34- 秘密裏のさらに奥
「その辺にしてやってくれねえかァ」
聞き覚えのある生意気な低い声。案外近くで聞こえた。カウントダウンが止まり、その場にいた全員がそこに目を向ける。レイトにとっては仲間であり、オイケンや団長にとっては新たな侵入者であった影族の彼。余裕そうなニヤケ面で壁に背を預けている丸々とした彼に、オイケンが驚愕する。
「い、いつの間に……!?」
「俺の事なんていい。そいつ離してやってくれ。事情はちゃ~んと説明すっからよ……それとも先に言わなきゃ離さないってか?」
依然としてレイトを捕らえる腕は緩まない。毅然とした態度で、ナイフを手に持っているオイケンが、少し考えるようにしつつもレイトに再び向けられる。
「そうだね。説明してくれよ」
固い壁に背を預け、悠々と説明する影。
「……まず俺たちは、巷で噂の誘拐事件について調べている。もちろん、解決のためにだ。だから、透明のソイツを本部に侵入させて事件の資料が無いか探してた……ってのが事の経緯だ。それ以上は何もないぜ。俺たち」
「はあ、そうか……。……なるほど。まだ色々聞きたいことはあるけど……団長……」
団長、そして副団長が目を合わせる。彼らの中で何かしらの決定があったようで、レイトを捕らえていた腕が緩んだ。やっと解放された獅子。ずっと不自然な体勢だったがために、すぐ床に崩れてしまった。
*
治安維持団の本部、事件資料室にて。二人いた機械族の内一人を、資料室の入口に配備した。誰も入ってこれないように。
中は、団長、副団長と、善意の侵入者が二人。全員の自己紹介を終えた後の計四人が、お互いの話を共有するために顔を向き合っていた。話を聞いてからでも処遇は遅くないと、治安維持団のトップとその右腕が話を聞いてくれることに。まず口を開いたのは副団長のオイケン。
「レイト君、リーロ君、きみら二人は、本部に侵入してまで誘拐事件について調べている住民であると。それはまず間違いはないね?」
「そーだぜ。その認識でいい」
「…………」
【透明】の状態から戻って獅子獣人の姿を現したレイト。少し居心地が悪そうに影と巨態の二人を見ていた。その、忌避するような視線とあからさまな無言。団長であるフロイトがハッキング乗り移ったらしい機械族の警備隊員が、それに気づく。そのモニターに映る単眼の赤い目が半目になった。
『レイトさん、肯定しないのですか?』
「ああ、いや、もちろんそうですよ。当たり前じゃないですか!」
『ではなぜ無言に?何か後ろめたいことがおありでしょうか?』
紺色の隊服を着た機械族。スラっとした姿形と中性的な声が、今のレイトの中ではかなりの救いだった。なにせ、四人の内二人が、暑苦しいような姿をしているわけである。それがレイトにとっては、かなりの衝撃で、自身の運命を呪う始末。
「だから、その~……一人は、満たされない食欲のせいでデブい影族で、もう一人は……詳しい状況は知りませんけど規格外に膨れてる巨態族の人で……なんでこういう、デケえやつらに縁があるんだって思って、今少し悲しくなってました」
「けけっ、確かにそうだ!レイトおめえ、向こうじゃ確か白いやつが──」
「うわやめろやめろ!その事さっさと忘れてろよ!今でも息苦しくなってくるんだよそれ!」
思わず声を荒げてしまったレイト。言い終わった後に、外にバレていないかを心配して資料室の入口を一瞥する。それを、フロイトが落ち着かせつつも窘める。
『今の時刻は夜です。隊員が少ないとはいえ、声量を抑えてください』
「すいません……」
怒られて萎縮してしまうレイト。溜息。それをリーロが面白そうに口角を上げる。
二人の仲の良さを見せられて呆れつつも羨むオイケン。二人についての話の続きをする。
「それで……リーロ君が言うには、俺たちと協力関係になって、共に誘拐事件を解決したいと」
「そうだなァ。具体的に説明しようか」
リーロは、黒のパーカーのポケットに入れていた手を出して、腕を組んだ。
「誘拐事件の捜査資料、現在の進捗とかを教えてくれりゃあ解決してやる。教えるだけでいいんだぜ?こっちとしちゃあ、それ以上の事は望まねえよ」
