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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第二章 ──誘拐事件、交錯する運命──
48/50

48- 凡人


(何かある……絶対に何かあるだろ)


 仮眠室にいたあの時から翌日の昼。飛行船か飛行魔法でしか行けない平原広がる空島、ビスカンド。そこの街、リカ街という、富豪が多い石造りの街のとある一角にいるレイト。誘拐犯に繋がっているイノヴァの家から、そいつらの居所となる場所の手掛かりがあるだろうか、と密かに侵入を試みていた。


 この作戦を団長であるフロイトに話した時、情報があると確定しているわけではないことからあまり得策ではないと言われた。住居侵入としての罪は、相手が誘拐犯と繋がっている以上正当な捜査して強引に進められない訳では無いと。ただ、もう少し冷静になった方が良いと諭されてしまった。


 同席していたリーロからも、獣人であるレイトの抜け毛の存在で侵入はバレてしまうだろうと懸念がって、代わりに行くと申し出た。


 だが、自分がやるとレイトは言った。


(少しでも可能性があるってんなら……正義のためならやらなきゃならねえだろ……犯罪なんて、人があんなんになっちまうことと比べたら、どうってことない……!)


 バレてしまうのは承知の上だったレイト。この誘拐事件の恐ろしさを知っている。この世界にいる人の誰よりも。


(俺が見つける。あいつらの根城を……!あの野郎に思い知らせてやる……!)


 昨日、イノヴァの仕事机から取った家のマナ鍵を複製した。クラッフルから貰った、マナの情報を複製出来る機械で行ったのだ。複製の鍵を玄関の扉に差し込むと、何事もなく開く。


 時間は昼。イノヴァは治安維持団の業務で今は家にいない。密かに情報を探るのにはうってつけの時間だ。辺りを気にしつつも誰もいなくなったところを確認し、家に入って鍵をかけた。誰もいないだろうと思いつつも、念のため【透明】になる。


 まず広めの玄関と廊下に階段、その先の居間の内装は、巨態(きょたい)族用に少し大きめであることを除けば、いたって普通に見える。が、富豪の多い街としてはやや狭い印象のうえ、開封済みと未開封の物が入り乱れて部屋が散らかっている。これが一人の男性の住処だと思うと、こういうものかと納得できる気もする。


 まずは居間から情報を集めていく。棚、引き出し、さらには家具の裏まで、可能性があるところは漏れなく隅々に。


 が、見つからない。簡単に見つかるとは思わない。犯人との繋がりが居間にあるほど間抜けではないはずだ。


(無いな。……トイレとか風呂とかあったけど、それを除けば残りは二階だな)


 念のために、トイレも探ってみることに。が、目ぼしいものはない。細かく見ても怪しさ一つもないようだった。さすがにここには何もないらしい。


 続いては二階。誰もいない家。階段を上がる足音が、やけに大きく聞こえてくる。ここは寝室という一部屋だけで構成されているようだ。太陽光が窓からよく入ってくるが、外から誰かに見られては困ると、気を付けながら辺りを調査する。


 ここは程よく整理整頓がされている。クローゼットに棚、作業机の上の様々な資料はとっ散らかったままだが、それ以外は綺麗だ。特に、作業机の上。壁掛けの棚にいくつものトロフィーが飾られているが、そのどれもが新品同然に輝きを放っている。


 レイトは、居間にいた時と同じようにまた一つずつ見ていく。棚や机の引き出し、クローゼットの中の服のポケット一つずつ、ベッドの近くのサイドテーブル、ベッドの下にまで調査範囲が及ぶ。しかし、見つからない。誘拐犯と繋がりそうな怪しい情報などは一切見当たらない。


(くっそ……無いわけないだろ……あいつらと繋がってるなら、少しくらいなんかあってもいいはず……!)


 連絡を取り合うための手段、あるいはそれを書き記したメモでもなんでもいい。しかし、その想いに反して何も見つからない。どこにも。彼らとの繋がりが見つからないのであれば、居所の情報など尚更見つからないだろう。


 このままで終わらせられない。終わるわけにはいかない。団長やリーロに否定されてもやったこの行為に、全くの意味がない、なんてことにはさせない。決意めいたレイトは、また寝室をいちからくまなく調べ始めた。



 *



 一方、レベルシティ。長期間活動できるとはいえ、連日の誘拐事件の調査で体がついに悲鳴を上げて、数多くの飲食店を梯子して体を労わっていたリーロ。そこに、小型届声(かいせい)機から団長のフロイトから連絡を受ける。


