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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第二章 ──誘拐事件、交錯する運命──
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52- 休息を祝う

 

 同日の夜。治安維持団本部の二階、廊下奥の副団長室にて。激務から解放された巨態族と影族のハーフで副団長である大柄のオイケンと、異頭族でマナ専門技師である細身のガゼロ。二人はソファに座って、大きめの窓から静寂の夜を見つめていた。


 雨が降りそうな厚い雲が、眠らない街のレベルシティを覆って佇んでいる。何気ない一抹の不安が、オイケンの胸によぎっていた。それを知らず、ガゼロは買ってきたワインをオイケン側のグラスに注ごうとする。


「ホントに飲まない?」


「……あ、あぁ、いらない。明日も早いから」


「やっぱ今日くらいは良いんじゃない?団長に掛け合って、朝いつもより遅く起床する許可とか、下りないの?」


 オイケンにとっては、外を眺める悠然とした時間というのは確かに滅多にない。先日、ようやく副団長としての業務の細分化とそれに伴う増員がなされ、作業に余裕が生まれている。団長であるフロイトに管理されてきたスケジュールに沿って行動してきていたが、最近ではスケジュールの合間を縫って余裕ある時間を過ごせているのだ。


 それでも、極秘書類の管理や治安維持団の規則改定などの副団長にしかできないこともあるゆえに、多忙であることには変わりはない。今までが過剰に激務だったのだ。


 ガゼロは、目元に隈を浮かべる彼の顔を窺ったあと、何も言わないことに不満を表す。


「もういいんじゃないかな、やっと最近になって自由が少し帰ってきたんだしさ。時間ある時に楽しむことも大事だと思うけど?」


「いや……すまない。今団長に掛け合ってた」


 なんだ、困惑しつつ納得するガゼロ。オイケンは、眼鏡をこれ見よがしに外して、テーブルに置いて伸びをする。


「はぁ~~っ……三十分だけ長く寝てもいいって言ってくれた。大きな一歩だ……!あいつもやっと俺の気持ちってのを理解してくれたっぽいよ、まったく……」


「三十分!!?そんなん、全然でしょ??」


 困惑に続き次は驚愕。ただ、彼は深刻に思うことなく軽く笑う。


「んなことは無い。最近は四時間寝れるようになったんだよ。さらに三十分も寝かせてくれるなんてね。徹夜してた時期とかを考えると破格でしかないって」


 あの時の業務改善が多数決で勝って、他隊長の意見を聞くまではずっとそうだった。眼鏡を通して頭の中に入ってくる、フロイトからの絶え間ない指示と情報。常人では頭がパンクするような情報量を、オイケンは巧みに整理して抜き出している。


 フロイトにとって副団長は、第二の思考モジュールだと思われているのだろう、と解釈したガゼロ。


「……副団長さんも大変だね。……んじゃ、ワイン入れちゃう?」


「うん、やっぱりお願いしようかな」


 ワインの栓が抜かれる音。グラスに注がれていく。透き通る赤が、レベルシティの夜景を反射して光る。ガゼロ自身のグラスにも注ぎ、共に乾杯を交わす。


 熟された果実の匂いを楽しんだあと、ゆっくり味わうオイケン。グラスをテーブルに戻した。先ほどのガゼロの言葉が気になって、深く聞いてみることに。


「あなたも、って言ったね。もしかして君も何か、フロイトから色々あったりとか?」


「……ま、大正解」


 疲れを見せつつも、それを隠すような微笑み。三角のピンク頭の、後ろに生えている伏せ気味の獣耳がさらに下に傾く。


「っていうか、団長お抱えのマナ専門技師だからね。師匠のマニュアル本とにらめっこしながら、メンテナンス、配線の劣化確認、マナ領域のデータ整理とか~~~、はぁ……そういう諸々を定期的にやらなきゃならないんだよ」


 列挙するだけでも疲労が顔に浮き出ている。肩をすくませつつワインを一口。


「ま、オイケンさんより忙しくは無いかもね。マナ領域のデータの破損があったら、復旧にかなり時間が掛かったりするけど。それこそ徹夜でね」


「マナとかその分野のことはよくわからないけど、君も君なりに苦労してるね」


 吹き出すように笑うガゼロ。(くつろ)ぐように細い脚を組んで、口元を抑える。


「それ副団長さんが言うのかい??私より睡眠時間少ないってのに??相当多忙な生活に慣れちゃったみたいだね」


 腰を曲げ、大きな体を縮こませるオイケン。背中の畳んだ羽が、ばさりと少し開いて、また閉じていく。


「う~ん、今だから言えることかもしんないけど、案外悪くはなかったかもね……。別に戻してほしいってわけじゃないんだけど」


「喉元過ぎればってヤツ?よくそんな前向きになれるね。……私は好きだから徹夜も辞さないけど、副団長さんの場合って、好きでそれやってるわけじゃないだろう?」


 ガゼロ自身、マナ機械一筋で生きてきた。それが前任者である師匠の目に止まって、団長のメンテナンスにスカウトされたことが始まりだった。しかしながら、好きから始まる労働はいずれ義務となり、好きを手放してしまう時がやってくる。割り切れればそれまでだが、ガゼロ自身の性格からすれば無理だとわかっている。


