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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第二章 ──誘拐事件、交錯する運命──
39/50

39- 在りし日を思う

 

 海底街に行った日から数日。月が姿を現し始めた頃、閉店間際のリンゴレストランで談笑する客二人がいた。


「ん~~~~っ、お、美味しいっ……!あ、甘くて、後から辛くなる不思議な感じ……それでいて食べやすい……!こ、ここまで生きててよかったぁ~」


「うん。確かにすごく美味しい。でもオリヴィオ、最後のそれは大げさじゃないかい?」


 一方はリンゴ保管庫で働いている異頭族のオリヴィオ。そしてもう一方は、レベルシティでマナの研究をしているという骨族の男、ウリクだった。仕事終わりのオリヴィオが連れてきて、このレストランへとやってきてくれた。


 カウンター席で、サヤカの作った大盛りのリンゴカレーに顔を綻ばせて幸せな気分に浸るオリヴィオに、理解は示しつつ度が過ぎた表現だと苦笑したウリク。その疑形族と骨族、人外二人の、可愛らしい姿にひどく興奮して口を押えるも、料理に関しては緊張の糸がほぐれたサヤカ。


「ふふ、二人とも口に合うようで良かった~!」


「もっと自信を持ってサヤカ!あたしもまかないでサヤカのリンゴカレー食べた時、めちゃくちゃ美味しかったんだからさ!」


 サヤカと同じ時期に雇われた、ウエイターである女性の植物族のラピナがサヤカの肩を優しく叩いた。彼女のその優しい目と実直な言葉が、サヤカの自信をさらにつけさせる。


「ありがとう。リンゴカレーだけじゃなくて、他の料理も練習してあっと言わせるわよ!」


「そう!その意気っ!あたしも頑張るから!」


 二人で意気込むと、他のテーブル客からのベルが鳴らされる。会計のようだ。ラピナが、行ってくるね、とサヤカに手を振ってその場を立ち去った。カウンターに残ったのは、ラストオーダーが過ぎて気ままなサヤカと、リンゴカレーを食すオリヴィオとウリクのみとなる。


 頬を赤くして惚けたオリヴィオがカレーを深く味わっていく。黄色の大きな獣耳がピコピコ動く。


「ああ、ああ~、明日もまた寄ろうかなぁ~~~。リ、リンゴカレー無しの生活とか考えられないよ~」


「ついさっきまでその生活だっただろう?……サヤカさん、オリヴィオの常連が確定したみたいですよ。より賑やかになりますね、このレストラン」


「あはは、そうなったらより繁盛しますね!オーナーは多分レストランの事業拡大とかは考えて無さそうですけど」


 眼窩の瞳が小さくなって驚くウリクは、この小規模のレストランの店内を見渡す。こぢんまりと建てられたここに期待を込めたような眼差しを向ける。


「そうなのかい?あくまで本業に専念して、余裕がある時にってことなんだね」


「ぼ、僕もこれくらいの絶品の美味しい料理を自炊出来たらな~~~」


「食べながらまだ言ってるよ。普段は静かだけど、こういう美味いものを食べてる時は賑やかで面白いね」


 オリヴィオの願望に穏やかに笑うウリク。骨族とはいえ、いわゆるデフォルメされたような彼は、妙に不可思議な姿形をしている。少なくとも、サヤカが知っている何かの生物の骨格、というわけではないことは確かである。マルキスからの知識によれば、あらゆる種族の骨格をもとにマナで体が作られている種族なのだと、サヤカは教えられた。


 さらなる知見に胸躍りつつもなんとかひた隠しにし、二人の面白い会話劇に会話を挟まずに聞いて微笑むサヤカ。そんな時、厨房からひょっこりと灰色の丸い頭を出した、球形族の男、カッシュが声をかけてくる。彼は、半分厨房と半分ウエイターの、二つを丁度良く担ってくれている人だ。サヤカの様子をその赤い目が捉えると、申し訳なさそうにする。


「サヤカさん。一緒に、今日使った食材の確認取りたいんだけど。こっちに来てもらってもいい?」


「了解!」



 *



 閉店時間。雲にかかりそうな月が見えている。重いゴミ袋を浮遊魔法で浮かせながら外に出たサヤカが、店近くのベンチに深く腰掛けているオリヴィオと遭遇した。ウリクは先に帰ったのだろうか。一人きりで幸せそうな顔をしてる彼に、サヤカは可愛いと興奮し微笑みながらも、今の状況を少し心配する。


