47- 正義渦巻く場所
夜。始まってからまだ寸刻。治安維持団の本部に到着した探偵のツェル。ポケットには例の怪しい機器。これが事件性のあるかどうかの判断を彼らに任せようと、足を運んだのである。夜でまばらにいる人々と隊員らをすり抜け、玄関の受付にいる機械族へ。
「すみません。事件の可能性がある機器を発見いたしまして……マナ機械に詳しい隊員はいらっしゃいますか?」
「承知いたしました。どういった機械なのかを確認をいたしますので、拝見させていただいてもよろしいでしょうか」
どうぞ、と、ポケットに円盤状の黒い機器を受付の彼女に手渡した。機械族はマナの書き込まれた情報を読み取ることが得意である。ツェルよりも早い段階でこの機械に書き込まれた情報を読み取ると、困ったように唸り声を出す。
「今まで見たことのない機械ですね。読み取った情報も、治安維持団のデータベースにほとんどないものです。造詣が深い隊員ですら、どういった用途で使用するものかは理解が難しいと思いますので……マナ専門技師の方をお呼びいたしましょう。それでよろしいでしょうか」
「ではお願いします」
機械族の受付は丁寧にお辞儀して機械を返す。
「問い合わせますので、ベンチに座ってお待ちください。最後に、名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ツェルです」
「ありがとうございます。では、しばらくお待ちください」
近くのベンチに座った。治安維持団は夜でも活動してくれている。夜での事件発生は機械族のみの対応になってしまうが、いつ犯罪が起こっても最低限の対応ができるが故に、その安心感と抑止力は絶大だ。
腕を組んで天井を仰ぐツェルに、聞き覚えのある飄々とした声が耳に届いた。
「あれ、探偵さんじゃないか~」
風のマナ生命体。長身に似合うすらっとした装備に赤いフード。若葉色の顔色からは、以前会った時とは違うかすかな疲労を窺えた。
「……レイノルズ第二隊長。ですね。こんばんは」
「どうも。……名前、聞いたっけ?」
ベンチから立ち上がり、胸に手を当ててお辞儀をする。
「ツェルです。覚えていただけると幸いです」
「無理かな。部下の名前を覚えるので精いっぱいなものでさ……探偵なのに本部に何用で?」
疑いの目を向けているわけではないようだ。軽口を叩くように偏屈な言葉を投げたが、純粋な興味なのだろう。嘘を吐く事柄でもないと思ったツェルは、素直にここへ来た経緯を話す。
「ちょっとした事件性のある機器を見つけましてね。受付の方がマナの技術者を呼ばれるようで、ここで待っていました」
事件、と聞いて少し強張ったレイノルズ。今度は、彼は怪しむようにしてツェルを睨むと、腕を組んだ。
「事件ね……探偵をやれるほどの聡明さがあれば、わざわざここに来ることなんてないよね?」
「買い被りすぎですよ。今回、探偵ではなく住民としてここへと来ましたので」
嫌味を誉め言葉として受け流した。どうやら、レイノルズはツェルのことを好ましく思っていない様子である。ツェルからすれば何故だかわからないが、今後の探偵業務に支障をきたさなければ問題無いと考え、その言動を追求はしなかった。
そこに、奥の廊下から、いかにも技術者のような格好の異頭族が来た。三角の頭にある目がツェルを定めると、長い尻尾を揺らして足早に向かってくる。
「やあやあ、受付から聞いたよ。私はマナ専門技師のガゼロという。君が変な機器を見つけたっていうツェル君だね?そしてレイノルズ君もいるとは!」
「……どうも」
女性的な声に中性的な言動の彼女。面倒くさそうな態度でレイノルズは一礼して、ガゼロは笑いかける。
見知らぬ怪しい機器と聞いて飛んでやってきた彼女は、少し息が荒いままツェルの目の前へと。影は労いの一言と共に、例の機器を差し出す。
「こんばんは。夜分遅くにありがとうございます。こちらが例の機器です」
「気にしなくていいさ!まだ夜は始まったばかりだし。……さぁて、受付から聞いた話だと、何かの位置を示すような機械だって聞いたけど、はたしてどうかな~?」
手のひらに置いたガゼロは、すぐその機器の中に情報が書き込まれているマナがあることを見破る。早速、そこに書かれた情報を読み解こうとした。ツェル程ではないが、彼女もマナを取り扱う業種なために、マナについての造詣はかなり深い。
