたらしい。何やら、空気が一気に変わった気がした。サヤカは、何事かと思いつつも一歩も引けずに固まってしまう。そんな中、目の前にいるその黒い人が低い声で、辺りを見回しながら喋り始める。


「……何をしてる?なぜ気絶させていない」


「そ、それは……こいつが抵抗しやがって……」


 もう叫んでいない、廊下側にいる普通の話し声のもう一人の方。その声で気づいた。酷く驚いて思わず口に手を当てる。


(ウリクさん……?この声、ウリクさんだわ……!なんで……!?)


 唖然とするサヤカ。なおも様子を見ることを忘れず、何が起こっているのだと、本を震える手で持つ。オリヴィオは、黒い男に圧倒されて何も出来ない。対して男は、二人を交互に見つつ、嘲笑するように鼻で笑う。たちまち奥の窓側へ歩き出す。


「抵抗した割には貴様も半裸ではないか。その上拘束ときた。貧弱で、無様だな。今までそんなヘマをしなかったというのに。……こいつに情でも湧いたか?」


 ようやく黒い彼の顔が見えた。緑の目の黒い山羊の獣人。背が高く、体格はがっしりとしている。仰々しい灰色の派手な装飾に加え、紫に光り輝くマナの結晶が腰に据えてある。服自体は黒から灰の色で纏めており、そこに一つ、手に持ったランタン。炎は灯されていなかったが、淡く白い光を放っていた。暗闇にまぎれるのに最適そうな服装のように思える。一言でいえば、暗殺者のような風貌。顔の表情はピクリとも動かない。


 そんな彼に、苦笑いしつつ弁明するウリク。


「へ、ははっ、あ、当たり前だろ。こいつとだけは普通の友達でいようと思ってたんだぜ?それなのに、レベルシティにあった座標は無くなってたし、早くよこせって言われたから、他のも見に行く時間なかったし、こいつしかもう代わりがいなかったんだ……なあ。俺はお前と違って、ちゃ~~~んと人としての心があんの!!順序立てて仲よくしようって!!それなのにさあ……」


 心底悔しそうな声色の彼。荒い息。


「な~~~んで抵抗するかなあ、オリヴィオ……。もうこれでチャンス無くなっちゃったじゃん……誘拐するんだったら最後くらいにはって思ったのにさあ~~……」


「く、狂ってるよ……ウリク……なんで……」


 涙目でウリクがいるだろう方向に、失望の目を向ける。助け出せそうなチャンスはまだ訪れていない。息を潜むサヤカ。一方、黒山羊が落ちていた研究服らしき白い服を摘まみ上げ、冷静に分析する。


「ふん。抵抗にしては傷一つ無いじゃないか。マナも付着無し。……ウリク、他には」


「それだけ。もう触んないでよ、黒い毛が移るじゃん。あと俺も助けて。んでこいつさ、誘拐するならも~~ちょっと待ってよ。夜はまだ長いんだしさ、こんなとこ誰も来ないっしょ?なあ???一回くらいならさあ~~!」


 興奮気味の彼に対し、黒山羊の表情は石のように動かない。しかし、声色はひどく軽蔑と怒りと滲ませているのが分かる。


「貴様のくだらん痴情で時間を無駄にするとでも?それ以上ふざけた言葉を吐いてみろ。お前の代わりなどいくらでもいる」


「……ちっ」


 黒山羊が廊下側にいるウリクの拘束を解こうと、扉近くまで向かう。サヤカは、目を合わせてしまわないよう一旦隙間から目を外す。口を押え、息を殺す。


(……このままだとオリヴィオさんが誘拐される……!この本と魔法だけで……どうにかしなきゃ……)


 足音が近くまで聞こえてきて、止まる。こんこんと、硬い何かに対してノックする黒山羊は、オリヴィオに対して満足げに頷く。


「面白い魔法を使うな、貴様。マナそのものの魔法とは……良い硬度をしている。保有量の高さ、マナに対する造詣の深さ。……あの方はどちらをとるだろう」


 再び覗き見るサヤカ。黒山羊は、手に持っていたランタンを、目視で何かを確認している。これから何かをするのだろうか。意識は、完全にオリヴィオの方に向いており、背後にあるサヤカが覗き見ている扉には一切の注意を払っていないように思えた。固唾を呑む。


(や、やるなら今……頭は見えてる……投げて、そこに当てて、気絶させる……よし……!いける……!私ならいける……!!)


