31- 研究者たるもの
「す、すごい……!」
「でしょ?これのおかげで経営がさらに一歩前進したの」
聖樹旅館の宿泊から数日後。場所はリンゴ果樹園。その巨大な保管庫。採れたリンゴが保冷されている広い空間だ。リンゴレストランからそう遠くないこの場所から、レストランに使うリンゴを仕入れていたり、各地の店に送られたりするのだと。
サヤカはリンゴレストランと果樹園のオーナーであるアーガベラに、リンゴの事を良く知るためにお願いして連れてこさせてもらった。二つ返事の了承を貰った翌日。こうして大量のりんごが入ったいくつもの籠の前まで連れてもらった。
保冷庫の中にあるいくつものリンゴが、紫の靄、すなわちマナを保冷庫全体に充満させて新鮮さを保たせるらしい。このマナのおかげで、どれだけ時間が経っても採れたてのような新鮮な状態を維持させられると、アーガベラから車で向かう最中に簡単に話を聞かせてもらっていた。
そしてその功労者、もといアーガベラのもとで働かせてもらっている異頭族の、マナを専門にした職員が目の前にいる彼だ。
「ぼ、僕の得意分野ですから、これくらいのこと、当然ですよ……!」
黄色の体に四角い頭、その両側面には大きな獣の耳を生やしている異頭族の男だ。消極的で弱腰そうな彼だが、マナに対する熱心さは伺える。
ただ、彼に初めて会ったはず咲夜歌は、その姿に心躍らせつつも、どこか、見覚えのあるような顔に困惑した。なんとかそれを隠して挨拶をする。
「こんにちは、咲夜歌です!」
「あ~~~……えっと、え、ど、どうも、こ、こんにちは!その、社長から常々お話を聞いてます……僕はオリヴィオと申します……!い、以後お見知りおきを……!」
「オリヴィオさん……」
やはり、どこかで聞いたことがあるような気がする。しかしそれが何なのかが全く分からない。思い出せそうで思い出せないもどかしさに悲しみを覚えつつ、彼から握手を求められた咲夜歌。快く応えることにした。
彼の太ましい黄色の手がサヤカの細い手を握る。今日初めて会った人外に触られるという事実にひどく興奮しつつも、それをなんとか心の奥にしまい込み、平常心で笑顔を浮かべた。
すると、オリヴィオが眼鏡の奥の緑色の目を輝かせ、サヤカの群青色の目を見据える。
「あ、あの、サヤカさん、カレーが得意料理なんですよね……!今度リンゴカレー食べさせてくださいね……!レストラン行きますので……!」
「はい!ぜひっ!待ってます!」
お互いの挨拶もそこそこに、アーガベラはオリヴィオに現在の状況を聞く。今の彼の仕事は、ここにある大量のリンゴを、一個一個観察し、しっかりとマナの影響を受けて保存されているか確認する作業を行っている。
「オリヴィオ君、今日もありがとう。どのリンゴも支障はないわね?」
「ど、どれも問題ありませんよ……!」
「一応聞いておくけど、つまみ食いはしてないわよね?」
「だ、大丈夫です!確かに美味しそうですけど、絶対食べてないですから……」
お世辞にも細いとは言えない彼。前科があるのか、あるいはアーガベラが用心しすぎているのか、はたまた単なる冗談か。いずれにせよ、彼女のリンゴに対する熱意はオリヴィオのマナ研究と同等かそれ以上なのが伺える。
サヤカはその場面を微笑みながら横目に見て、リンゴに近づく。ガラス越しの保冷庫の中にある赤い果実は、見てるだけでもみずみずしくて美味しそうだ。
「その、オリヴィオさん。マナでリンゴを新鮮に保つって言ってましたよね。具体的にどうやってるんですか?」
「あ、えっと、ですね……。一応企業秘密ってことになってるんですけど……超簡単に説明すると……ですね……」
オリヴィオが言っていいかとアーガベラを一瞥した。超簡単ならいいわよ、と頷いたのを確認すると、説明を続ける。
「ほ、保冷庫全体に、リンゴを新鮮に保つための情報を書き込んだマナを、中で充満させてるんです……!そ、その情報っていうのが企業秘密なので、言えないのはご了承くださいね……!」
「へ~……情報を書き込む……」
それを聞いて、マナというものは色々応用が利くすごいものなのだな、と感心するサヤカ。マナ届声機や高度な鍵にもマナの情報が書き込まれているのだ。それに加えて、魔法のように扱うこともできる。火を灯したり、電気をつけたり、あるいは物を浮遊させたり。今のはあくまで一例で、サヤカの想像しえないようなマナの魔法もあるかもしれない。
知れば知るほど、マナ自体にものすごく可能性を感じざるを得ない。サヤカは興味がわいて、色々質問しようと体をリンゴからオリヴィオに向き直る。
「あの、私自身、マナの事とかよく知らなくて、色々教えてもらってもいいですか?」
「も、もちろん、僕でよければ……!その、マナって日常生活では便利な代物ですけど、まだまだよくわからないことだらけなんですよ……!生物がマナを駆使するときは魔法に、もう一つは、機械を動かすためのエネルギーにもなるんです……!面白いですよね……?」
好きな分野を語るときは饒舌になる研究者気質の彼。サヤカはうんうんとなんとか理解して、その説明の続きを聞く。
「特に突出して不思議なのは、マナ自体に情報を書き込むことができることなんですよ……!身近なところで言うなら、照明とスイッチの関係ですね……!スイッチをオフにすると照明が消える、そういった情報をマナに書き込んでスイッチに付与してあげれば、照明に繋がったマナ線を通して情報が同期されて照明も消える、ということが出来ます……!
