35- 信念、理性、力
『治安維持団において持つべき信念、理性、力があるかどうか。試していました。勘違いの無いよう、一から説明いたしましょうか』
未だ怒りに拳が震えて彼を睨むレイトと、風向きが変わったことを感じてニヤケ面の口角がさらに上がるリーロ。フロイトは、機械造りの人差し指を立て、順序立てて説明する。
『まず信念。事件を解決させたい気概を、貴方がたから感じるかどうかを見極めたかったのです。どちらも感じましたね。次は理性。レイトさんの方はすんでのところで踏ん張りましたね。理性が本能を押えました。セーフです。最後に力。これは言うまでも無く、レイトさんの持つ透明とリーロさんの持つ潜伏。お二人は、三つの信条を満たしたに値する存在です。私たち治安維持団が掲げる、三つの信条を』
「それが信念と理性と力ってか。けけっ、手のひらの上で踊らされてたってことかァ?」
『強いて言えば、答え合わせが欲しいところですね。リーロさん、どうやって潜伏していたのですか?』
ニヤケ面が最高潮になったリーロは肩をすくめつつ、一部嘘の種明かしをする。
「簡単な話だぜ。俺は影魔法ってのを扱える。レイトからの合図があってから、資料室で一緒に調査しようと思ってたんだが、なかなか届かなくてな。そこで影に潜って、レイトと同じような道を辿って……ようやく着いたと思ったら、お偉方との思わぬトラブルに遭遇ってわけだ」
『ふむ。独特な魔法ですね。判断力もおありのようで』
「照れるねェ」
本当は彼女の作った【ワープホール】でここに来た。保存されていたトイレの座標を介してここまでやってきていたのだ。息を吐くかのように嘘をつくリーロだったが、オイケンもフロイトも気が付かない様子だった。
リーロとフロイトの会話を聞きつつ、いまだに状況を飲み込めていないレイトが、困惑を目に灯して俯く。
「……信条……?嘘じゃねえだろうな……?」
「嘘ではないよ、レイト君。ホントにごめん!」
太い両手を合わせて精一杯謝罪する副団長のオイケン。理解が追い付いていないレイトに、丁寧に舞台裏を明かす。
「君たちと自己紹介を交わしてから、団長と示し合わせて決めていたことなんだ!既に君たちは類稀な魔法を持っていたから、信念と理性の残り二つをどう引き出そうかと画策してたんだよ!騙してしまって、本当に申し訳ない!」
「……なんで、俺の【透明】を見破ったんだ?」
『私から説明しましょう』
オイケンから話を引き継ぐフロイト。未だ困惑のレイトは、彼の、説明するように瞑る赤い目に顔を向ける。
『詳しくは言えませんが、私は他の機械族とは少しばかり違いまして。一例として、空気中にある見えないマナを流れを検知できます。慎重で、人目を避けるように動いているマナの空気の流れをみて、一目でわかりました。私は、治安維持団に所属するすべての機械族の視界を見ることができますし、オイケンの多機能眼鏡も、空気中のマナが見えるようになるマナ情報を仕込んでありましたので』
「じゃあ、あえて泳がせてたってことか……」
『はい。侵入者以前に、力のみで考えた場合、この時点で隊員として有用に扱えそうな人材だと感じましたから』
「……そうかよ。それはどうも」
侵入者であることよりも、その力の有用さに着目して人材として確保できるかどうかが彼にとって重要だったらしい。
状況をすべて理解したレイトは、無力感で獅子の尻尾が力なく垂れ下がって、その場にうずくまった。それを、同情するような目で見るオイケン。彼の隣まで歩み寄り、窮屈そうに身をかがめてレイトのすくめた肩に手を置いた。
「わかるよ。レイト君。俺も、なんていうか、すべてを見通しているような団長のこと怖いし嫌いだもん」
『おや。まだ私の事を恐怖の対象として見ていたのですか?オイケン。もうその域はとっく越えたと思っていました』
心外、とでも言いたそうに返す半目のフロイト。対し、言葉に嫌悪をたっぷり注ぎ込んで切り返す怒り顔のオイケン。
「うるさい。団長のことは、ほんとに、ほんとーーにほんの少しだけ尊敬はしてるけど、それ以外は全部嫌いだよ!」
『新入隊員から一気に副団長に昇進させたというのに、恩を仇で返す人ですね』
