41- 逸材同士
誘拐事件の調査をした翌日。暖かくなり始めた昼頃。レベルシティにある治安維持団の本部の前にて。とある薄緑色の、頭部のみの浮いた球形族を連れたレイトがいた。目を輝かせている球形族の彼は、見慣れない景色を落ち着かない様子で見まわしている。
「すっごいなあ!!たまにはこうやって離れてみるのも悪くないなあ!!」
頭の輪っかの星型の模様が、水平にくるくると回転した。薄緑の二つの角も輝かせ、まるで子供のようにはしゃいでいる。彼は、マナ専門技師としてかなり腕の立つ人である。大人になっても、その子供心を忘れない。もはや一周回って子供のような、好奇心旺盛な性格をした大人だった。
そんな彼を、獅子の尻尾をめんどくさそうに振って、落ち着くように言い聞かせるレイト。
「旅行じゃないですからね……?それに変な目で見られてるって。少しトーンを抑えて……」
「目の前の荘厳な建造物が例の治安維持団というやつか!ルネサンス建築というヤツだろうか!はあ~素晴らしいな~、ノア城にはやっぱ劣ってしまうけど、その代わり、これはきめ細やかで静謐さを感じる……この街の不均衡でうるさい建築とは一線を画していて異様かつ威厳を感じるなぁ!」
「思ったことズバっと言いすぎですって……」
不安な面持ちとは対照的な、楽観的かつ歯に衣着せぬ言動。スチームパンク的街並みをうるさい建築と、白い手袋に包んだ人差し指を立てて評価する彼。レイトは気まずくなりながらも引き連れて本部の中へと入っていく。受付の治安維持団の機械族に、団長との約束を簡潔に伝える。
「どもっす。レイトです。特別隊員の。えっと……団長に例のマナ専門技師を連れてきましたって伝えてください。分かってくれると思うんで」
「確認いたしますのでただいまお待ちください……お連れの方の名前をお伺いしても?」
彼は頭部しかない体を上に傾かせて仰ぎ、浮いているその両手を頭部の下部に宛がう。まるで、胸を張るかように。
「クラッフル!ボクはクラッフルだ!」
*
治安維持団の本部の中。受付のベンチで迎えを待っているレイトとクラッフルは、少しの間雑談を交わすことに。本題はマナ専門技師である彼の事。
「そういや、いつも忙しそうなクラッフルさんとはちゃんと話したことない気がして、色々聞いても良いです?」
「お~!なんだい?レイトくん!どんなことでもウェルカムだよ!」
「どんなことって言っても、基本的なことってだけですけど」
ベンチの上でころころと左右に揺れるクラッフルに、レイトは前々から思っていた質問を投げかける。
「クラッフルさんってなんでマナ技術者になったんですか?」
そう聞かれた彼は、ふふんと自信満々に胸を張るような仕草をする。得意分野ということもあり、遠慮なく話し始める。
「よくぞ聞いてくれたね!実は子供のころからの夢だったんだよ。とある骨董品を見つけたのがきっかけでね。……マナを用いる機械を作り出すことは、電気を用いる機械を作るより難しいんだよ。
詳しいことは省くけど、簡単に言えば、マナのエネルギーは電気より安定しないんだ。まるで人の精神みたいに、完璧に良い時もあればとことん悪い時もあってさ。でもその分、生み出されるエネルギー量やエネルギーの変換先は電気より多いんだよね。
その不安定さっていうのはまだ課題として残ってるから、いつかそれを論理的に解明して、エネルギーの安定化を実現することが、目標の一つさ」
長々と語った彼。これでも簡単な説明だったのだろう。もっと聞き出せば返ってくるだろうが、レイトの聞きたいことはそこではないため普通の世間話に戻すことに。
「へえ、そこはあんまよくわかんないけど……子供の頃の夢を叶えたってのはすごいですね。俺なんて全然だしむしろ……いや、いいや。さすがクラッフルさん、遠声機を作った人だ……」
マナについての専門的な知識は持ち合わせていないレイト。自身にも何かしらの特技があればな、と自分を見つめ直している彼だが、クラッフルは構わず遠声機についての話を広げる。
「電気とマナのハイブリッドだけどね!でもいつかマナのエネルギーだけにすれば、どんなに離れていても、激しい雷雨とか、たとえ宇宙線に晒されたとしても、リアルタイムで交信ができるようになるはず。まだまだ改善の余地はいくらでもあるんだよ!」
