50- 混ざり合った水と油
「う~ん、美味い美味いっ!寒い季節にはスープだっ!」
その後の夜。レベルシティにある宿の騒々しい食堂にて、球形族のクラッフルが野菜たっぷりの暖かいスープを啜っていた。その隣には、レイトが先日知り合った治安維持団、上級隊員のダズベル。辛みたっぷりの肉野菜を口に詰め込んでいた。低身長でありながらも、がっしりとした体格に似あう食べっぷりである。
「けぷ~……温かいのもいいけど、辛いのもいいですよ、クラッフルさん!同じように体があったまります!」
「ボクは辛いの苦手だから遠慮するよっ!ゆっくり食べたまえ」
会って早々仲良くなった二人が話し合っている。正面とその隣には、レイトとリーロが座って、同じようにスープを飲んでいた。リーロの方は野菜も肉も量がはるかに多めだった。
レイトは、映像の分析についての進捗をクラッフルから聞いてみる。
「そうだ、クラッフルさん。映像の方ってどうなってます?」
「……むう」
口にあったスープを飲み下した。白い手袋をした浮いた手でハンカチを持ち、口元を拭く。
「骨族と黒山羊のことだろう?遡れるだけ遡ったけど、残念ながら見つからなかったよ。怪しいやつらはね」
微妙な顔をしていたことからレイトは予想していたが、やはりあまり良い報告ではなかった。続けて話す彼。
「一応、事件前後に関わらずの分析を団長が進めてくれているよ。骨族は無理だろうけど、背の高い黒山羊という特徴は正確だからな!映っている黒山羊をしらみつぶしに聞き込みをすればいいからね。
ボクは、イノヴァ宅にあったマナの分析、ガゼロ先輩はそれとは別の、例の誘拐事件に関係ありそうなマナ機械の分析に移っているよ。早ければ明日にでも終われそうさ」
「ああ~、イノヴァさんの方はアデランドさんから聞きました。……映像の分析、気が遠くなりますね。機械族の隊員全員の記録映像を見返すって……」
少なく見積もっても何千人ほどはいるだろう治安維持団の機械族の隊員。一人ひとりの記録を事細かに見て分析するのは、もはやそういう苦行である。
「機械族でも苦悩の感情が呼び起こされそうだね、ははっ」
クラッフルの笑いに同調するレイト。そして、二人の会話に、食事を忘れる程に目がときめいているダズベル。
「さすが、誘拐事件専属の隊員たちだ……。一つの事件に注力するのって、結構難しくないです??僕は無理かも。一つの所に留まるって質じゃないですからなあ~」
彼は、隊長を目指す身。現状維持が苦手である。やれることをやってきて、常に邁進し続けてここまでやってきた。一つのことを極めるような質ではないのは、この三人の中で一番に仲良くなったレイトが知っている。
「ちょっとわかります、それ。一つのものを色んな角度で見なきゃいけない、っていうのかな。俺もそういうの、不得意かもっす」
「レイト隊員もそうなんです??僕たち気が合いますねえ~~」
隊員の垣根を超え、友達のように話し合うレイトとダズベル。ここで、無心に貪っていたスープの二杯目が終わって、かっ込む口に余裕が出来たリーロがクラッフルに問いかける。
「クラッフルさんよ。ここにお前さんの仲間がいると思うか?」
「ん~……どうだろう!可能性はゼロではない……と思いたいかなっ!」
彼の、お調子面すら覆うような悲哀が緑の目に灯される。
「ああ~……もう七年くらいかな……まだ誰にも会えてない。他のみんなも一人だと思うとなあ……。最悪の場合……」
テーブルの燭台の火が揺れている。まだ蝋はあるのに、自発的に消えることは許されない灯火。気まずいような空気の中、レイトもダズベルも喋れなかったが、対照的に、リーロは運ばれてきた三杯目を悠々と食し始める。
「ま、覚悟はしといたほうがいいぜ。つっても、んな後ろ向きに考えるくらいなら、いっそのこと探すのを諦めるのも一つの道だ。案外楽になるかもなァ」
「そんな言うことないだろ」
諦観の物言いに反発するレイト。しかし、リーロにも一理あると考えるクラッフルは、彼を制止する。
「いいよいいよ、そう考えたこともあったからね。……でもボクは諦めるつもりはないよ!他の仲間が探してるかもっていうなら、全力で見つけに行かなきゃなあ!ボクには、マナ機械を操る技術があるんだから!」
決意を改めるクラッフル。その意気込みとして、スープだけになった器を持って、一気に小さな口へと流し込んだ。いつものニヤケ面でそれを見届けたリーロ。
「そりゃめでたい。ま、せいぜい燃え尽きねえこった」
「……リーロ隊員」