冗談にしては真面目なトーンの団長に、嫌悪の中の切実な心情を吐露した副団長。二人の信頼を感じる口喧嘩もそこそこに、リーロは、先ほど言っていたフロイトの言葉について言及する。
「あー、それで?団長さんよ。俺たちが治安維持団の隊員になれば、誘拐事件の調査をさせてくれるってことでいいんだよな?」
『その通り。資料や証拠の閲覧も、事件に直接赴いて調査することも可能になります。その際、担当の上級隊員と共に行動する必要がありますが』
上級隊員と共に行動。リーロにとって、見知らぬ人との行動というのは苦痛でしかない。レイトや信頼している仲間なら幾分かマシであるが、彼にとって一番いいのは単独で調査できること。
「俺ら二人か、どっちか一人だけとか、助っ人を呼んで数人だけの調査は出来ねえのか?」
『直近で発生した事件では、担当の上級隊員からの特別な指示が無ければ、基本的に共に調査しなければなりませんね。下級隊員のみの調査は原則として禁止しています。……もっとも、貴方がたには下級隊員とは別枠での隊員とさせてもらいますが』
「別枠?」
ニヤケ面が崩れて訝しむリーロ。
フロイトはそれを察して詳しく説明する。
『貴方がた二人には、新たに発足させる特別隊員に任命させていただきます。これは、治安維持団の新しい規則として制定いたします。特別隊員には、例の誘拐事件に限り、担当の上級隊員を許可を得ずに単独での調査ができるものといたしましょう』
「なるほど。そりゃあいい」
納得して再びニヤケ面に戻った。だが一つ、彼から条件を付け加えられる。
『しかし、誘拐事件を無事に解決させた後は、特別隊員から外れて市民に戻ってもらいます。もし他の調査をしたい場合には、ぜひ治安維持団に入隊してくだださい、その旨をお伝えすれば、適切な手順を踏んで入隊させましょう』
「そうかい。全然問題ないぜ、それで」
『ご了承を頂けてなによりです。今からでもお二人を特別隊員に任命させましょうか?』
フロイトは機械の手をリーロの前に差し出した。胡散臭そうな笑みを浮かべつつ、リーロは影色の太い手を出して、機械らしい硬くて冷たい手をしっかりと握手した。その瞬間を、腕を組んで満足げなオイケンと、まだ立ち直れていないレイト、二人が見届ける。
「へっ、ならそうさせて貰おうか」
『ありがとうございます。レイトさんもよろしいですね?』
「……はい。ぜひお願いします」
『ありがとうございます。……さて、仕事が山積みですね、オイケン』
団長はリーロと握手し終え、顔は副団長へと向けられる。本人は言葉の意図が分からず、いや、分かりたくなく、睡眠を話に持ち出すこととする。
「……あ、ああ、そうだね。そうだけど、今日はもう就寝時間とっくに過ぎてるからまず寝てもいいよね?」
『ダメに決まっているでしょう』
その無慈悲な言葉に、オイケンは鋭い歯を見せて口をあんぐり開ける。驚愕の冷酷さに思考が追い付いてこないまま、団長は数多の命令を副団長に下す。
『今、彼らと協力関係を結んだのですから、特別隊員追加に関するデータのバックアップとして書類を新しく作成しなければなりません。それに加え規則追加関連の書類、あとは、特別隊員の仔細な待遇も。ああ、私のマナストレージの拡張を専門の技術者に依頼する旨の書類もまだでしたね。丁度良いので貴方が忘れないうちにそれも終わらせて──』
「うるさーーーーいっ!」
くどくど命令を連ねるフロイトに憤怒のオイケン。固く拳を握り締めて激しく反抗する。
「団長っ!俺の体をどこまで酷使すれば気が済むんだよ!!今日はもういいだろ!!バカ!!アホ!!疲労を知らない押しつけ野郎!」
『たった今協力関係を締結しましたからね。今から始めなければ、規則として制定させる前に、彼らの存在について他の隊員から質問された際にどう返答すれば良いと?』
「規則にないから認めない、とかか……もう!!融通を知らない機械族め~~~っ……」
頭を抱えて唸ったが、何か良いことを思いついた彼。先ほどまでの変わりように唖然とする二人に向かって、丸っこい体を曲げて謝罪する。勢いづいた言葉は相手が変わっても止まれない。