故に、情報の読み取りは比較的早い。それでもやはり、ツェルには勝てないが。読み取った情報を、呟くように、次々に声に出して確認するガゼロ。
「細かな数値と~、現在地~、座標、共有、最後に撤去、再利用……て、転移用ッ!!??」
その呟きの羅列も、最後だけは驚愕の叫びに変わった。時が止まったかのように視線が注がれるが、ガゼロが辺りを見回しながら謝罪すると、たちまち日常が動き出す。が、彼女は慌てふためいたまま。疑問符をツェルに向ける。
「ちょっと、ナニコレ?簡単に分析しただけでもこんな重要そうな情報……これ、どこで見つけたんだい??」
「郵便受けに隠れるように設置されていました。何かしらの事件が起こってしまう予感がして、ここへと足を運んだ次第です」
真剣な眼差しで頷くガゼロ。
「間違いなく正解だよ、ツェル君。受け取るまで全くマナの気配がしなかったし。まだ完全に分析できてないから確信は無いけど、マナの気配を遮断する情報も書き込まれてそうだ。この機器を作った人は相当マナ機械に詳しいらしい」
そこへ、彼女の悲鳴を聞きつけた男が一人、三人の下へと近づいてきた。
「叫び声が聞こえたような気がしたが、何かあったのか」
彼は、上級隊員の巨態族、イノヴァだった。深緑の体。頭に一本の角と、そこからさらに四本角が生えている頭は遠くから見ても特徴的だ。丁度帰ろうとしていた彼は、受付から聞こえた悲鳴に足を運んだわけである。
「おっと、レイノルズ第二隊長もいらっしゃったか。こんばんは」
「どうも」
互いに挨拶を交わし、イノヴァは女性に近寄る。疑いの目を向けられていることに気づかずに。
「それで……どうしたのかな?」
「……」
ガゼロはあまりこの機器をイノヴァに見せたいと思っていなかった。しかし隠すのが遅れたせいで、今更ポケットに仕舞うのも怪しまれてしまううえ、他の二人の前では突飛な行動は出来ない、と悟るガゼロ。
彼女は、団長発足の極秘の誘拐事件の調査に加わったメンバーの一人である。レイトやリーロはもちろん、映像の分析をしているクラッフルもそうだ。リーロからの情報で、イノヴァが誘拐犯側と繋がっていることを知っている。ゆえに、話し合いたくなかった。しかし、ある意味ではチャンスだと思った彼女は、ひとつ賭けに出ることに。
「いいや、特に何も。この機器について分析していたんだよ。……イノヴァさんだったよね。これ、何だと思う?」
手に持ったその機器を見せつけるように、彼の前へ。一瞥すると、少し考えるように唸ると、無愛想に溜息を吐く。
「さあ……わからないな。これは?」
「そうかい。素人目からの突飛な発想も必要かと思ったんだけどね。……なんでもいいから一つ言ってみなよ。当てずっぽうで一つ、これがどんなのか。上級隊員なら当てられるかもしれないよ?」
「ふん、偉そうに……」
心底面倒そうな様子の彼。その続きを聞く。
「少し小さい上に黒い、と。開いたりは?」
「できないね」
「ふん。これ自体に意味があるってところか。マナは含まれてるか?」
「含まれてるよ」
「マナの情報が鍵か。余計わかるわけないな……」
色々質問を重ね、考えあぐね、導き出した答え。
「ライトアップか?舞台とか、建物とかに設置するタイプの。小さくて黒いのは目立たせないためで、マナのエネルギーだけで使用した最新鋭の機械とか」
言い終えた後も、彼は無愛想の極み。だが、どうやら白を切っているわけではなく、本当にこの機器を知らないようだ。転移、などという情報がマナに書き込まれていたことで、誘拐事件に関する機器だと思っていた。しかし、誘拐犯側と繋がっているイノヴァが知らないのであれば、その事件と関係が無いのかもしれない。
早合点だったかもと反省し、答えを明かすガゼロ。
「筋は通ってるね。でも残念。私も分からないんだ。それを今から分析するところ」
「なんだよ……」
呆れるように苦笑いを浮かべるイノヴァ。出入り口に向けて親指を向け、帰ることを示した。
「それじゃあ俺はこれで」
「ああ、また」
足早に帰っていくガゼロ。大きな翼を広げると、夜空が示す、空島の家への帰路へと飛び立った。
受付で、それを見送った三人。特にガゼロは飛び立った後の方向まで気にして見送った。ツェルが、気になってその機器を手で指す。
