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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第二章 ──誘拐事件、交錯する運命──
43/49

43- 雪解けの予兆

 

「嬢ちゃん。大盛りの肉入りシチュー二つ……いや三つくれ。あとハンバーグもあるな。これを二つくれ」


「多っ……はいは~い大盛り肉入りシチュー三つとハンバーグ二つ!」


 昼過ぎのホワイトガーデンにて。喫茶店サンライトで注文する治安維持団の影族の特別隊員。いつもの黒ずくめの黒パーカーは内側して、フードを深く被っている、隊服を上着にしたリーロは、料理の注文をし終えた。


 受付でありウェイターである球形族のキュリアスは、注文された料理を書いたメモを厨房へ渡す。すると、カウンターに肘をついてこちらをにやにや見ている影を訝し気にする。


「あの、まだ何か注文が?」


「んや。注文は無い。聞きたいことがあってな」


「……治安維持団の人ですよね?料理の配膳があるので手短にお願いしますね」


 リーロがここに来た理由は、もちろん例の事件。半年前に起こった事件だ。発生場所はサンライトではないが、被害者が勤務していた場所である。誘拐事件の現場に赴き、調査し、情報を得る。特別隊員になってからルーティンとなった行動だった。


 今回はもうすでに現場を調べ、何も進展がなかった後。次は勤務先だったこの場所の店員から情報を得てみよう、という算段だった。


「半年前に起こった、イシュルというヤツが誘拐された事件について聞きてえ」


「…………」


 目を見開いて驚いたキュリアス。数瞬考えた後、はやり訝し気に見て、聞き返す。


「……もう一度聞きますけど、治安維持団の人、ですよね?」


「そうだ。ちゃ~んと治安維持団のシンボルが肩にあるぜ」


「……なら、あなたたちにはもう全部言いました。資料かなんかで纏めてるでしょ?そこに全部、私たちが言ったこと書いてあるわよ」


 協力的ではない態度の彼女。リーロは、なんとなくこうなることを予想していた。


 調査をしてきて分かってきたことだが、誘拐事件の被害者の関係者全員、治安維持団に良いイメージを持っていないと言えばいいか。事件の詳細を聞くと、激しく拒否する人もいれば、ネチネチと嫌味を言ってくる人もいる。


 その人らに共通する事柄は、その人、あるいはその人から近しい人物が、誘拐の被害者に最後に会ったという状況証拠だけで、監視という名の監禁をされていたこと。レイトと何回も調査を重ねて得た情報だった。


 あの、現場に落ちていた白い羽の有無にかかわらず、誘拐したという直接的な証拠や、それに関与するだろう物的証拠も無しに監禁するという。担当の上級隊員であるイノヴァの職権乱用である。これで捜査が進んでいるのだと、大衆にそう思わせているのだろう。それが真偽かはレイトが調査している。


 それがここまでの経緯。そして、キュリアスは非協力的な姿勢を見せた。このことから、キュリアスはこの誘拐事件にかなり近い関係者であることが分かる。何かを知っていると踏んだリーロは、自身が治安維持団の中でも特異の立場であることを告げる。


「実はなァ、俺は例の連続誘拐事件のために作られた特別隊員ってヤツだ。誘拐に関する事件なら独自で捜査できる権限を持ってる。今回、改めて調査に乗り込んだっつうこと。上の許可も得ずに」


「……そうですか。それが一体何なんですか?」


「つまりだな。俺は自分で行動して、事件を最初から洗い直してるってことだ。捜査資料に載ってるか載ってないかなんて関係なく、改めて事件の情報を俺に全部教えてくれねえか」


 彼女はため息を吐いた。納得はしてくれたのだろう。今までの嫌悪する雰囲気が緩くなるのを感じた。


「残念だけど、私じゃあんまり力になれないと思います。もう半年前ですし、ほとんど忘れちゃって」


「そうか。なら……被害者に一番近い関係者とか知ってるか?」


 厨房から他の客の料理が運ばれてくる。キュリアスは浮遊魔法などを駆使しつつ飛び立つ直前、リーロに言い放つ。


「一人知ってます。けど、注文したからには、まずここの料理を食べてからですよ?お客さん?」



 *



「……つうわけで、ここに辿り着いたわけだ。情報を聞かせてくれるな?グラスさんよ」


 柴の犬獣人。グラス。その、暖かくて心地の良い家にて。


 特別隊員として誘拐事件の聞き込みをしてここへとやってきた影族のリーロ。彼を中に入れ、リビングの椅子へと座らせた家主。水を彼の前に置いて歓迎の意を示すが、目に見えて毛を逆立てて警戒心もあらわにしていた。対面するような形で座る。


