32- 透明偵察
夜のレベルシティ。この眠らない街に、安全を守る治安維持団の本部がある。四六時中なにかしらのトラブルが発生する、この暇のない街に必要不可欠な存在。人員は昼よりも少なくとも、夜でも本部は動いている。
厳かな佇まい。路地裏の人気が少ないところで、物陰に隠れて入口の隊員らの様子を窺う一人の男性の獅子獣人。細身で好青年な彼。世間が恐れおののいている誘拐事件についての情報を得るために、情報の宝庫である治安維持団の本部へと潜入を試みていたのだ。
「……夜でこの多さ?昼に行かなくて正解だったな……ま、多分見つかんないよな」
警備の多さに驚きつつも、自身の卓越した【能力】を信じ切っている彼。意識を集中させて、自身の体を、着ていたお気に入りの服の白コートごと消失させる。
「よし、こっから先は喋らないようにしようっと……」
口をしっかりと閉じ、いざ本部へ。【透明】状態で、巡回する隊員らに距離を取って入口近くへ。ここから先は呼吸すら気を付けないといけない。気配を察知されたり、油断して足音を立てたりはもちろんアウト。そのために、靴はあらかじめ脱いでおいた。
機械族の生命反応などの機器探知等は掻い潜れない【透明】である。彼らが近くにいるときは、殊更に慎重にならざるを得ない。
(ヤバイ……緊張してきた……この緊張のせいでバレるかもってのに……!)
深呼吸をして鼓動を整えると、入り口の脇を通って隊員をすり抜けていく。いざ中へ潜入。機械族を中心に、多種多様な種族が所属している治安維持団。しかしながら本部は夜間ということもあり、今は巡回する機械族が多く配備されている。
本部の構造は一切分からない。内部に協力者がいるわけでもない。一人で、誘拐事件の資料があるであろう資料室などを目指す必要がある。内部が一切分からない状態で。
(……こういう機関の奴らって信用できないし、しょうがないよな)
彼自身の感覚として、この法の番人たちを信用できないでいた。一年前からずっと発生している誘拐事件が、全く解決の兆しを見せないからでもある。
機械族の受付の脇を通り抜ける。短い廊下を抜けた時、大広間に出た。三階ほどの高さの吹き抜けが侵入者を歓迎してくれた。至る所に直立不動の機械族がいる。監視の役割を果たしているのだろう。ただ、ありがたいことに人自体は少ない。
夜勤の時は陽の光が浴びれなくて滅入る、という愚痴を吐く球形族から、書類に目を通してブツブツ呟く真面目な獣人族もいる。全員が全員、自分自身の事について精一杯なため、彼らに見つかる可能性は低い。しかしながら、厄介な問題もある。
そこらいっぱいに配備されている機械族。侵入者をすぐ確保できるよう辺りを監視している。獅子の彼は肝を冷やす。
(バカバカ!多すぎだろ……!善意の侵入者に優しくない設計しやがってさあ~……)
余裕が無くてもユーモアは忘れない獅子。ゆっくり歩いて、足音を立てずに進んでいく。ふと顔を上げた時、中央に据えられた大きな看板が目に入った。矢印と部屋が書かれた案内看板だった。各階に何の部屋があるのかと、その方向が記されている。彼は心の中で歓喜した。
目的の場所に目星を付ける彼。資料室。これ以外に選択肢はないだろう。誘拐事件の資料があるとするならここだ。地下室の奥まったところにあるようだった。
(地下……なんともまあ、見つかった時に逃げにくそうな場所だなあ……)
個人の情報もある大事な事件の資料なのだから、地上にあると外から侵入されて簡単に見れてしまう。そのために、地下にあるのだろうと軽く考える獅子。
(よし、いくぞ~……俺はいくぞ~……)
早速そこへ向かう獅子。忍び足で歩き、息を殺し、感情も無くし、無我の心で一直線に階段へ。静寂。誰もいない廊下。だが機械はいる。監視業務のために佇んでいるそいつを、掻い潜って階段の傍へと辿り着く。
獅子は階段の端っこで、壁を背にして横歩きでゆっくり下りていく。すると、地下から話し声が聞こえてきた。その声は徐々に大きくなってくる。階段に来ているのだろうか。まずいと思った獅子は階段を上って廊下に戻り、階下の様子を窺う。