『……リーロさん、リーロさん、いますか?』


「おう、なんだよ」


 突然だった。急いで届声機を取り出す。


『イノヴァ上級隊員が突然飛び上がりました。急いでいるようです。もしや、レイトさんの侵入が何かしらの方法で気づかれたのかもしれません』


「けっ、なるほど。イノヴァの方が一枚上手だったらしいなァ。どうする、団長さんよ」


 リーロはテーブル席からどっしりと立ち上がる。


『……今いる場所を教えてください。オイケンを向かわせます。特質である転移を用いてすぐにイノヴァの家に向かってください』


 懐から金を出し、速やかに会計を済ませる。


「釣りはいらねえ、急いでんだ。もっとけ。……あー、場所は本部からそう遠くねえ広場の肉料理店だ。正面から見て左奥の」


『……わかりました。すぐ向かわせます』


「おうよ」



 *



 そして、未だ情報を見つけていないレイト。


 ただ、確実に見ていないところはある。目を向けたのは、唯一開かなかった作業机の引き出しの一つ。中を見ていないのはここだけだ。ただ、鍵はどこにもない。細かく調査しても見当たらなかったのだから、相当な場所に隠しているか、いつも身に着けているか。いずれにせよ、ここを開けないという選択肢はレイトには無かった。


【透明】になっているとはいえ解除してしまえば抜けた毛も表れてしまう。もう侵入がバレてしまうのは承知の上だ。強引に開けてしまおう。鍵をかけるほどの重要な何かがここに隠されているはずだ。引き出しに手をかけ、やはり開かないことを確認すると、手をかけたまま一呼吸置く。


 魔法を使えないレイトがやることはただ一つ、力任せに引っ張る。何度も、何度も。それでも開かない。マナを使わないタイプであれば、何度かこじ開けようとすればきっと開くはず。と何度も勢いよく引っ張り続ける。


(くそ……だめだっ……)


 これがマナ鍵であれば、もうこの行為は意味を為さなくなる。こじ開けようとする意味も、ここに侵入した意味も。尖った歯を食いしばって、もう一度引っ張ろうとした時だった。囁き声。後ろから。


「おいレイト」


「っ!!?」


 突如聞こえた低い声。聞き覚えがある気がしつつも驚いて振り返ると。影魔法で半身が床の影と同化しているリーロがいた。いないはずの仲間だった。


「おま、なんでここに!?来ないんだったろ?」


「来ないとは言わなかったがなァ。団長に頼まれてすぐに飛んできたぜ。ま、それはいい。侵入がバレた。ちゃ~んと下調べした方が良かったなァ?」


「は、はぁ?」


 なぜ、と聞く前に、全身を影から出したリーロが、治安維持団支給の小型届声(かいせい)機を手に持って説明する。


「団長さんからの指示だぜ。お前さんの代わりにイノヴァ監視していた団長が、イノヴァが急いで飛んでったとこを見たとさ。もうすぐで来るかもな?」


「ま、マジで……?俺の作戦を否定しておいて、なんで──」


 一階から音が聞こえた。扉の開く音。イノヴァが帰ってきたようだ。まるで侵入者を威嚇しているかのように、大きく足音を立てている。


 まずは一階を見るはず。二階に来るのは時間の問題だ。入口を見て悠々に構えるリーロとは対照的に、レイトは後ずさって太陽が差し込む窓に近づく。


「もう見つかっちまう、逃げねえと、リーロ」


「いいや、歓迎する」


「……やるのかよ?」


 慌てるレイトをよそに、にやりと笑う。


「【透明】でも侵入した形跡は消えねえし、レイトだってバレれば連鎖的に俺も怪しまれる。今後、アイツから情報を得るのが難しくなるだろうよ。なら今、直接情報を得た方がいい」