「さすがに宇宙までは行かないですよ。でもまあ、いつかそうなるといいですね」
得意げに説明するクラッフルに頷くレイト。向上心のあるその姿勢が、レイトは羨ましく感じる。レイトには、それほどまでに打ち込めるものが無かったからだ。村に生まれて、子供の頃は将来のことをあまり考えずに、友達と一緒に山で秘密基地を作ったりしかしていなかったうえ、少々やんちゃだった時期もあった。
それが今では、奇妙な運命を背負うことになった哀れな青年の一人だ。
マナの話を聞いていた時、奥の廊下から、いかにも機械技師のような服装の異頭族が歩いてくる。その青みがかった灰色の瞳が二人を見定めると、しっかりとした足取りでこちらへ歩み寄ってきた。
「君たちがレイト君とクラッフル君かな?」
明るい桃色の体と三角の頭。後頭部に二つの獣耳を俯き気味に生やした細身の女性。この方が、団長の機械のメンテナンスをしている人なのだろう。レベルシティでトップクラスのマナ専門技師だと。ベンチから立ち上がった二人は、お辞儀をして挨拶をする。
「そうです。俺がレイトで、こっちがクラッフルさんです」
「どうも!レイトから、団長の協力をしてほしいとのことで!マナ技術者として参上したっ!」
彼女の、猫のように細い桃色の尻尾が、二人を見定めるように揺蕩う。
「団長から聞いてるよ。どうも。私はガゼロ。団長の元まで案内するから、詳しい話は着いてからにしようか」
*
何回も階段を下っていった先の、明らかに立ち入り禁止の札が掲げられた扉。ガゼロに通され、その先に広がっていた空間は、物々しい様相の巨大な丸い機械が、中央に鎮座している広い部屋だった。中央のそれが、赤い光を明滅させる。その、目のように丸い部分から聞き覚えのある声が発せられる。
「おはようございます。ようこそ。団長室へ」
「え!?団長!!?でか!!」
目を見開いて驚くレイト。それもそのはず、フロイト団長は今まで機械族の下級隊員を乗っ取って行動していたがゆえにその姿までは知らなかった。その正体が、治安維持団の本部の地下深くにある巨大な機械だったとは。
「そんなに驚かれますか。私は治安維持団の叡智の結晶であり、レッケイドの事実上のトップです。これくらいはあって然るべきですよ。もっと大きくてもいいくらいです」
「そ、そうなのか……いや、びっくりしたけど、そういうことなら分かる気がする」
思いのほか早く受け入れられたレイト。だが、その隣にいたクラッフルは、いまだ目を見開いて固まったまま。衝撃が強すぎて呆然としてしまっていた。それをガゼロが心配そうに顔を覗き込む。
「クラッフル君。何か思う事でも?」
「……いや…………」
見開かれたままの緑の瞳が、次第に光り輝く。
「興味深い……っ!マナ機械なのかい??こんなに巨大な機械族も見たことがないし、もしくはあれか!巨大なマナ機械と合体されている機械族という解釈でいいのか???すごいっ!!!感無量だっ!!!」
飛び回って、その喜びを存分に体に表すクラッフル。そのはしゃぎように二人は思わず後ずさる。その暴れようを見て最初に返答するのは団長であるフロイト。
「トップクラスのマナ専門技師とのことでしたね、クラッフルさん。その肩書を持っているとなれば、おのずと私がどういった存在かがわかるでしょう。しかし、今は急を要します。簡単な説明をガゼロからお聞きして、すぐに映像の分析作業へと移ってもらいます」
「と、いうことだ。クラッフル君、こちらへ~」
クラッフルはガゼロに案内され、レイトはその後を追う。中央の、大きな丸い機械の傍らにある、いくつかの画面とキーボードを備えた大きなコンピュータ。そこまで連れてきて、彼女はそれらを説明する。
「団長に繋がっている大型コンピュータだ。ここに、治安維持団に関する情報が色々保存されていてね」
「これはマナ機械かい?」
「電気三割マナ七割ほど。ゼロとイチで構成できる均一的なデータ部分のほとんどは電気、それ以外の、例えば監視システムや、機械族隊員のハッキング等はすべてマナだ。マナの管理はすべて団長が担っているからエネルギーは常に安定。供給も近くの研究所から許可を貰って消費させてもらってる」
またもや飛び回って大仰に頷くクラッフル。
