33- 直々のお出迎え
資料室。急ぎながら調査している最中に、誰かが入ってきた。
「人使いが荒いんだよッ、もう!!俺がいなきゃ進んでない業務がどれほどあるかってんだよ!!夜だぞ夜!!バカ!!」
(こっちが馬鹿って言いてえよ!入ってくんなって!!)
予感が的中してしまったレイト。心の中で悪態をつきながら、透明でありながらも本棚の後ろへ。入ってきた彼の様子を窺うために顔半分は覗くことに。入口から遠いところにレイトはいるために姿はまだ確認できないが、資料室に入ってきたことは紛れもない事実だ。扉の開く音が、静寂を突き破ってレイトの耳に届いたのだから。
ふと例の【ワープホール】を見る。閉じられていた。バレないためには仕方がない。これで帰り道が無くなってしまった。
(……遠くてすぐに行けなかった。しくじったなあ……!)
「あ~~!!イラつくなあ!!」
何やら彼も彼で悪態をついているようだ。野太い声で、どすどすと重々しい足音を響かせて歩き出す。
「……んだよ。もう少しで上がれそうって時に??侵入者???どこも鍵がかかってたってのに、嘘だったら承知しないからな!ったく!!」
(は?……侵入者?バレたのか?俺が?【透明】だってのにか?)
ここまで来るのに全く気付かれた様子など無かったはずである。なのに、なぜ気づかれたのか。疑問符で頭がいっぱいになって獅子の尻尾が垂れ下がるレイト。なおも野太い声の彼は、資料室に侵入者がいないかを調査し始める。悪態をずっとつきながら。
とりあえず、声の位置から考えて近くの本棚の反対側に回ったレイト。少なくともこれで鉢合わせることは無くなるだろう。その声の主が近づいてくる方向を見定めて、身を低くした。
「……ならさっさと見つけれくれって。俺の貴重な睡眠時間が削られてるっていうことを肝に銘じてほしいんだよ!もうッ!……っ狭いなあ!!」
(ならもう頑張らないでそのまま帰ってくれ。ていうか誰と会話してんだ……?)
足音や声が一人分しか聞こえていない。だが、確実に誰かと話しているだろう、言葉の途切れ方をしていた。疑問に思いつつも、怒りが足先にまで届いている彼の足音が迫る。物陰で様子を見ている時に、本棚の向こうから彼がその丸っこい巨体を現す。
巨態族らしさのある体のデカさはそのままに、体が膨れ上がったような丸い体つきをしていた。それに加えて、影色に近い紺色。巨態族と影族のハーフのように思えた。無骨に前を開けた隊服のほか、眼鏡をかけた頭は二本の角を生やし、背中には折りたたんだ大きな翼を生やしていた。
(ええ……?)
彼の規格外の容姿に、眉を顰めて引き気味に驚愕するレイト。彼の、身体の許容を越えるようなデカさに驚いた。が、たった今、透明状態になって物陰に隠れていたにもかかわらず、なぜか彼と目が合って止まる。見つけた、とでも言うように、レイトを凝視しつつける。つい、恐怖と焦りが顔に滲み出てしまう。
(え……)
「あ……?」
そして彼も、紺色の目を細めて観察していたが、たちまち大きく見開いて驚いた。反応からして、確実に見つかった。透明なのになぜ、という疑問すら沸き起こることなく、レイトは扉に向かってその場から走り出した。
だが、不意に現れた何か。触れた頭に硬くて冷たい感触。
(くあっ!?)
目の前に飛び出してきた二人の機械族の隊員が、レイトの両腕を正確に掴んだのだ。あの、資料室の警備にあたっていた二人。振りほどこうとしても、圧倒的な機械の力には太刀打ちできず手が空を切るだけに終わる。たちまち、その一人から中性的で無機質な声での質問。モニターに映るその一つ目の赤い瞳と目が合った。
『貴方の目的を教えてください』
もう逃げられない。ここにいるということが、なぜかバレてしまった。【透明】であるにもかかわらずどうして、と考えを巡らせて質問に答えないレイト。だが一方で、機械族の方は納得したように息を吐く音を出す。
『……獣人族ですね』
(はあ!?なんでそれも!!??)