 言い終えた直後、扉が開かれた。部屋に入ってきた無防備な瞬間を狙ったリーロ。得意の影魔法で辺りの影を鞭のように操り、体の大きいイノヴァを腕や脚を掴んで拘束させた。


「なっ!!お前ら……!何の真似をッ!」


「そりゃこっちのセリフだな、イノヴァさんよ」


 侵入者が誰かを理解した瞬間、二人を睨みつける。


「なぜ入ってきた!?隊員だろう!!」


「そう。特別隊員だぜ。誘拐事件を追ってる最中に、何の因果か、ここに辿り着いちまってな」


 悠々と語り掛けるリーロ。腕を動かさずに影魔法を操り、イノヴァの喉元に鋭い影を突き立てるように具現化させる。恐怖に息を呑む彼。ニヤつくリーロ。


「答えろ。お前さん、誘拐犯と繋がってんだろ?」


「な、なにを言ってるんだ。そんなわけないだろう!担当の事件だぞ!……くっ!」


 拘束した両手首をそれぞれ挙げさせ、喉に刺さりそうな影の棘はそのままに、巨体を軽々と壁に追いやる。リーロは徐々に歩み寄る。


「もうすでに証拠はある。素直に吐いて、そいつらの居所を吐いてくれれば痛いようにはしねえよ」


「証拠!?どんな証拠ってんだ!!あるわけないだろう!」


「残念ながらある。そうだなァ、半年前のことを覚えてるか?」


 情報を小出しにして、イノヴァの反応を見る。その傍ら、レイトがリーロに囁きながら願う。


「なあリーロ。一発、ぶん殴りてえ」


「今は止めとけ、レイト。自白するかもしれねえ相手には、一旦慈悲はかけておくべきだぜ?」


 二人とのちょっとした会話だったが、効果があったようだ。体が強張り、拳は堅く握られ、次には睨みつける。それでもまだ口は堅いようで、首を横に振った。


「半年前?知らないなっ!」


「なら思い出させてやる。グラスっていう犬の獣人だ。……お前が、ナイフで刺そうとして見逃したヤツだ。そいつが、俺に色々教えてくれたぜ」


「……何をだ!」


 凄むように聞いてきた。リーロは近くにあった椅子を持ってきて、背面を前面にし、体を凭れかけて座る。


「誘拐犯の特徴、誘拐方法、知ってることは全部な。あの時見逃したのが運の尽きだったなァ」


「言っている意味が分からない!それを知っていれば、俺はもっと早く解決できた!嘘なんじゃないか!?」


「んなこたねえよ。誘拐犯たちがどういった種族かもちゃ~んと言ってくれたぜ。嘘でもなんでもねえ。絶対にな」


 楽な態勢のリーロ。それでもイノヴァをしっかり見つつ、数を数えるかのように影色の太い人差し指を立てる。


「一人は影族じゃなくて獣人だ。見間違えるのも無理はねえなあ。お前さんがせっせと現場で集めて証拠隠滅を図った抜け毛の正体。もう一人は鳥人。現場に度々落ちてた白い羽の正体。こっちはなんのひねりも無かったが、これでようやく確信を持てて調査が出来るようになったんだぜ?」


 疑問符を抱いて、彼に目を向けたレイト。たしか、判明したのは鳥人ではなく骨族のはず。困惑するレイトだったが、一方でイノヴァ。彼は、ほんの少し口角をあげ、強張った体がわずかに弛緩した。


「はっ、そうだろう!黒い獣人は知らないが、鳥人はそうだろ。目撃情報の一つだからな!」


「嘘だよ」


 鎌を掛けた。僅かな心情の変化も逃さなかったリーロは、彼の手首に巻き付いた影をきつく締め上げ、喉元の棘を近づける。


「影越しに感じたぜ。お前さんが安心する瞬間をよ。気づかないとでも?」


「はっ、おい……!」


 顔を上げ、棘が刺さらないようにする。それでも、棘が伸びて喉に宛がわれる。


「さてと、んじゃようやく本題だ……誘拐犯の居所を教えろよ」


「……っ……」


 再び体を強張らせ、口を一文字に固める。確実に繋がっていると悟られ、口を滑らせないようにしているように睨む彼。しかし、その目に恐怖が見え隠れしている。答える気が無さそうだと悟ると、リーロは拘束している手の左手にもう一つ、影の棘を触れさせる。