「……特別隊員。あんまり、信用できないよ」


「まあ、そうだろうな。ただ、俺は治安維持団の奴らがこの事件をどう調査してきたか分からねえ。捜査資料以外のことしか知ることが出来ないからな。だがこれだけはわかる」


 リーロは足を組み、悠々と深く腰掛けた。赤い瞳は、グラスの睨む緑の瞳を見据える。


「イノヴァっつう誘拐事件の担当になっている隊員がいる。あいつは、誘拐犯側だっつうことだ」


「……え?」


「報告書には、お前さんが被害者に最後に会った人物であるために誘拐犯ではないかと疑い、監禁したと書いてあった。だが実際、お前は誘拐犯じゃないんだろ?」


「…………」


 口を結んだグラス。イノヴァは確かに誘拐犯側についているのだ。先日のリバング街での、証拠を独断で隠し集めた行動からして間違いない。


 ただ、グラスは何も言わない。監禁された人物であれば、肯定するような素振りを見せてもおかしくない。その後は罵倒なり嫌味なり言ってくることもセットだが、色々情報を吐いてくれることもある。実際それ目当てで、今回も監禁の被害者である彼から話を聞きたかった。


 しかし目の前の柴犬は一切口を開けないうえ、どこか視線をそこかしこに飛ばしている。落ち着きが無くなった様子。疑問に思ったリーロは追及する。


「どうした。なぜなんも言わねえ?」


「……」


 警戒心は変わらず、かすかに恐怖も滲みだしているように見えたリーロ。いままで監禁された奴らよりも何かを知っていそうだ、と確信めく。


「そうか。なんか言えない事情ってのがあるみてえだな?言ってみろ。グラスさんよ」


「……」


 優しく声をかけてみるも、全く心を開かない彼。何も喋らずに俯き、泳ぐ視線が時々睨むようにリーロを見る。リーロは組んだ足を戻して前のめりに。


「……喋ってくれねえと何にもわかんねえぜ。なあ?」


「……い、……」


 ようやく口を開いたグラス。慎重に言葉を紡いでいく。


「言わない……!」


 警戒心から生まれた怒りによる言葉。口からぽつりと落ちた。それを拾い上げたリーロは、さらに前のめりになって顔を窺う。


「どうしてだ?……自分が本当に誘拐犯だからかァ?」


「は?違う!そうじゃないって知ってるじゃん!」


「……あ?」


「……」


 また黙る。握っている情報を、どうしてもリーロに明かせない理由があるようだ。段々と苛々しだすリーロ。椅子からゆっくり立ち上がりつつ、苛つきを隠すニヤケ面のまま、何も言わず彼を見る。グラスは、深呼吸すると、しっかりと彼を見据える。怒りを目に灯しながら。


「僕は……ヒセノさん以外の治安維持団のみんなは信用してないから」


「なぜだ?」


「……知ってるくせにっ!」


 両者の間にある重苦しい空気を裂いた叫び。しかし、リーロはそれに全く慄かず、むしろニヤケに拍車がかかって口角が上がる。


「あ~、そうかい」


 リーロは立ち上がって、治安維持団の隊服を椅子の背もたれに脱ぎ捨てるように置く。内側に着ていたいつもの黒パーカーを晒すと、黒ズボンとも合わさって黒ずくめになる。影族であることも相まって、隊服を着ていた時よりもかなりの威圧感が増される。その格好にグラスはたじろぐも、その目は変わらず怒りが滲んでいる。


「何してるの?」


「いやァ……。今の俺は治安維持団の特別隊員じゃなく、ごく普通の一般人になった。こうしてくれりゃ話をしてくれるよなァ?」


「ヘンな理屈言わないでよっ!もう帰って!」


 玄関を指さす彼に、リーロはテーブル沿いにゆっくり歩み寄って間合いを詰める。木造の床がギシリと唸る。


「無理だな。お前さんは何か知ってるだろ。それを聞くまでは帰れねえ」


「い、嫌だって!!」


 テーブル近くの、暖炉の火が燃え盛っている。


「なぜそんな意固地になる必要があんだァ?なァ、なんなんだ?」


「……」


 牙を覗かせ反抗の意志を見せている。このままでは埒が明かないことを先ほどから薄々感づいていたリーロ。いっそ魔法を使って脅してしまおうか、と一歩踏み出そうとした時。脳内から女性の声。


(攻撃的な手段はダメですからね)