「結局のところ、これは事件性のあるものでよろしいのでしょうか?」
空を見ていた彼女は、急いで振り返える。
「あ、ああ、そうだね。詳しく言うと、事件性になり得るものってところかな」
ツェルの隣にいるレイノルズは、やけに大げさに、満足げな顔で褒め称える。
「事件を未然に防いだってことかね~、やるね、探偵さん?」
「ふっ、隊長からの誉め言葉は重みが違いますね」
「君が探偵だからか、言葉に深い意味を込めてそうで困っちゃうね~」
どうしても、なぜだか仲良くなれない二人。決して仲が悪いわけではないはずだが、どうにも反りが合わない微妙な距離感。それもそのはず、お互いに第一印象が悪いからだろう。それを二人も理解しているようだが、お互い仲を深めようと思えなかった。
そんな彼らの事情を知らないガゼロ。軽口たっぷりの、距離感が近い会話に苦笑いを浮かべた。
「とりあえず、機器については詳細が分かり次第ツェルさんに連絡させてもらうけど、構わないかい。第一発見者である君には、これについて知る権利がある」
「もちろんです。探偵相手に、どのような小賢しい真似を施したのか。私としても気になりますからね」
事を起こそうと画策する前に、その相手は一筋縄ではいかない訳あり探偵である。相手が悪かったとしか言いようがない。探偵をおちょくるような者は誰なのか、という純粋な疑問と期待を寄せたツェル。コートの懐から小さい紙を取り出した。
「……こちら、名刺です。こちらに届声機の番号も記載されてありますので、連絡はこちらからよろしくお願いします」
「ありがたく貰うよ。さ、今日はありがとう。帰っても大丈夫だよ」
「こちらこそ、連絡のほどお待ちしております。良い夜を。ガゼロさん、レイノルズさん」
「ああ!そちらこそ良い夜を!」
「良い夜を、探偵さん」
ツェルはコートを整えるように着直し、被ったシルクハットを再び深く被り直す。本部から出ていく様子を見送った二人。
ガゼロは手のひらの機器に目を落とし、ため息を吐く。そして、レイノルズに作業へ戻ることを伝える。
「それじゃあ、さっきも言った通り機器の分析もあるし、他の作業もあるから私はこれで。レイノルズさんはこれからどうするんだい?」
腕を組む彼。あの時からあまり声が張っていないまま、今後の行動を話す。
「ここに来たのは、誘拐事件に関するリバング街の規則の改定のためだったんだ。それとは別に、もう一つの管轄地域であるリカ街の事件についても、ちょっとね。どっちも上手くいきそうだから、しばらくはレベルシティにいることになる。今日も近くの宿に泊まる予定さ」
「その間に、リバング街で事件が起こったらどうするんだい?」
責めるような言い方に聞こえたレイノルズ。自身の立場を忘れたわけではない。
「誘拐事件であれば、すぐ飛ぶさ。それ以外の事件は上級隊員にやらせてるよ。担当させてるものがある以上、上司無しでもちゃんと捜査させないとじゃないかい?」
上級隊員に事件を任せる。今までの彼を考えた場合、驚くほどの変貌ぶりだった。訝しげに見るガゼロ。
団長のフロイトから聞いた限りでは、レイノルズは事件を自身の手で解決することに固執していたようだった。失踪事件もそれが顕著に出て、担当隊員がいるにもかかわらず、邪魔しない範囲で自身も捜査に乗り出ていたり、聞き取りもリバング街の住人達に漏れなく調査していたそう。その他でも、事件が起こりそうな場所を隊員がレイノルズに伝え、直々に事件の発生を見届けてから、すにぐ実力行使をして解決させていた。
そんな彼が、担当の隊員に任せるという隊長として一般的な行動に出たことが、少しばかり驚いたのだ。ガゼロとしては初めて会った隊長だった。だが、聞いていた性格と今の性格が違う様。自身の執着を捨て去ることのできる人なのだろうと、同時に羨ましくもあった。
「そうかい。ま、マナ専門技師から事件科に言えることは無いからね。上手くいくことを願ってるよ。それじゃ、また、レイノルズさん。良い夜を」
「……良い夜を」
お互いに別れを告げ、ガゼロは団長室、レイノルズは宿へと足を動かす。ガゼロは一人、手に持った機器を眺めながら、誘拐事件に関係がありそうなそれを、しっかりと握り締めた。