「早く言え。刺すぞ」


「……なあ」


 何か話そうとするレイトを遮って、彼は頭を抱えてイノヴァを睨む。


「やめろなんて言うなよ。こいつは悪人だ。治安維持団にいながら誘拐に加担してる正真正銘のクズだぜ……さ、早く言え。俺は気は短い方だからな」


「……イノヴァ。早く教えてくれ」


 歯ぎしりして、尖った歯が見える。苦しむように顔を歪ませると、左手の棘を一瞥して、目を瞑る。たちまち決意したように、重苦しく口を開ける。


「……わからない」


「は、はあ?」


 困惑するレイト。自白が始まった。それなのに、口から落ちる言葉は、二人の意に反するものだった。


「わからないと言っている……あいつらのことなど……」


「往生際が悪いぜ」


 リーロは彼の拘束されている右手にも影の棘を宛がう。その様子が視界内に見えたイノヴァ。ようやく恐怖に慄いて、深緑色の顔に冷汗が垂れる。


「本当に知らない!俺は、事件が起きた場所を片付けろとしか指示されてねえんだ!!」


「誰に」


「はっ??」


 困惑の色。隙を掴んだリーロはすぐさま追及する。


「誰に指示されたかって聞いてる」


「っ……」


 右往左往する視線。明らかに焦っている様子を見て面白おかしく笑いつつ立ち上がるも、目は彼を決して離さない。壁に凭れ掛かり、慈悲を見せる。


「いきなり痛いのは嫌だろ。五秒だ。それ以内に誰かを言わなきゃ左手をやる」


「っ!!?」


 提示された五秒。余裕など無い。レイトは、ありえるかもしれない未来に目を背けた。


「し、知らない!本当に知らない!!」


「四……三……」 


 差し迫る時間。左手の棘が食い込んでいく。数秒経てば、勢いよく刺さって、貫通してしまうのだろう。嫌な想像をして、自身の知っている限りある情報を吐く。


「……お、男だ!!背の高い細身の!!!だが名前は知らない!!本当だ!!信じてくれ!!!」


「……他に特徴は」


 視線を上に上げ、必死のイノヴァ。一つひとつ、手に取って思い出そうとする。


「ぼ、帽子とか……マントもあった……黒っぽい服で……顔が全然見えなかったから、種族はわからない……少なくとも、自形や白穏ではなかったと思う……あ、あとは……」


「もういい」


 リーロとレイト。二人は顔を見合わせる。二人の中で何かが一致したようで、互いに頷き合うと、リーロは磔のイノヴァに向き直る。


「さぁて、まだ言ってないことがあるなァ。誘拐犯の居所はどこだ」


「そ、それは……それはわからない……!」


 必死に弁明する。


「さっきも言った!俺は事件の証拠の隠蔽をしろとしか言われてない!あいつらの住処なんぞ知らん!!」


「情報の共有をするためにも知っておくべきじゃねえのか?なァ」


「本当に知らない!!誘拐自体に俺は関わっていないからな!俺は巻き込まれた被害者だ!!あの男に脅されて、仕方なく協力してただけだ!!」


 その言葉はレイトの怒りに触れるには十分すぎた。拳を握り締めて歩き出す。


「っざけんなぁ!!!」


 鈍い音。身長差で頭には届かない代わりに、腹への一発。あまり効いていない様子だが、問題なのはそこではない。レイトの怒りはやがて、拳から口に移る。


「被害者だ??誘拐されたヤツらにおんなじこと言えんのかよオメェ!!治安維持団って立場なら、いくらでも抵抗できただろ!!!」


 嘲笑と諦めの眼差しのイノヴァ。


「だからなんだってんだ……!拒否したところで俺は死んでたし、別の誰かが俺と同じ役割を負わされてたんだよ。汚れ役を買って出たって話だ……!」


「くっ……」


 もっと何か出来ただろう。そう思いつつも、返す言葉が見つからないレイト。リーロは彼を下がらせ、再び尋問する。


「それはご苦労なこって。それで?居所を本当に知らないんだな?」


「し、知らない……!」


「じゃあもう一つ聞く。誘拐犯以外、他に仲間は?」


「……知らない……」


「あれもこれも知らねえと。下っ端もいいとこだなァ。それとも本気でやってこねえと高括ってんのか?ん?」


 左手の棘を伸ばして突き立て、手にめり込ませようとする。恐怖するイノヴァは、勢いよく首を振った。


「本当だって!!!頼む!!!!」


 声を枯らして叫んだ。彼の尋常ではない大声に、リーロはとびっきりのニヤケ面を一つ。


「けけっ、おもしれー顔。……もういいぜ、残りは治安維持団でゆっくり取り調べして情報を搾り取る。覚悟しな、犯罪者がよォ」


 その言葉の直後、二階の廊下の扉から治安維持団の機械族が姿を現す。誰にも侵入に気づかれずに静かにやってきた彼。レイトは驚き、イノヴァは勝ち誇るように目を見開く。


「は、ははっ!!おい!!この二人が勝手に家に入ってきたんだ!!捕まえろ!!」


『捕まるのはあなたの方です。イノヴァ上級隊員』


 レイトやリーロには聞き慣れた中性的な声。対してイノヴァは、まだその様子を理解できておらずに狼狽。一方、機械族の隊員に成り代わった団長は、機械的に、マナで出来上がった特製の大きい手錠を持ち出す。


『知らないのも無理はないでしょう。私は人前に姿を現しませんからね。……イノヴァ上級隊員。あなたを今から拘束し、本部まで運ばせてもらいます。話の続きは、またそこからです』


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