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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第二章 ──誘拐事件、交錯する運命──
36/51

36- 海辺のリゾート地と海底街

 

「海~~~!!!」


「やっふ~~~!!」


「泳ぎに来たんじゃねえからな」


 時間は昼。浮かれるサヤカと尻尾を振って喜ぶグラスにくぎを刺すマルキス。今回も聖樹旅館と同じように車で来た。ここ、スターライトシーサイドはサクリー村とは違い比較的早く着く場所だった。様々な種族がひしめき合う南国気分を味わえるリゾート地。


 しかしながら、マルキスの言う通り今回は泳ぎに来たわけでもなく、ホテルに泊まるわけでもなく、仕事として来ているのだ。顧客の要望通りの絵を描いたから、今日はそれを顧客に渡す日なのである。サヤカとグラスはそれに着いてくる形で同行している。


「でも、泳がなくてもとりあえず何か食べましょ?」


「顧客に渡してからだ。そんなに時間はかからないから待ってろ」


「む~~~……わかったわ」


「名産品もあるって!後で見に行こう!」


「ああ。後でな」


 マルキスは辺りを輝かしい目で見るふたりを連れて、海底街、アンダーライトに行ける道へ歩き出す。看板の案内に従って直通ルートの搭乗駅にたどり着いた。あともう少しで出発するらしい。意識したわけではなかったが、丁度良く到着したようだ。


 巨大なガラスの球体へ入っていく。人はまばらでそんなに混んでいなかった。海底街は、リゾート地のスターライトシーサイドとは違い、主に魚人族が多く住んでいるドーム状のガラスの中の街だ。文明の段階では、レベルシティよりは低い。マナとガラスと石と金属等が併用されていたあそことは違い、ここでは主にマナに石、木材、レンガなどでできている。レベルシティをスチームパンク的な建築というなら、アンダーライトは近世の西洋的な建築と呼べるだろう。


 海の中にある街として物珍しさに観光客が多く訪れる場所。しかしながら、今日は少ないらしい。心置きなくガラス越しの海の中を見れると、サヤカとグラスが意気揚々と端の席へと移動した。


 たちまちアナウンスが流れて動き出す。最初は揺れが大きかったが、ほどなくして安定して足元もしっかりしてきた。サヤカとグラスは、海の中の景色を見る。海底街の街並みと、そのガラスの外にある本当の意味で海の中にある家々が見える。魚人族が住んでいるのだろう。


 上に目を向けると、既に球体全体が沈んでいたようで、海面に照らされる太陽からの輝きが乱反射してサヤカの目に届く。


「すっごく綺麗ね……!海の下から空を見ることなんてそうそう無いわよね」


「うん!初めて見た!」


 その光景に心奪われたサヤカとグラス。ただ、サヤカには少し思うことがあった。


 海。いや、正確には水が、サヤカはどことなく苦手だった。いつから苦手になったかはわからないが、興味津々に海面や海の景色に見とれつつも、内心のどこかでは恐怖心があった。無知なものをそれとなく遠ざけるような恐怖ではなく、それ自体の危険性をぼんやりと理解しているゆえに忌避するような恐怖。


 このガラスの球体とか、壊れてしまうのではないか、壊れた先に自分たちがどうなってしまうのか、などという思考に陥ってしまう。当たり前な警戒心にも思えるが、今のサヤカは足が震えるほど過剰にそれを恐れて考えていた。ちゃんとマナで補強したりしているだろうと、なんとか自分を納得させて平常心を保たせた。



 *



 その後、特に何も起きることはなく、無事に海底街まで着くことが出来た。ガラスの中から降りてターミナルへ。


 最初に目に飛び込んできたのは、その圧倒的な魚人族の多さ。魚人族が住んでいるだけある。見たことのない人外の多さに、サヤカは内心興奮が収まらずにいた。


 ここから見える街並みは、ドームの外側から引かれた海の川がそこかしこに引かれていて、まるで海の都のような風貌。この海底街の中央に位置しているであろう、巨大な抽象的な水のモニュメントが、三人を歓迎してくれているようサヤカは思えた。


 ガラスドームの内側と外側を繋ぐパイプのようなところから、彼らが海の中とこちら側ドームの中を行き来している様子がそこかしこに見える。その様子に興味を示すサヤカ。一部の魚人族の手に持っているものや運んでいる魚を見た時、過去にグラスやマルキスから言われたこの世界の特殊な倫理観を思い出す。


(前に……豚の獣人さんが豚肉を食べるのってどうなのって聞いたことがあったわね。でも、別の種族だから問題ないって言ってた。多分、魚と魚人族も違うってことよね)


 マナを保有できる種族とできない種族であるために別種族という枠組みであり、同じような見た目でも共食いにはならないということだと。この場合、魚はマナを保有できない種族であるがために、マナを保有できる魚人族は、その見た目に関わらず別の種族だとして食す、ということだ。


 この倫理観はこの世界特有のものなのだろう。前の世界で生きてきた、生物と食に対する共食いの倫理観を見直さなければならないようだ。今思えば、聖樹旅館で魚を捌く魚人族も、料理に卵を使った鳥人族もいた気がする。


 深くまで根付いたこの倫理観は、なかなか変わらないだろう。しかしながら、この世界で生きる以上、常識として備えておかなければならないものだ。


 神妙な面持ちで彼ら魚人族を見ていることに気づいたマルキスが、サヤカに説明する。


「ここは魚介類が名産品だ。ここらへんの海の中のほとんどは魚人族の狩場だろうからな。この辺りは新鮮な魚料理が食えるだろうよ」


「そうね。……私、魚捌けないんだけど、グラスはできるっけ?」


「ううん、やったことない。もう捌いてあるやつを刺身にして切るくらいなら?」


「ふふ、お互い、魚料理は初心者ってところね」


二人で笑い合う傍らで、マルキスが一人釘を刺す。


「言っとくが魚は食卓に──」


「並べるな、でしょ?覚えてるわよ~、ちゃんと」


 彼は過去に、小骨が喉に刺さって大事になったことがトラウマとなって以降、食べたくなくなったのだと。前々からマルキスと共にいるグラスはもちろん、その話を知った後のサヤカも、マルキスの前に魚まるごとの料理を出すことは無い。


「……そうか。ならいいよ。……顧客はあっちの地区だ。近いから歩いていくよ」


 ガラスのドーム。レベルシティと変わらず車が走る海底街、アンダーライトでマルキスを先導に三人は歩いていく。絵画の待つ依頼主はもう少し先だ。


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