「申し訳ない二人とも!!協力関係を結ぶのは後にしてくれ!具体的に……明日の朝八時からで!起きた後すぐに取り掛からせて貰うから、睡眠時間だけは取らせてくれ!!お願いだ!!」
「……マ、マジで可哀想だな」
不憫。彼の表すのにこの上ない言葉だった。副団長という立場上、普段から数多の仕事に追われる日々なのだろう。レイトはそんな彼の状態を憐れんで呟き、苦笑いに変わって団長に諫言する。
「……団長さん。副団長にすべて仕事を与えるんじゃなくて、新しい役職とかを設定して人員を増やせばいいんじゃないです?」
『極秘の情報を書類に書き込む、という業務は一人だけで結構ですし、副団長の特質は貴方がたのように類稀ですから。アデランド隊長は常に多忙の身なので、必然的に副団長にしか出来ないことです』
淡々と話すフロイトに、オイケンがリーロに手を向けつつ振り返る。
「なんだよぉ!レイト君も言ってくれたよ??リーロ君もそう思うよね????」
「あ?ああ。可哀想だなァ」
確かに可哀想だとは思うが、割とどうでもいいという感情も持ち合わせていたリーロ。
だがオイケンにとっては救いの言葉だった。
「ほおら!リーロ君も賛同してくれた!!少なくともあと一人くらいは欲しいって前々から言ってるだろ!?前任の副団長の復帰なんていつになるか分からないし、外交関係は俺がやるから別の書類関係はもう新しく誰か雇ってくれって、何回も言ってんだって!!機械族基準で考えんのも大概にしてくれよぉ!人は正しい生活があって労働力が生まれるんだって!」
『……二対四で、私たちの意見が少数派になりましたね。今までは拮抗していましたのに』
今までこういった議論は彼らの中だけで行われていたらしい。こうして意見を出す人がいなかったのか、あるいはそういう雰囲気ではなかったのか。
治安維持団の内情を知らないレイトとリーロに想像しえない何かがあるのだろう。
歓喜のため息を吐くオイケン。握った影色の拳を胸に。
「前任者と君たちの意見があってやっとか!ああ!!わかってくれた……!」
「……書類を書いたりとかって機械族じゃダメなのか?」
純粋な疑問が沸き立ったレイト。それこそ、終わりなき書類への書き込み業務をこなすのであれば、機械族ほどの適任はない。そこに、外交や政治に要因がある、とフロイトは前置きして語り出す。
『公文書には、機械族にはコピー以外の介入はせず、少なくとも原本は機械族以外の人の手で作られていなければならない、という規則が存在しますから』
「なんで公的文書に機械族の介入が出来ないかわかったよな?ああいった感じで、まさしく、人に配慮しないからなんだよ。俺と前任者がその証拠だ……」
外交の事は詳しくは分からない二人にとって、現実味をあまり感じない話だった。
とはいえ、機械族は利己的な感性を持っていることが多いのは、他種族にはぼんやりとした共通認識ではある。レイトは、納得しながら苦笑いを浮かべる。
ただ、副団長の多忙の件は、先ほどの多数決のおかげで少数派と理解してくれたフロイト。これからはオイケンのことを労わってくれるだろう。おそらく。
『……さて、こうして話し込むと副団長の睡眠時間がますます削られますよね?今日の所はお開きといたしましょう。二人は私が出口までご案内いたします』
「ああ!団長!!!ありがとう!!……すまない二人ともっ!!俺はもう寝させていただく!見送りが出来なくて申し訳ない!明日は……まだ制定に時間が掛かりそうだし、明後日以降に来てくれ!その時に資料を渡したり色々説明しよう!じゃあ!!良い夜を!」
「そ、そっちこそ、良い夜を、ていうか良い睡眠を、オイケンさん」
どずどずと響く足音で、足早に事件資料室を後にした巨体。三人はそれを見送ってから、フロイトの案内のうえ、本部の受付まで案内されることに。その道中、緊張の糸が解けて腹が減ったリーロ。黒パーカーのポケットから巨大なハンバーガーを出した。上機嫌に、大きな口で貪り始める。
「はんとかなっへ良はったな」
引き気味に横目で見るレイト。
「そうだな……」
『リーロさん。本部での食事は食堂と副団長室以外禁止ですよ』
「……へいへい」
レイトは思わず鼻で笑った。