「あの、オリヴィオさん。今日は来てくれてありがとうございました!」


「い、いやいや、こ、こちらこそ美味しいものを食べさせてくれてありがとうございます……!」


「どうかしたんですか?ベンチで休憩?」


「う、うん。そ、そうなんです……!さ、さすがに食べすぎたので、胃を休めているんですよ~……!」


 リンゴカレーが大盛りだったからだろう。その上取っておいたリンゴのデザートまで食べれば、そうなることは想像に難くない。オリヴィオのおっとりした顔がサヤカに向くと、う~ん、と唸って、前々から疑問に思っていたことを聞く。


「そ、そうだ。サ、サヤカさんって人間ですよね……?」


「…………んん?」


 ふいに吐き出された話が、サヤカの声を上擦らせて混乱させる。今思えば、サヤカはこの世界に来てから一度も同じ種族である人間に出会ったことがない。最初から人間がいないのか、はたまた存在はしていたが人間だけ絶滅したか、とサヤカは思っていた。この世界の情勢には目を向けてきていたが、これの場合は歴史にも目を向けなれば分からないことだった。


 最初に人間であると自己紹介した時、マルキスとグラスが人間を知らないのなら、聞いたことのない種族であるのに無反応はおかしい気もする。それでいてオリヴィオが人間の事を知っている以上、希少性はあるがどこかに存在する種族なのだろうか、とサヤカは考察する。彼に質問して、まずはこの世界における人間はどういった存在なのかも知る必要があるだろう。


「う~ん、まあ、そうですけど~……なんでそう思ったんですか?」


 素直に認めつつ、オリヴィオに聞いてみるサヤカ。おっとり顔を崩さず天を仰ぐ。


「え、えと、まだサヤカさん以外の人間に出会ったことがないからです……!ど、どこから来たんですか……?」


「…………」


 サヤカは困った。あの日のピアノを弾く前の、自身の感情が整っていない前々までの、落ち着きようのない愚直な彼女だったら、転移してきたと言っていただろう。しかし今はもう違う。発言する前のまともな思考が挟まるようになって、マルキスから転移してきたことは周りに言わない方がいいとの忠告を受けていたことを思い出したのだ。


 それに、オリヴィオの言動も怪しい。サヤカ以外の人間に出会ったことがないのなら、なぜ人間を知っているのか。書籍でその存在を知ったから、とも思えるが、今のサヤカにはなんとなく少し怪しく見えてしまう。とりあえず、自身の身を守るためにも、申し訳ないと思いつつ嘘をつくことにした。


「その、ちょっと遠いところから!」


「と、遠いところ……?」


「そう!う、海を、船で海渡ってきました!それくらい遠いところです!えへっ!」


「そ、そうなんですね……!海を渡ってきたんですか……!な、長旅でしたね~……!」


 納得してくれたようだ。妙な汗が額から垂れるのがわかる。いまだ浮遊魔法で浮かせたゴミ袋を一瞥して、サヤカは気まずい面持ちで向こうを指さす。


「ごめんなさい、そろそろごみを捨てないと……。そうしたら私は帰りますので!」


「そ、そうなんですか……!こ、答えてくれてありがとうございました……!ま、また元気で……!」


 サヤカは手を振って返した。足早に去りつつ、ちらりと気づかれないようにオリヴィオを見る。変わらず幸せそうな顔をして星空を見上げていた。その姿からでは怪しさは全く感じない。やっぱり申し訳ないことをしたかな、とサヤカは内心思いつつごみを指定の場所に捨てると、バスまでの帰路を歩くことにした。



 *



 バスの中。夜になって光が灯るレベルシティの街並みを見ながら、少し物思いに耽っているサヤカ。先ほどまでリンゴレストランの従業員だった四人は、近い席で最近の出来事を話し合っている。会話の中心は主にラピナ。頭に生えた葉っぱを髪のように整えながらも話題の提供を欠かさない。