『もう一度聞きます。目的は?』
なぜ獣人だと見破ったかという恐怖を抱いた。もはや質問どころではない。目の前の機械族が、ただただ恐怖の対象としてレイトの目に映る。しかしながら、そこまで陥ってなおも口を閉ざしていると、遅れて追いかけてやってきた例のデカブツがやってくる。
「はぁ……なあ、何が起こってるんだよ、ったく……」
『オイケン。この獣人を説得してみてください。恐怖に慄いて話してくれません』
「ああ?……ホントに透明だったのか。あ~、そうだな……」
眼鏡越しに目を細めて、改めて存在を認知するオイケンという名前の彼。近づきながら、窮屈そうに身をかがめて、視線を合わせようとしてくれた。そんな彼を見上げるレイトは、その圧に圧倒される。思考が停止するほどの恐怖の板挟みを感じていた。
「まず……これは先に言っておこうか。俺たちは、君に危害を加えないと約束しよう。警報も鳴らしていないから、今この場にいるのは俺たちだけ。増援も来ない。まずは、それを理解してほしい、かな」
先ほどの、がなり散らかしていた、とげとげしい声と態度とは打って変わって、言葉を選び、低く優しい声で接するオイケン。大きく両手を広げて敵意が無いことを示す。だが、レイトは変わらず警戒したまま反応しないでいると、機械族を一瞥する彼。続けてレイトへ優しく語りかける。
「今聞いたと思うが……俺の名前はオイケンだ。治安維持団本部の副部長であり副団長でね。いつも通り忙しくしていた時に、透明の誰かがいると、団長から聞かされて……この通りだ。はは……。それでだ、君の出方次第で、穏便に済ませられるだろう。だから、質問に答えてほしいんだ」
未だ反応しないレイト。本当にいるのだろうかとオイケンは心配になって後頭部を掻く。しかしながら、虚空を力強く掴んでいる機械族が、透明の彼を掴んでいることの証明に他ならなかった。
「い、いいかな?それじゃあ、ここに来た目的について、教えてくれ。資料室にいたっていうことは、何かしらの事件を追っているのかって推測することはできる。ただ、君の口から聞いて確信を得たいな。……どうかな?」
「…………」
「……ムリか。そうか」
少しばかり冷静になれたレイトは、ここは何も話さず、相手が折れて自身を軟禁させるまでに至れれば問題無いと気が付いた。そうすれば、視界を介して彼女に【ワープホール】を出すよう指示をして、本部から抜け出せるからだ。
ここは辛抱強く待つ時。しかしまだ折れる様子のない二人。オイケンが、少し考えるように視線が上に向くと、苦笑をふっ、と見せて交渉を諦める。
「おそらく、今の君に何を言っても無駄そうに思えるね……。どうする?団長」
一つ目が映し出されている機械族の隊員に目を向けたオイケン。何も言葉を発さないが、何かを理解しているような素振りで時折頷いている。
「だからどうするんだよ?こうしてる間にも俺の睡眠時間が刻々と過ぎてってんだけど?決めるならさっさと決めてくれよ。その思考モジュールは飾りかよ?考えるの俺より得意だろ?」
彼らなりのコミュニケーション方法があるのだろうか。団長とやらの声は聞こえないにもかかわらず、オイケンは正確な返答をしていた。
「……そうか、わかった」
ようやく紺色の目が再びレイトに向けられる。ただ、先ほどとは違い、少し残念そうな笑みを浮かべていた。
「こほんっ……今しがた、俺と団長で君の処遇について話し合っていた。出方次第で穏便に済ますとさっきは言ったけど、残念ながら君は歩み寄ろうとしなかったね。よって……」
一人の機械族隊員に手を伸ばして、握ったのはナイフ。治安維持団の持つ、保有するマナが枯渇した際の、犯罪者と相対するための攻撃、あるいは防衛のための最終手段。
それを、透明の侵入者、レイトに向ける。
「最後の警告を発するよ。十秒以内に目的を明かしてくれ」
どこにいるかも透明で分からないがために、漂う切っ先がレイトの体を触る。
「くっ……」
背筋が凍った。どんなに悪い結果でも、軟禁程度で済むと思っていたレイト。思いがけない彼らの行動に、思わず声を漏らしてしまった。その小さな吐息程度が耳に届いたようで、オイケンは控えめに苦笑する。
「あっと、ご……ごほん。あー、こ、声は出せるんだな?ならきちんと、はい、って言ってくれよ。今から十秒だからな。……九……八……」
カウントダウンが始まる。身じろぎしても、機械族の隊員二人がかりで捕らえられては全く動けない。抵抗しているのが見て分かるオイケンは、申し訳なさそうに眉を顰める。
「五……四……」
「……っ」
もういっそ、こちらの実情を吐いてしまってもいいのではないかと思ったレイト。誘拐事件の情報を知りたいのだから、素直に吐けばわかってくれるだろう。治安維持団も、この事件を解決したいと頑張っているはず。そこに、助力という形で加わらせてくれないだろうか、と。
事件を解決したい。その気持ちが一緒なのだから、わかってくれる。後々二人の仲間に話せば、そっちもわかってくれるはず。
「二……」
徐々に苦い顔になっていくオイケン。こちら側の実情をついに吐こうとした時、耳に届いたのは、聞き覚えのある生意気な低い声。
「その辺にしてやってくれねえかァ」