 音を立てずに立ち上がった。黒山羊がランタンを掲げようとした時、開きかかっている扉に勢いよく突進して開けた。大きな音。家じゅうに響く。目を見開いて振り向いた黒山羊の頭に、渾身の一投をかます。


「このーーーッ!!!」


 投げた本。黒山羊の頭へ。だが、彼の素早い反応の一振りで防がれた。ダメだった。たった一瞬のうちに、部外者が入ってきたと冷静に察した黒山羊。ランタンからの、目を殺されるほどの発光を、本が当たらなかった絶望に怯むサヤカへと。


 目くらましには十分すぎた。遅れて防ぐように手を前にするも、その隙をつかれる。衝撃。振動する頭。拳を叩きこまれてしまった。痛みで思考がままならなくなって、そのまま床に転がり伏せる。見下げる黒山羊。


「ほう。貴様は人間か。久しいな。ここにいるとは」


「っ!!サヤカさんを傷つけ──」


 食ってかかろうとするオリヴィオに、黒山羊は見向きもせずに草の魔法で(つる)を操って拘束する。特に首を絞めつけ、言葉を出さないように。彼はしゃがみこみ、痛む頭を抱えて床に伏せるサヤカの、腰に掛けていたマナの小瓶を手に取る。


「サヤカ。マナを扱える人間か。殺すには惜しい。……こいつも連れて行く」


「はあ?ニンゲンって、なんだよ?」


 未だ拘束されているウリクが投げかけた。黒山羊は心底面倒そうに一蹴。


「貴様には一生縁遠い種族だ。無駄口を叩くな……瓶は」


「……扉近くの鞄」


 ウリクが骨の顎で指し示す。未だ痛みに悶えるサヤカを置き、彼はその鞄へ。手足、体が拘束されて全くの身動きが取れないオリヴィオだったが、黒山羊のその傲慢で無防備が多い態度に隙を見つけた。オリヴィオは自身のマナを頭で想像して【操作】しようとした。


 が、微かなマナの流動に気づいた黒山羊が、後ろ手にランタンをまたもや発光。目を殺すほどのそれが目に直撃し、【操作】を強制的に中断させられた。鞄から薄紫色のマナ液体が入っている瓶を取り出して一言。


「もう一度抵抗してみろ。こいつを脚を折る」


「っ……!」


 蔓が、光で目を瞑るオリヴィオの首をさらにきつく締める。気絶しようとサヤカに近づく黒山羊に、待ったをかけるウリク。


「ちょ、ちょっと待って、それは俺にやらせろ。ちゃんとかけるところかけねえと気絶しねえんだよ、おい」


「……解け」


 彼を一瞥し、オリヴィオに拘束を解くよう命令した。この状況で抗いようがない。この黒山羊は、やるといったらやる気質を持っているだろう。すなわち、ここでも抵抗してしまえば、サヤカの脚を折ると。


 仕方なく、ウリクへのマナの拘束を解いたオリヴィオ。晴れて自由の彼は、には、と気持ちの悪い笑みを浮かべつつ白衣を手に取る。拘束されているオリヴィオを見やるが、ニヤケ顔の笑みで見ながら、黒山羊から瓶を受け取る。


「こいつが心配か?ん?なんも問題ねえよ。ちょっと気絶させるだけってんだからさ。お前の友達に変な事するわけねえだろ?最高の友達がさあ」


 抵抗しようにも蔓で何もできない。サヤカの頭と首元に注ぐようにしてかけていくと、液体が徐々に消える。痛みに悶えて唸るサヤカが、たちまち眠るようにして動かなくなった。呼吸はしている。彼の言うとおり、気絶させたようだ。


 オリヴィオは後悔した。サヤカからの掃除の手伝いを断れば、もっと言えば、自身がもっとしっかりして家を清潔に保っていれば、彼女を巻き込まずに済んだ。自身だけが誘拐される分にはまだ良かったのに。拘束されたままうなだれるオリヴィオに、ウリクが予備であるもう一本の瓶を鞄から取り出した。


「失敗した時のためのもう一本、あってよかったよホント~」


 低俗な目で、悠々とオリヴィオへ近づいていくウリク。


「は〜〜〜、かけるのがマナ液なんてなあ~、どうせなら俺の──」


「早くしろ、たわけ。マナの無駄になる」


「……ちっ、はいはい」


 面倒くさそうにオリヴィオの首を掴むと、四角い頭の上面に瓶の先を宛がう。もう何もできない。抵抗も許されない。


「冷たいから我慢しろよ~」


 恐怖にまみれながら、始まってしまう。何かしら、情報が書き込まれたマナだろうか。液体状のマナが頭にかかり、首へと垂れ、徐々に浸透していく。その情報をなんとか分析しようとするも、その余裕すらなく瞼が重くなる。たちまち意識を手放してしまった。


 雨が降っている夜更け。とある家で起きた、誰も知りえない物語。たちまち例の誘拐犯二人は異頭族と人間、二人を抱えて、合計四人で転移。活動の根城へと帰っていった。防がれた際に家具の隙間に吸い込まれた、争いの形跡である、サヤカの本。そして、最後、オリヴィオの秘策を残して。


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