マナへの書き込みって、機械族に書き込ませるか専用の機械を用いらないとなかなか難しいんですよね……!でも例外的に、自分で言うのも恥ずかしいんですけど、僕みたいにマナに対する造詣が深い人なら機械を使わなくても情報を書き込めることもあるんですよ……!さすがに精度は機械よりは劣っちゃうんですけどね……!」
「ちょっとオリヴィオ君、喋りすぎ。サヤカが頭のパンクを起こして反応しなくなってるわ」
「あ、あ、あ、あれ、ご、ごめんなさい……!そ、そんなつもりじゃ……!」
サヤカのことなど眼中になくなってしまうほど、情熱的に喋りすぎてしまった。おどおどして反省の色を見せつつ難しい顔して反応しなくなっているサヤカを心配する。
「だ、大丈夫ですか……?」
「あ……ええ、ちょっと、ごめんなさい。全然わかんなかったわ……頭が足りなくて……ちょっと時間が必要かも」
「心配しなくていいわ、サヤカ。マナの事なんて知らないのが当然だし私も全然わからなかったから。一度時間を置けば、ゆっくり理解していくわよ。……レベルシティとかで引く手あまたなオリヴィオ君がここに来てくれたのは、私の人生の中で一番の幸運ね」
「え、えへ、そ、そうですかね……!」
アーガベラの率直の感謝に黄色い頬を赤くして恥ずかしそうに照れるオリヴィオ。その様子はサヤカは見ていなかった。なぜなら、先ほどの長い話を少し噛み砕けて理解できた気がしたからだった。
「あ、じゃああれね。私が住んでいる家ではスイッチは無くて、直接魔法で電気をつけたり消したりしてるわ。あれとどう違うの?」
「ああ、ええと、良い質問です……!」
再び目を輝かせて意気揚々と説明を始める。また長くなるだろう。
「あれは自身で消すかその他の方法で消すかで大きく分かれます……!その他はさっき言った通りマナに情報を書き込んでスイッチを押すことなのですけど、それが自分自身だとかなり変わってきますよ……!
自身が扱うマナの魔法というのは、いろいろな仮説がありますけど、有力なものとして主に想像力から魔法が発現していると言われているんですよね……!電気をつけろ、ってなると電気がつくじゃないですか……!それが頭に書き起こされた情報となって、マナを媒介にして想像通りの発現が起こるんです……!専門用語では『想像的発現』と言われています……!それが魔法と言われている所以ですね……!
ただ、想像にも発現にも限界があるみたいですから、一概に何でもできるというわけではないということには注意してください……!種族や才能、知識、技術など様々な要因によって異なってきますが、魔法を十分に扱えるかどうかは、その人の想像力が一番の鍵のようですからね……!研究が進んでマナに対する理解が深まったり、思考の発達によって想像力をより膨らませられるようになったら、本当に何でもできてしまう日もくるかもしれないです……!それが──」
「わ、わかったわ。多分、わかった。ありがとう」
一の質問をすれば十の答えが返ってくる彼の豊富なマナの知識さ。理解できるかどうかはともかく、話を打ち切らなければ小一時間は話し続けていそうだと恐怖したサヤカは、理解したふりをしてなんとか話を止めた。
「また今度色々教えてもらうわね。とりあえず今日はここまでってことで!」
「あ、は、はい……!では、リンゴカレーを食べさせてもらう時にでも、またお話ししましょう……!」
「楽しそうで何より。オリヴィオ君、また作業に戻ってもらってもいい?私はサヤカにここの見学をしてもらってから、取引に行かなきゃいけないから」
「わ、わかりました……!お任せください……!」
オリヴィオが笑顔で応える。頷くアーガベラは、サヤカを連れて保管庫を案内し始めた。
それから、ここのこと、農園のこと、あるいはレストランの事、色々な話を聞いた日に。サヤカにとっていつもの日常に、様々な知識を吸収した新鮮さがプラスされた一日になった。