「なるほど……!!機械族にマナのエネルギーとデータを一任させているんだ……!しかも七割も!それを制御し、あまつさえ安定させるだなんて相当の情報量なのではないかい、団長?いわばメインフレームのようなものだろう?頭がパンクしたりしないのか??」
「問題ありません。多量のマナの保有と効率的なエネルギー変換により、膨大で複雑な思考を実現させています」
さらに目を輝かせ、感嘆する彼。研究者としての血が騒いでいる様子。大型のコンピュータとフロイトを何度も往復して顔を目まぐるしく動かしたあと、最終的にフロイトへ目を向ける。
「すっごい!!!その効率的なエネルギー変換とか、マナの管理とかを具体的に教えてほしいんだが!!」
「先ほども申し上げましたが、今は時間が惜しいのでガゼロからの説明をお聞きしていただけませんか?」
「あっと、失礼失礼っ!!ごめん、確か……」
その先の言葉が思いつかずに仰ぐ彼に、後ろから苦笑いのレイトが一言。
「映像の分析ですって、クラッフルさん」
「ああ!そうか!それでガゼロさん!僕は具体的にどうすればいいのかな??」
意気揚々とコンピュータの前に立ったクラッフルに、ガゼロが説明している。腕を組んだレイトはそれを見守りながらフロイトに近づき、彼に現在の調査進捗を訪ねることに。
「分析の方は進んでます?団長。例の黒い獣人、まだ見つかりそうにないですか」
「はい。同時進行で、もう一人の誘拐犯であろう鳥人族が写りこんでいるかの分析をガゼロに進めさせているのですが、まだかかりそうです」
続けて、それとは別の、フロイト独自が始めた調査の進展を共有する。
「私の方では、映像の分析と共に、隊員の監視や情報の開示などの調査していました。そこで、イノヴァ上級隊員が、最近彼の右腕である機械族の隊員に妙なことを吹き込んでいることを突き止めました。それが……白い羽が落ちている現場が、例の誘拐事件の現場であると」
本題はここからなのだろうと、レイトは続きを促す。
「……それで?」
「不可解でしょう?今までは、白い羽が落ちていなくとも例の誘拐事件として捜査していたものが、急に羽の存在を誇張し始めて事件の範囲を狭くし始めたのです。つまるところ、羽が落ちていない現場は例の誘拐事件ではない、と隊員に説明している。今までの捜査の半数を否定するような行為。甚だ疑問に思いますね」
白い羽の存在。誘拐事件の現場にあるか無いかが定まらない、唯一の物的証拠だ。それを、イノヴァは今更主張してあるなしで事件を分けたらしい。意味の分からない行動に、レイトは首をかしげる。
「……実際、もとからあるないで誘拐事件を別で扱ってたわけじゃなかったんですよね」
「今までは。つい先日の、二人が赴いた現場にはありませんでした。……つまり、例の誘拐事件とは別の事件として扱った。特別隊員がいながら。……もっと深く調査しなければなりません。イノヴァが誘拐犯と繋がっている可能性がある以上、この行動も意味のあるもののはず」
フロイト独自の調査の進展はここまでのようだ。映像の分析を進めつつ、イノヴァの行動を機械族隊員からの目線で調査するらしい。次に、レイトへと話題を移す。
「レイトさんはこれからはどんな調査をするおつもりで?」
「俺の方は、とりあえず怪しそうなイノヴァさんの調査をしてみようかと。あの人の帰路をバレないように着いて行ったり、普段の行動に【透明】で尾行してみたりとかで、何かわかるかなあっと思って。リーロの方は、引き続き色んな誘拐事件の現場に行って調査するって言ってました」
「なるほど。何かしら判明したら、ぜひ情報の共有を。……それにしても、クラッフルさん……」
フロイトは、中央の赤い光を明滅させて自身の見解を話す。中性的なその声には、些か不安が滲み出ていた。
「好奇心が旺盛で、マナと電気についての知識、知恵があります。なぜ、こんなにも特徴的で有望なマナ専門技師が今まで見つからなかったのでしょう。甚だ疑問に思います」
「まあ、俺から言えることはそんなに無いですけど……あの人なりに色々あるんですよ」
二人の間の、少しばかりの沈黙。どこか言葉を間違えてしまったか、とレイトは困惑するも、ようやくフロイトが声を発する。訝しむ声。
「……マナとは違いますが、貴方もそうですよ。レイトさん」
「お、俺?」
話題の急な方向転換に戸惑う彼に、構わず言葉を投げるフロイト。