 脅して聞き出そうとしていた思考が、溜息と共に吐き出されて無くなる。少しばかりの理性を取り戻し、彼に近づくことを止め、ぶっきらぼうに再び椅子に座った。


「……わあったよ、ったく。じゃああれだ。逆に何してくれりゃあ情報を聞かせてくれんだ?言ってみろよ」


「……え?」


 牽制し合うような空気はリーロが譲歩する形によって薄まる。背もたれに体を預けて楽にすると、テーブルに片肘を預けた。波乱の予感が外れてあっけらかんなグラスに、長々と説明する。


「これは取引だ。お前さんは重要な情報を持っている。俺には言えない情報をな。それを与えてもいいくらいの信用を俺は勝ち取りてえわけだ。そのための条件や要望とかをお前さんから提示してみろっつうこと。いいか?」


「信用……」


 怒りから困惑気味に移り変わる。アプローチを変えたことによって流れが変わったことを感じたリーロは、グラスからの言葉を待つことに。たちまち、躊躇いを見せつつ、彼はゆっくりと口を開ける。


「二つ、ある。一つは……イシュルが誘拐された半年前の事件についての話を、嘘無しで言ってみてよ」


「それはあれか?調査報告書とか、捜査資料を見たい、と同じ意味で言ってるのか?……ちょ~ど、現場に来てたから持ってきてたんだぜ。見るか?」


「……ならそれ見せて」


「へいへい」


 コピーの何枚かを隊服の懐から取り出すと、それらをテーブルに並べていく。グラスが椅子から立ち上がって近づくと、彼が読みやすいように紙を動かし文字を向かせる。


 リーロを気にしつつも報告書を黙読して一言。


「嘘じゃないんだよね?」


「あたりめえだ。承認のためのサインが書いてある。第四隊長……ああいや、前任の第四隊長と副団長のサインがな」


 最後の紙の右下にある、ヒセノイッチの前任者であるゼドラスと、副団長のオイケンのサインを指さす。コピーとはいえ、それ以外は手が加えられていない。本物であることを証明である。しかし、どうしても納得できない顔を浮かべているグラス。


「なんだよ、これ……こんなこと言ってないし、あれも書かれてない……どこにも……確かに言ったのにっ……!」


 徐々に滲ませる困惑と怒り。拳を握り締めて震わせていた。尋常ではない様子だが、リーロは悠然と構えて言葉の真意を追及する。


「何を言ったんだ?」


「っ……!」


 優しく問いかけるような低い声。それでも驚いたグラスは、すぐ影に対して怒りを向けた。が、先ほどよりもその棘が控えめに窺える。


「とりあえず、これは信じるよ。……一旦」


 調査報告書を彼のもとへと戻す。先ほどよりも警戒を解いた様子でリーロを一瞥すると、二つ目の要望を話すことにした。


「あとは……ヒセノさんを連れてきて。治安維持団なら、呼べるでしょ?」


「ああ、いいぜ。現第四隊長だろ。……呼んでみるが、来れなかった場合を今のうちに考えておけよ」


 治安維持団で信用しているのはヒセノだけだと言っていた。隠していた話を明かす時、彼もいた方が都合が良いからだろうか。それとも別の意図か。何にせよ、呼ばなければ話は進まない。


 リーロは、隊服の懐にしまってあった小型の届声(かいせい)機を取り出す。特別隊員になった時に渡されたものだ。家庭用よりもコンパクトに小型化されて持ち歩けるようになった治安維持団専用の届声機である。これで、遠くにいる隊員にも会話できるようになるのだ。


 隊長と上級隊員、そして特別隊員にはそれぞれ専用の番号が振り分けられており、届声機に入力することによってその人と繋がるようになる。リーロは第四隊長であるヒセノイッチの番号を機器に入力し、フード越しの耳に宛がった。


「あー、あー、失礼、ヒセノイッチさんよ。俺は特別隊員のリーロってんだ。今、少しばかりお話をしても?」


『……ああ、特別隊員!本部から聞いているよ。どうしたんだい?』


 口ぶりからして忙しくしているわけではなさそうだ。余裕を感じて脚を組みつつ、ヒセノに現在の状況を簡潔に伝える。


「実はなァ、例の誘拐事件の情報を得るために、お前さんの協力が必要な場面が来たみたいだ。来れるなら今すぐにでも来てほしいんだが、どうだ?」


『……なるほど。なんか重要そうだね。一応聞いておきたいんだけど、どうしても僕じゃないといけないかい?』


 リーロは、眉を顰めてこちらを見て待っているグラスを一瞥すると、すぐ視線を外す。無意識に次に向けたのは、燃え盛る暖炉の火だった。


「そうだ。どうしても」


『……わかった。具体的にはどこへ行けばいいかい?』


「ホワイトガーデンの支団で落ち合うのはどうだ?そこから案内する」


 少しばかりの沈黙。届声機の向こうから風の切る音が聞こえていた。


『……了解した。大急ぎで向かおう。ちょっとした用事が終わって、丁度ホワイトガーデンに帰っていた最中だったんだ。とはいえ長くて一時間くらいはかかるかもしれない。それまで待っていてくれ!』