「と言われてもね。まず、治安維持団が住民を巻き込んでの事件の調査とか、規則違反なんだ。万が一協力関係になったとして、一年前からずっと発生してる未解決の事件を、今更住民二人の協力で覆るとは思わないかな」
厳しい姿勢を見せる副団長。誘拐事件についてのはっきりした実状は現場より知らない状態である。が、治安維持団の精鋭を以ってしても未解決な状況。一般住民では手も足も出ないことはわかっている。
しかし、リーロは自身が普通の住民ではないことを、レイトと自身に手を向けながら証明する。
「住民だって?【透明】を使える能力を持ってるんだぜ?それにだ。俺も気づかれずにレイトのもとまで移動してきた潜入のプロ。あとは、俺らに足りないピースは事件資料だけってんだよォ」
「それは……そういう特技を持っているだけだろう?具体的に、どう誘拐事件の解決に役立つっていうんだい?」
素晴らしい能力を持っていたとして、それを事件の解決に寄与するかどうかは能力と本人次第。リーロは、自身とレイトの価値を示す。
「機械族にすら感知されない透明と素早い潜伏だ。事件が発生する場所で待機すれば、俺ら二人がかりで誘拐犯を抑え込める」
「誘拐場所の事前把握?……それが分かってたら苦労してないよ」
ため息を吐くオイケンは、壁に背を預けて顔を上げた。上層部が手を焼く事件なのだ。出来ることはすべてやってきている。その証明が、団長のフロイトから告げられる。
『誘拐事件の発生場所や発生時刻は、傾向こそあれど、その実態を全く掴めていません。最も発生しているリバング街ですら、最大限の対策を講じても足取りすら追えていないところを鑑みるに、発生直前の前兆など無いと言っても過言ではありません』
フロイトからの説明。そこにオイケンが補足する。
「……っていうことだよ。誘拐ってうたっているけど、犯人の目撃情報が無きゃ、忽然と姿を消す行方不明事件となんら変わらないのさ」
「ああ、犯人……確か、レベルシティにあったやつ?誘拐犯の姿かもしれないから見つけたら連絡を~っていう」
レイトがこの治安維持団の本部に潜入する少し前、黒くて背が高い大柄な影族のような種族と、白くて身長が低い細身の鳥人のような種族の二人。それらが、目撃情報によって固められた、大まかな背格好のイラストが至る所に張り出されていることに気が付いていたのだ。レイトの記憶が確かならば、街頭のテレビにも映し出されていたはずだ。
「黒くて大きな影族と……低身長の鳥人族、みたいなやつ二人だったよな?」
同意を求めるようにレイトが言うと、オイケンがゆっくり頷く。
「あくまでそうかも、ってだけで種族の方は確証はないけどね。言っておくけど俺じゃないよ」
「でしょうねえ。インパクト強いし本当にそうだとしたらとっくに捕まってるだろ?」
フロイトが誇らしげに語る。
『私の数少ない理解者であり、良きパートナーです。彼は私が常に監視しておりますのでご安心を』
「俺は団長の事嫌いだけどね」
目上に対して失礼極まりない発言であるが、団長は特に気にする様子も無く、彼の嫌悪の滲む顔を涼し気な目で受け流す。二人はかなり馬が合わないらしい。リーロはその様子に乾いた笑いを漏らした。
「まァ、話を戻そうか。資料を閲覧したところで俺たち二人は解決に導けない、だっけか。……なら、俺たち二人だけじゃないってんならどうだ?」
つまるところ、侵入者二人には他に仲間がいる。彼らに協力するよう促せばいい。だが、それについても厳しく捉えているオイケン。
「……その人脈に類稀な魔法が使えたりする人がいれば、その限りではないってところかな」
「そうかい。そりゃ朗報だな。具体的にどんなヤツが欲しい?事件解決のためなら、どんな伝手を使ってでもソイツを呼んできてやるよ」
「…………」
オイケンは眉を顰めてリーロを見る。そこまで主張してくれることを個人的には嬉しく思う一方で、彼らの信用がまだ足りていないのは明白だ。第一印象が侵入者。彼らが思っている以上に良くない結果だからである。
だからこそ、彼らの心の内をもっと聞かなければいけないだろうと、オイケンは思った。信じきれないというなら、信じれる言葉を彼らから聞きたいのだ。
「なんていうか……本部に侵入までしたのは誘拐事件の資料を閲覧したいため。そしてそれに加えて今の発言。なんでそこまでして、事件を解決したいんだ?」