口を挟んできたのはダズベル。笑顔が一変、真面目な顔になっている彼は、リーロに対して苦言を呈する。
「初対面で差し出がましいかもしれないですけど、そういう、歯に衣着せぬ物言いは控えた方がいいかもしれないですよ。素直なのは良いですけど、特に相手のプライベートに関わって深刻そうなものなら、そういうのはちゃんと考えてから言った方が良いと思います」
水を飲む手が止まったリーロ。口角が下がってその言葉を聞いていたが、聞き終わって数瞬。いつものニヤケ顔に。腰を据えた。赤い目が、ダズベルを見定める。
「……俺ぁそういうのは苦手なんだ。心にもない言葉を口に出すことはできねえ。そういう『優しさ』担当はレイトに任せてんだぜ」
「や、優しさ担当ってなんだよっ」
リーロから影色の親指を指されたレイト。仲の良いその光景に、ダズベルは苦笑いを浮かべながら話を続けていく。
「まあ、あからさまに人を貶すような言葉をかけなければそれでいいんです。治安維持団に所属できる時点で、リーロ隊員が悪い人ではないってわかってるので……」
「……へっ、言葉はちゃ~んと選んでるつもりだぜ。だから……まあ、そういうことでいい」
これ以上何か返すと話が続きそうだと考える。食事中だというのに、なるべく頭を使いたくなかったリーロ。適当に相槌を打って強引に話を切り上げた。そこに、横目に呆れ気味な目つきの獅子。
「……いつもリーロはそういう捻くれたような言い方するよなぁ」
スープを啜るレイトの、獅子の耳が後ろに反る。
「長い付き合いだから俺はもう慣れたけどさ、やっぱ、優しくっていうか、物腰柔らかくとかできねえの?どうしてもさあ」
「何度もやってきたが、まあ無理だったな。あ~、けど方法がないわけじゃあない」
レイトは眉を顰め、クラッフルとダズベルはその続きが気になって前のめりに。最高にニヤけた顔のリーロ。
「俺に飯をもっと食わせて満腹にさせてくれりゃ、余裕が出来て気を配れるようになる」
失笑するクラッフル。訝し気のダズベル。そして呆れかえるレイト。彼は、リーロの特質を思い浮かべつつ、その肥えた腹を見やった。
「なんかそんなんだろうと思った。永遠に無理だってわかって言ってるだろそれ」
「けけっ、生まれてこの方、特質のせいでず~~っと腹満たされたことねえんだぜ?知ってるだろ?常時空腹で思考もままならねえ。今もそうだ。可哀想だって思わね~のかァ?レイトさんよォ?」
リーロは座ったまま隣のレイトに、圧をかけるようにでかい体を寄せて、肩に腕を回す。黒フードの下の煽るような赤い目つき。彼のことをよく知るレイトは水を飲んで軽口で返す。
「ずっと空腹なのに、俺より頭脳も戦闘能力も達者なヤツが可哀想だってことなら、俺はそれ未満のミジンコみたいなものだぞ」
「だな」
目の前のニヤケ面が肯定した。あまりにも無慈悲。彼なりの冗談と分かりつつも、そのあまりにも早い切り返しについレイトは口が悪くなる。
「……だな、じゃねえよデブゴラァッ!」
その腹に一発蹴りを叩き入れようとするもすぐに止めるレイト。ただ苛立ちは止まることは無く、回された腕を強引に引きはがした。
「俺だってお前に勝る部分はある!友好的な関係を築ける自信があるし、【透明】になれるし、なによりお前ほど食費がかからない!だろ!?」
「なんだァ、まるで俺が胡散臭くて能無しの食いしん坊みたいな言い方だな?」
「いやそこまでは言ってないけど……!言ってないけど大体はそうだって言ってんだよぉ!」
迫真のツッコみの獅子。コントのようなそれらに、クラッフルは酒を呷りながら微笑ましく見ている。レイトの、敬語の抜けた飾らないこの態度が本来の性格なのだろうという、いつもと違う一面を見たダズベル。少しばかり羨んだ。それを、隣にいるクラッフルに共有する。
「レイト隊員とリーロ隊員って、こんな仲良いっていうか、軽口を叩ける間柄なんですね」
「まあねっ。真面目に取り組む彼らも、雑談に花を咲かせる彼らも、ボクはどちらも好きだ。昔を見てるみたいでね」
昔、という言葉で、先ほどの仲間や七年というところに繋がるのだと気づいたダズベル。これ以上は何も聞かないことにし、コントを繰り広げる獅子と影に視線を戻した。
「まずお前は初対面でも敬語じゃねえから印象最悪だし、【透明】は俺だけの能力だし、食費は言わずもがなだろ??ほら俺の勝ち!!」
自身の価値を誇るレイトに、余裕を見せつけるように脚を組むリーロ。
「人と仲良くなる手段は言葉だけじゃねえだろォ?」
「いや、分かるよ?けどせめてさ、上手く事が運ぶようにな?」