 やりたくもない仕事に対して、楽観的になど絶対になれない彼女に対し、彼は微笑む。尖った歯が口の隙間から覗かせた。


「まあ確かに好きではないね。っていっても団長には、副団長に昇進させてくれた恩はあるから」


「恩って……副団長さん自身が勝ち取った功績の結果だろうに。当たり前の対価を、恩なんて言葉で片づけていいのかい?」


「実際にそうなんだよ、面白いことにね」


 不可思議な経緯を、夜景に目を細めながら語り始める。


「治安維持団の事件科に入隊したての頃に、団長直々に言われたんだ。副団長になれって」


 眉を顰めるガゼロ。苦笑いで続けるオイケン。


「おかしいだろ?普通、治安科っていうこの上ない適任者が揃ってるってのに、任されるはずのない誘いが俺にかかったんだ」


「治安科って公共事業を任されてるところだろう。なのに、事件科のあなたが?意味不明なんだけど……」


 ガゼロは、その時の団長の判断に困惑の色を示す。それに同調するように頷く彼。ワインを呷る。ただ、納得したように片方の口角を上げている。


「だろ?自分でも無理って思ってたけどさ……意外にも性に合ったんだ。なんか、事件科にいた自分とは別の自分、みたいな。多分、好きか嫌いかにかかわらず、隊員たちの得意不得意を団長は一目で理解できるんだろうね」


 それを聞いて、妙に納得したガゼロ。


「あ~……団長が目利きに優れてるのは知ってたけど、一目で判断するなんて……まさかそこまでとはね」


「人材や外交、公共ばかりに目が行って、肝心の事件の方はその洞察力を発揮できてないけどね。現に例の連続誘拐事件は一年くらいも放置されてしまっていたし」


 誘拐事件。治安維持団の隊員であるイノヴァは誘拐犯側と繋がっていた。それほどの目利きがある団長なら、最初から彼はそういう愚行を犯すとわかっていたのではなか、と思い返す彼女。


「そういえば、イノヴァが裏で色々証拠の隠滅とかの工作していたのは分からなかったんだね。団長でも彼の性根の悪さには気づかなかったのかね」


「それはいくらなんでも団長を過信してるよ。頭の中を覗けるわけじゃないからさ」


 深くソファを座りなおして、背もたれに体を預ける。ぎしり、と鳴った。彼女は納得して頷く。


「……確かにそれもそうか」


「ああ、イノヴァと言えば……」


 オイケンは、そこから連想して一つ。気にかかったことを彼女へと質問する。


「あの人の家で見つかったマナの分析はどう?どれぐらいかかる感じかな」


 ガゼロは少し得意げになって腕を組む。マナの分析は得意分野であるからだ。最初の想定よりも早く分析が終わりそうだと告げる。


「明日くらいね。夜の間は団長さんがやってくれてるし……それとは別の機器の分析もあるけど、同時進行でやったとしても、絶対に明日には終わる。クラッフル君がいてくれて助かったわ、ホント」


 クラッフル。特別隊員であるレイトが連れてきてくれたマナ専門技師の球形族。あの人にはかなり助かっている。同じマナ専門技師というだけでありがたい上に、マナ機械のみならずマナ自体の見識が広い。彼ほどの人材はなかなか見つからないだろう。


 オイケンも、クラッフルがいてくれたことに対してありがたさを感じている。


「クラッフル君……彼には、正式に団長のメンテナンス係に任命させたいね」


「わかる。私ひとりじゃどうしても手が回んない時あるし。いてくれると助かるんだけどね~~」


 団長やクラッフルのことでひとしきり話し合った後、再びワインが注がれる。雨が、ぽつぽつと降り始め、窓を叩く。夜景を眺める二人の話題は、尽きることなく会話を交わし続ける。ちょっとした身の上話から、ガゼロがよく行く店、オイケンの安眠枕ランキング。


 二人の夜はまだ少しだけ続く。


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