「そうです。レイトさん。貴方の使う【透明】。それらも疑問の種です。マナを使わずして行える芸当を持ちながら、どうして今まで治安維持団に入隊しなかったのですか?誘拐事件が解決されないと、今更正義感に燃えてあの侵入ですか?……ずっと疑問だったのですよ」
「それは……」
思いがけない追及にたじろいだ。本部への侵入。あれにはレイトらに考えがあってのあの行動だったが、今となっては治安維持団はパートナーである。
失踪事件の解決を貸しとして、あの計画の協力を仰げば、かなりの戦力となるだろう。パートナーになって、明確に貸しを作れるようになったのは大きかった。だが、その計画をここで打ち明けることはせずに、適当な嘘でフロイトからの追及を躱すことにする。
「そうっ……すね。俺たちだけで解決できるって思ったから。あの時の侵入、上手くいってたら俺とリーロだけで進めようと思ってたんで、それで全部上手くいくって……思ってたんです。まあ……もう今じゃ、団長からの協力が無きゃ誘拐犯の正しい姿すら分かんなかったから、絶対に無理だったんですけど」
「……では、その特異な魔法はどうやって会得したのですか?」
「……気づいたら、あった。……分かりましたよね?俺とリーロは、ヒーローみたいに未解決事件を解決できるって思ってたんですよ。それだけっす」
「…………」
どういう顔を浮かべているか分からないが、納得していないような息遣いをしていることはレイトには分かった。そんなフロイトは、分かりやすくため息を吐く音を出す。
「レイトさん……まあいいでしょう。あなたにとっては、私が何も知らないでいた方が都合が良いらしいですね。一旦、そういうことにしておきましょう」
嘘をついたことを見抜いていたフロイト。しかしそれ以上の追及はせずに、一言だけ付け加える。
「ただひとつ、忠告します。人とは違う能力を手にしている貴方。そして、類稀な潜入能力と独特な魔法を扱える影族のリーロ。力とは脅威です。その是非を見極め、正しく導くことが私の責任です。覚えておいてください」
「……それでいいと思いますよ。ただ、団長さんが俺たちに対してどう思おうが、誘拐事件の解決は絶対にさせたいとは、思ってますから」
「…………」
双方は一旦納得して、その場の牽制は終わりを迎えた。
*
「ふむ!計算した結果、あと六日と半日程度で終われそうだ!」
「黒獣人と鳥人の調査で十日ほどくらいでしたよね。三日半くらいの短縮!ナイスです、クラッフルさん」
新たなマナ専門技師によって、映像の分析を短縮させられるだろうというレイトの目論見は、見事的中した。これで、映像に例の黒い獣人が写っているか、あるいはもう一人の怪しい細身の鳥人の方が写っていれば、解決に一歩近づける。
フロイトも、満足げにクラッフルに指示を飛ばす。
「では、分析をお願いしてもよろしいでしょうか。概要はガゼロから聞きましたね?」
「もちろん!任せてくれ!黒い被毛の獣人だろう?友達の知識のおかげで、種族を識別できる簡単なプログラムを組むこともできた!効果的に使えばさらに短縮できるよっ!」
手を腰に当てて感心するガゼロ。隣のマナ専門技師が打ち込んだ文字列を目で追いつつ、その感心を口にする。
「マナ機械や情報管理のみならず、コンピュータ言語まで扱えるとは、さすがだね。切磋琢磨し合えそうだよ」
「ふふ、だろう!とはいえエム言語はまだまだ未熟でね。お互いに頑張ろうじゃないか!ガゼロさん!」
お互いに握手する。良き仲間が出来たようだ。それを後ろで見ていたレイトは静かに笑みをこぼした。
「んじゃあ、ガゼロさん、クラッフルさんのこと任せてもいいですかね。俺はやることがあるんで、夜にまた来ますから」
「ああ、いいよいいよ!任せてくれ!待っているから!……は~、団長以外の話し相手ってこんなに楽しいんだなあ~」
団長が、ガゼロの無神経な言動を窘める。
「分析を進めていますが、しっかりと聞いてますよ。ガゼロ」
「だって感情の無い声でずっと喋られてると頭おかしくなりそうでしたもん。クラッフル君が来てくれて良かったよ!」
「……そうですか。もっと言葉に感情を含められるよう努力してみましょう」
ガゼロの軽々しさを感じる会話を背に、レイトは団長室を後にする。誘拐事件の裏には、必ずあの人がいるのだろう。悔しさと嫌悪を胸に、階段を上がっていった。