すると、予想通りやってきた機械族の隊員と、巨態族の隊員が上がってくる。冷静な女性の声の機械族に、腕を組んで苛つきながら機械族を睨む巨態族の男。
「だから、第一隊長に誘拐事件の連絡を回さないようにしてくれって言っているんだよ。まず俺の確認があって、俺から伝えるってこともできるだろ?」
「そうですね。しかしそうなっては二度手間です。イノヴァ上級隊員から伝えるメリットを明確に提示できなければ、命令に異議を唱えられませんから」
「はぁ……まずはだな、例の誘拐事件か、単なる失踪事件か、はたまた別の行方不明事件かを現場で判断しなくちゃならない。ただでさえ多忙なあの方が、まったく関係のない事件の捜査に協力していたとなったら?時間の無駄になってしまうだろう!」
二人の間で言い争いが起きているようだ。話題はちょうど誘拐事件の事柄らしい。彼らは透明になって息を止めている獅子獣人を通り過ぎ、広間へと続く廊下を歩いていく。
「では、例の誘拐事件だと判明したその時に、第一隊長をお呼びしてもよろしいでしょうか」
「……それでいい。だが、隊長に回す前に、連絡するといった旨を俺に伝えてくれ。機械には分からんだろうが、心の準備ってのがあるんだ」
(なんかいろいろ言ってるけど……あんまり重要な事でもなさそうかなあ。第一隊長とか、よくわかんないし……)
期待が狂わされたレイト。気になる誘拐事件の話はしてくれたが、肝心の概要などは全く話さなかったのだ。彼らの内部事情などどうでもいい。
興味の無くなった会話を背に、再び獅子は階段を忍び足で下りていく。監視業務を怠らない機械族の視線の前をしゃがみながら通り過ぎ、なんとか地下一階へと到着した。進んでいくと、あの看板に記されていなかった、目的地の資料室以外にも部屋があることが分かる。
入口の札を見る限りでは、取調室や堅牢室、マナ充電室に変電室などがあるようだ。
(マナの技術が発達してるっぽいこの場所じゃ、供給に困ることないだろうな。電力を越えるエネルギーになるってマナの専門家さんが言ってたけど、どうだろ……)
レイトは、マナのことなどあまりよくわからない。ただ分かることとして、ある時には電力のようにエネルギーとして論理的に使われたり、ある時には魔法として想像的に使われたりといった、都合のいい手段として捉えられていること。
(電力とどう変わるんだろ。そういう深いところは聞いてなかったな。……ま、俺はマナ使えないけど~)
心の中で色々と考えていると、目的の事件資料室の札が掛けられた扉を見つけた。しかし、両脇には機械族の監視がついており、中に入ろうにも扉の開閉で気づかれてしまいそうだ。事件の資料を保管している場所なのだから、厳重に警備されているのは当たり前だ。
(ま、そうだよな……結局無理やり入るのは不可能だろうし……ってなればだ。監視の目が無い場所に行こう)
先ほどトイレを見つけていた彼。こうなった時のための策をあらかじめ考えていた。地下に部屋の入口以外での監視機械がいないとはいえ、依然として忍び足で歩く。
そうして辿り着いたトイレ。男性の方へ入っていくと同時に、角を生やした異頭族の隊員がやってくる。洗った手を荒く払い、口笛を吹きながらのスッキリとした顔。壁を背にして焦る獅子の横をご機嫌に通り抜けていった。
叫びそうになる声を抑えた獅子は、気づかないようにあの隊員に向かって心で毒づく。
(……っぶなあ~~!バレるとこだった!!お前の事嫌いだよこの野郎っ!)
理不尽にキレつつ中へ。清掃の行き届いた綺麗なトイレだ。数ある個室を一つひとつ、扉の下を見て誰もいないことを確認すると、一番端の個室へ入っていった。集中する。頭の中のもう一人に語り掛けるように、心の中で言葉を発する。
(お~い、力を借りたいんだ)
小声で聞いた。
『……はい。なんでしょう?』
聞こえてきたのは、落ち着いた雰囲気の女性の声。獅子は現状を簡潔に話す。
(事件の資料がある部屋に入れないから、【ワープ】でどうにかなると思って)
『……わかりました。今の位置から、具体的な方向を教えてくれますか?』
(俺が向いている方向……視えてんだよな?)