「最近お母さんから窓の戸締りしっかりしてって言われちゃってさ、誘拐事件でみんなピリピリしてるみたい」


「そりゃあね。僕たちはお互いマナをいっぱい使える種族だから、今のうちに撃退できる魔法とか使い慣れとかなきゃ。チャックもそう思うだろ?」


 丸い目がジト目になっている気取った彼、カッシュは浮いている灰色の手の人差し指を、隣の席にいる巨態族の男性のチャックを指さす。レストランの受付兼警備の彼は、巨大な体躯と黒い羽を縮こませて不安げにする。


「あえ?ああ……帰るときは暗いから気を付けて帰らないとね……」


「まあ、君はその大きな体とマナを駆使すればどんな相手でもイチコロだし」


「僕は巨態(きょたい)族だよ?マナはそんなに使えないって」


「あれ、そうだっけ?まあでもフィジカルは高いだろ?そんなに弱気だと、僕らが襲われちゃったら守れないよ?」


「ちょっと?撃退するとか言いつつさらっと守られる立場にいるのどうなの、カッシュったら」


 守られて当然、な気取った球形族をたしなめるラピナ。二人の会話にサヤカは微笑んだ。出会ってからまだ日は浅いが、すでに仲良くなった四人組だ。家では仏頂面だが面倒見のいい兎と懐の深い明るい犬。レストランの仕事では、優しくて頼りになる巨態族に明るいムードメーカーな植物族、キザで自己中心的な言い方がたまに鼻につくが給料に見合った働きぶりはしている球形族。なぜこの人をアーガベラは雇ったのか疑問だが、それはそれで楽しい毎日だ。


 そして、サヤカの前の席はあの巨態族のチャック。仕事帰りには決まって折りたたまれて時折動く骨ばった羽を拝むことが出来る。内心ひどく興奮しつつも微笑むだけになんとか留められていた。そんな心とは露知らず、ラピナが今日の最後にいた客のオリヴィオについて聞いてきた。


「そうだサヤカ。今日面白い人いたね!オリヴィオさんだっけ?知り合いにマナ研究者がいるなんて驚きだよ!顔が広いね!」


「え?ああ、ええ。そうかも!とても……可愛い人、でしょ!」


「ね!あんな美味しそうに看板メニュー食べてて、作ってないこっちも嬉しくなっちゃった!」


「ああ~、あの黄色い異頭族の?」


 座席の背中の上側に頬杖をついて後ろを向いたカッシュが会話に入ってきた。


「どおりで。確かに研究者ってルックスだったね。ああいう自己管理がなってないだらしない体って感じ。研究に目を向けるより自分に目を向けた方がいいのにねえ」


 ふふんと自信満々に、カッシュは自身の球体のみの体を堂々と見せつけてとげとげの歯を光らせる。


「つまるところ、完全なる球体の僕を見習った方がいいね!上下左右対称!寝る一時間前のシャワーを浴びながらのコロコロ運動!そうすれば大分マシになるだろうってのに」


「四肢がある種族に、頭だけの球形族のどこを見習えばいいのかさっぱりわからないんだけど~?」


 つくづく自分本位であるところに呆れつつ正論をぶつけるラピナ。反して、確かにその言動はいささか顰蹙ものだったが、バスケットボール大くらいの実際の完璧な球体さに言い表せない『良さ』を感じているサヤカ。


 人外しかいない世界に、マルキスとグラス以外の人間らしい対人関係を築くようになって、この世界で生きているとより実感してきた。死んで転移する前の自分は、きっとこんな面白いことになるだなんて思ってなかっただろう。そんな時に、ふと外に目をやって思いついた。


 両親が死んだあと、転生してここにいるのだろうか。サヤカが転生せずに転移してきたのは、世界の仕組みの穴のようなもので、もしかしたらここがいわゆる死後の世界か死んだ後に送られる世界なのかも、と。もしそうなら、どこかに姿を変えた親がいるのかもしれない。証拠も何もない妄想だったが、もしそうだったらいいな、と楽観的に捉えた。だって、出会った時に成長したこの姿を見せられるから。


 それとも、実はもう見たのだろうか。


「どうしたのサヤカ?外見て」


「……ううん、なんでも」


 あの時ピアノを弾いてから、こういう感傷的な気分になることが多くなってきた。今日は家に帰ったら、前世の記憶を思い出しながら寝ようと、サヤカは思った。


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