理解は示す一方で、それはそれとしてその言動を直してほしく思っていたレイト。ただリーロは、どうにも言葉で仲良くなる対人関係が性に合わない質である。
「言っただろ。その役はお前さんに任せてんだ。主役は二人も要らねえよ」
「そうやってまた有耶無耶にして……ったく」
腕を組んだ彼に、半目で睨むレイト。口角の上がったリーロは続けて、レイトより劣る部分を訂正していく。
「あとは【透明】だったかァ?そりゃあ、影魔法で影に入れば透明どころじゃねえな」
「もう、それ出されちゃ勝ち目ないよね……」
レイトが会得している【透明能力】よりも、リーロが独自に会得した影魔法の方が分がある。影に潜んで隠れることが出来るからだ。狭い隙間を通れたりするうえ、人と接触してしまってバレてしまう可能性を最初から排除できる。
強いて上回る部分としては、太陽などの光の下では短時間でしか使えないことと、影魔法による潜伏は【透明】による潜伏に比べてマナを使用するために察知されやすいところか。
「あとは食費かァ。こればっかりはなァ~~」
リーロは、自身の前に置かれたまだアツアツな大量の肉野菜スープを美味そうに見やる。垂涎。また腹が減ってくる感覚がしてきた。勝ち確の目つきと顔のレイトに横目で応戦。
「降参するとでも思ったか?俺は食費以上の活躍をして利益を出すようにしてる。今までの功績を考えれば、むしろお釣りが来ても良いくらいだぜ?なァ」
「なっ……まあ、そう言われればそうなのか……?」
思わぬ角度からの指摘にたじろいだレイト。実際、リーロがいなければならない場面があったというのはそうだ。レイトが思いつくだけでもそれなりにある。リバング街で起きた誘拐事件で、物的証拠である黒い毛をイノヴァが秘密裏に回収しているところを発見したのは、彼にしか成しえなかった功績である。
ただ、二人の仲の良さを肴に、お酒を飲んで静観していた対面のクラッフル。遂に会話に入り、リーロに指摘する。
「リーロ君リーロ君っ!論点がずれているよっ!食費は功績で賄えないだろう!仮に何かしらの報奨金を貰ったとて、チームを組んでいる以上それはあくまでボクたちの資金で、君自身の食費ではないぞ!」
浮いている右手の人差し指が、腕を組んでいるリーロを指さす。
「それにだ、功績があるのは君だけか?……自分だけ特別扱いはダメだっ!」
「けっ、レイトは上手く丸め込めたってのによォ」
「ッゴラァ!!騙したなぁお前ぇ!!」
詭弁だったのかと理解したレイトが腹を立て、悪口が放たれた。それが面白おかしく思って笑みをこぼすリーロ。
「くけけっ!別に騙してはねえぜ?横やりが無ければ本当のことになってたかもしんねえからなァ」
「リ、リーロォォ……!!」
胸の前で握りこぶしを作る。尖った歯を食いしばり、尻尾は膨れ、睨んだ目でリーロを見つめるレイトだが、それ以上のことはせずに怒りを抑える。たちまち握りこぶしは元に戻るが、まだ収まらない。
「お前のそういう人を弄ぶ性格、嫌いだっ……もう!」
「純粋なヤツってのは見ていて飽きねえよなァ~~」
貶しながらも、心の底からは嫌だとは思ってはいない獅子獣人と、心底楽しみながらスープを飲む影族。その様子を見ているクラッフルは、やはり仲間のことを思い出す。気の許せる仲間の存在。目の前にいる二人やそのほかの仲の良い取引仲間とは違う、純粋な、同僚としての関係。
そしてそれは、隣のダズベルも似たような感覚を覚えていた。職務一筋で対等な対人関係は構築できていなかった。部下は機械族が多いうえ、同僚の上級隊員も、マナを扱える種族が多いことに気後れして仲は深められなかった。だからこそ、仮眠室で同じ獣人であるレイトに出会った時、とても嬉しかったのだ。
クラッフルだけに一言、聞こえるようにしてこぼす。
「友達とか、仲間というより相棒って感じしません?」
「相棒かぁ……間違ってはいないと思うけど、この二人には、大切に思う仲間の存在がもう一人いるから、仲間という括りではあるかもねっ。でも、ミサキさんを抜きにしたら確かに相棒のようだ……彼女がいたからこそ仲良くなれた二人だ。微笑ましい限りだねっ」
知らない名前が出たが、ダズベルは聞かなかった。このままレイト達と仲良くなれば、いずれ会えると思ったから。その新たな出会いに期待して、再び辛い肉野菜へとかぶりつく。
一方でクラッフル。酒のせいで感情の起伏が激しくなっているのを感じた彼は、悲しみを押し殺すように、残りの酒を呷った。目の前の、二人の信頼の感じる口喧嘩をつまみにして。