『……そうですよ。何メートルくらいか教えていただいても?』
このトイレの個室から事件資料室の中を、推測しつつ具体的に彼女に伝える。彼女のその【能力】は、具体的な座標や位置を理解しなければ開くことが出来ない。彼からの視界を頼りに、どれくらいの場所に道が出来るのかを、手探りで引き当てなければならないのだ。
外では人目を気にして使えなかったが、誰もいない個室トイレなら誰にも気づかれずに【ワープホール】を顕現させられるだろう。
『……はい。繋げました。ちゃんと鍵を閉めてくださいね』
獅子の目の前の壁に、目が痛くなるような極彩色の、等身大の輪が作られる。
(おう、ありがとう。やっぱお前がいなかったら無理だったわ)
『……そうですね。でも、レイトもいなければここまで来れませんでした。二人の成果ですよ』
(あはは、照れちゃうな~)
『……バレる前に早く行ってください。閉じますよ』
(はい、すいません)
ここに長居する必要はない。個室の鍵をきちんと閉めたことを確認すると、早速輪の中へと入っていった。
通り抜けると、数えきれないほどの本棚。整えられすぎている大量の紙束がそこに収められていた。それらの中から一つを手に取り、それが事件の資料だと確認する。間違いなく事件資料室だ。
獅子のレイトは、後ろの【ワープホール】を一瞥する。
(まだ閉じなくていいからな。帰り道として活用できると思うし)
『……わかりました。気づかれそうになったら閉じますからね』
(ここまでバレなかったから平気だ。さてと……こんなかから誘拐事件の資料を引き当てろと。誰もいないから気兼ねなく片っ端から見れるな。んなことやってたら朝になるけど)
一年ほど前からあるという情報とそれなりの事件数があるということから、どこかの一画に纏められているはず。そう踏んだレイトが足音を立てないよう早歩きで見て回る。解決済み、という本棚から、未解決の本棚に移る。
入口で警備しているからだろう、やはり誰もいない。安堵しつつ、何も収められていない本棚まで着く。どうやら最後の事件の資料まで来たようだ。そしてそこからもう一つ、扉があることに気が付く。しかし、仰々しい南京錠で鍵をかけられ中には入れない様子だ。札には、証拠保管室と記されていた。
(もしかして誘拐事件の証拠もこの中に?……どっちのほうがいいんだ)
レイトが知りたいのは誘拐事件の犯人に繋がりそうな情報と、その根城だ。その直接的な情報が物的証拠にあるとは考えづらい。結果、当初の目的と変わらず、資料を閲覧することに決めた。
探す。探し続ける。すぐに見つかるんじゃないか、という希望的観測は段々打ちのめされていく。軽く見て回った限りではどこにもない、と結論付けた。
ふと、廊下から重々しい足音が聞こえてくる。静かだったために良く響いて聞こえた。資料室に入ってくるのだろうか、と思えばそんなことはなく、無事に通り過ぎて行った。
(ラッキー。入ってきてたらちょっとやばかったかも。透明になってるとはいえ調査の邪魔されたらたまったもんじゃないもんなあ)
完全に足音が聞こえなくなった後に、調査を再開する。未解決事件の棚一つひとつ見て、一冊ずつ背表紙に書かれている事件名を見ていった。これではない、これでもないを続けて十数分は経っただろうか。なかなか見つからずに焦りが顔に滲み始める。
もしかしたらないのだろうか、とすら思えるほどどこにもない。少なくとも、直近で発生した順に探しているのだが、まったく見つからない。だが、まだ夜が明けるには時間がある。まだ慌てる時間ではない。レイトは自身にそう言い聞かせて調査の歩みを止めずに探りつづける。
その時だった。また廊下から響く重い足音。先ほどの足音の主と同じ人だろう。透明でありながらも念のために身を潜めておく。今回も通り過ぎてくれるだろうと思っていた矢先に、突然、停止する足音。入口にいた機械族と会話を交わす声が聞こえるが、壁越しであるために内容までは聞き取れなかった。レイトは、冷たくて嫌な予感が背中を伝う。
そして、その予感が的中する。
扉を開く音。誰かが、入ってきた。