「そりゃあ……」
ニヤケ面のままのリーロはその赤い目だけを動かし、一瞬だけレイトを一瞥する。
「誘拐されたヤツは、いまだ帰ってきてないんだろ?可哀想じゃねえか。連れてかれたヤツも、残された側のヤツもよ。透明や潜伏っていう強力な力がある責任として、困ってるヤツらを助けたいと思うのは当然の思考だぜ?治安維持団にいるなら、分かってくれると思うがなァ?」
「……」
言葉尻の胡散臭さは感じられるが、その信念に共感するところはあるオイケン。すらすらと言葉が出るあたり、嘘ではないのだろう、そうオイケンは判断した。
その実直で堅い信念に、治安維持団に入隊した頃のことを思い出した。ニヤリと笑って尖った歯を覗かせる。
「まあ、よくわかったよ。よく」
『そうですね。気概は見えました。しかしながら、残念ながら規則は規則です。住民を事件に巻き込むことはいたしませんよ』
オイケンの方は肯定する様子に対して、団長の方は冷酷に規則を持ち出して二人を諦めさせるように諭した。彼らから離れて背を向け、自身の道理を説いていく。
『そして……もし私たちが勝手に規則を破り、貴方がたと協力関係を結び、誘拐事件を解決まで漕ぎつけられた場合……治安維持団としての沽券に関わりかねないのです。治安維持団が解決できなかった事件を、いち住民によって解決させられる。私たちの価値を否定するに足る事案です』
「お前……」
牙を見せ、嫌悪を顔に現すレイト。
その怒りを背後に感じる団長。彼からの怒りのこもった言葉たちをぶつけられる。
「少し考えればわかることだろ。そんなくだらねえプライドなんか捨てろよ。規則を破らねえと、事件がずっと解決せずに人がどんどんいなくなってくんだぞ?」
『こちら側で、リバング街と同じ措置を他の地域でも執行すればいい事です。貴方がたの協力など無くても、いずれは解決する事件ですし、それ以外にやらなければならない事も多く存在しますから』
「っ……!」
レイトは、後ろを向いている彼に足早に近づいた。肩を掴んで、強引に顔を向き合わせてから壁に追い詰める。もう嫌悪を隠さないその行動で、傲慢な団長に言葉をぶつける。
「こういうお偉いさんっているよな。体裁しか考えない、はっきり言ってクズなやつがよ。ふざけんなよ!いずれは解決するって?被害者の事をなんにも考えてないな!このクソ野郎!」
レイトの暴走を傍観してるオイケンとリーロ。真面目な顔で行く末を見守っている副団長に、リーロは彼の丸いわき腹を肘でつつく。
「おいおい。止めなくていいのかよ」
「……それはお互い様だね」
団長は、余裕そうな半目の単眼を怒りに燃えるレイトに向ける。
『侵入罪に加え、暴行罪に侮辱罪です。次はどんな罪を重ねるおつもりで?』
「……っ!!おめえッ!!!」
拳を振り上げ殴りかかろうとして、空に留める。一線を越えてはいけないと踏ん張りつつ、腕は力なく垂れ下がる。目を瞑って堪え、睨むようにして再び目を開けると、振り絞るように怒る。
「おめえらなんかに協力を仰がなくても、俺らだけで解決してやるよ……!手柄を奪おうだなんて思うなよ!もしそうなったら、次に振り上げた拳は止めねえ……!」
力を込めている両手。言い終えて解放した。
「いくぞリーロ」
振り返りざま、最後まで彼を睨んでいたレイトはリーロを連れて行こうとする。しかし、乱れてしまった襟を正しているフロイトは、この瞬間を待っていたかのように仰々しく咳払いの音を出すと、意味ありげに語りかける。
『しかしですね。規則を破らずに、貴方がたと協力関係を結ぶことは可能ですよ。私と副団長の権限を用いて』
「……あ?」
怒りが収まらなかったが、その先が気になって彼に振り返った。依然として余裕を崩さないフロイトが、隊服の乱れを整えつつ自身の提案を示す。
『簡潔に言いましょう。治安維持団の隊員になれば良いのですよ』
「……何を企んでんだ?」
『すみません。少しばかり、貴方がたを試していたのです』
胸に手を置いて謝罪したフロイトは、先ほどの傲慢さの理由を説明する。
『治安維持団において持つべき信念、理性、力があるかどうか。試していました。勘違いの無いよう、一から説明いたしましょうか』