「ありがとさん」


 届声機を隊服にしまった。通信を終了したことを察したグラスがすぐさま確認する。


「来るんだよね?」


「ああ。ただ一時間かかるとさ。良かったな。とりあえずその間は、ここで待機させてもらおうか」


 腕を組んだリーロ。一時的な平和を取り戻した空気が、張り詰めていた両者の間に流れ出す。ただしグラスの方は変わらず、緊張を緩めずに椅子へと戻っていく。


 一方でリーロ。やっと情報を得られそうだと、心で安堵しつつも同時に怒りが湧いてきていた。こんな回りくどい方法を使わなくても、脅せばすぐに吐き出したのではないかと。ただ、脅迫を使わずに信用を勝ち取って情報を得れるのならそれでもいいのかもしれない、とも思って、心中複雑な気持ちだった。


 そして、そういう難しい感情を抱え、立て込んだ事情が一通り片付いた時に必ず聞こえてくる間抜けな音。大量のシチューとハンバーグを食べたばかりの腹の虫が喚き始めたのだ。ニヤケ面が一気に崩れて半目に。生来から付き合ってきた特質に慣れ、いつも通りにパーカーのポケットからバーガーを取り出そうとした時だった。


「なんか、食べる?今……ちょっと時間あるんでしょ?」


「……あ?」


 一時的な平和とはいえ、先ほどまでは牽制し睨みあった相手。そんな相手を助けるような素振りに、リーロは訝し気に鼻で笑う。


「お前さん、俺の事信じてねえんだろ?なんで施すようなマネすんだ」


 そんな彼を、警戒とも友好とも違う色の目で見ているグラス。


「だって……お腹空いてるんでしょ?……さっきのことが気になってるなら、もう問題無いよ。ヒセノさんと会わせてくれる約束を取り付けてくれたから。だから、今はそれだけで十分」


 顔を綻ばせつつも、緑色の瞳はしっかりとリーロを見つめている。今までの怒りを灯して睨むようなそれではないもの、まるで見定めているよう。


「でももちろん、完全に信用したわけじゃないからね。あの事を話すのは、ヒセノさんが来てからだから。けど……それはそれとして、困ってる人がいるなら助けたいじゃん?それが、嫌いな治安維持団の人でも」


「……はッ、志が高いようで」


 グラスの性格が手に取るように分かったリーロ。心根は相当なお人好しだと理解して、治安維持団に対する警戒と恐怖はかなり特殊なものであろうと考えられた。


 リーロは、とりあえず、今はグラスの好意に甘えることに決める。


「ならなんか作ってくれ。食べさしてくれんだろォ?金は払うぜ」


「う、うん。一時間だったよね。簡単な物しか作れないけど……オムライスとかどう?」


「いいぜ。嫌いじゃない。大盛りにしてくれよ。その分もっと払ってやるからよ」


 ニヤケ面の口角が上がっていくリーロ。少し、薄っすらとだけ純粋な笑顔を浮かべたグラス。


「お肉とかいっぱい食べそうだもんね」


「その通り。よくわかったな。洞察力が鋭いみたいだァ」


「ははっ、そりゃね……!」


 大盛りの料理が食えると満足そうに軽口を叩くリーロに、グラスは彼の丸く肥えた体を見てふっと素直に笑った。彼らの、ぎこちなくて疑い合う距離感が、少し縮んで、その壁が薄くなる。


「そうだ。ちょっとしたものなら野菜も作れると思うけど、いる?」


「いらねえ。今の俺はオムライスが食べたい体になったからなァ。ああでもあれだ。ニンジンをバターで焼いたっぽいやつ。あれは美味かったからまた食いてえ」


 すぐにどんな料理かを理解したグラス。椅子から立ち上がって、オムライスと人参グラッセの準備に取り掛かろうとする。注文された料理を作るという、懐かしい感覚。つい尻尾を振ってしまった。喫茶店サンライトで働いていた時のことを思い出して、リーロに聞こえない程度に一言。


「……ご注文ありがとうございます……ってね」


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