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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第二章 ──誘拐事件、交錯する運命──
30/50

30- 道半ばの想い

 

「治安維持団の人たちが全く事件を解決してくれないの!お願いだから、早く見つけてちょうだい……」


 ある昼頃。レベルシティから北方面にあるリバング街にて。街の入り口で待ち合わせ、喫茶店で軽い世間話とランチ。それを経て、白穏(はくおん)族であるレイヴリンに依頼を懇願される。探偵のツェルがコーヒーを飲み干す。


 彼女の白い両手が力強く握られる様子を冷静に見つつ、ツェルはシルクハットを深く被りなおして依頼内容の確認に移った。


「誘拐事件のあった家で誘拐犯の痕跡を探してほしい、とのご依頼でしたね。……私にご依頼をくれた時にも申し上げましたが、既に治安維持団が調査した後での調査となりますので、決定的な証拠があるとは限りませんし、私の力だけで誘拐犯の特定に至れるかも計り知れません。それでも構いませんか?」


 涙目で心の内を訴えるレイヴリン。


「いいんです、それでも……。ハコンがどこに行ったか……少し、ほんの少しだけでも何かあればそれでいいんです!それにもう、治安維持団のやつらなんて信用なりませんもの!誘拐事件の担当って言ってたあの巨態(きょたい)族……!誘拐犯を捕まえられずのうのうと今も事を起こされてるっていうのに、あの人は……!」


「……手がかりを得られるよう善処致しましょう」


 誘拐された人がどこに行ったかを知るということは、おのずと誘拐事件の解決に繋がるというもの。約一年前から続く事件が、一人の探偵で解決するわけがない。とはいえ、真摯に対応するツェル。レイヴリンが力なく頷くと、懐から地図と鍵を取り出した。彼に手渡す。


「被害者の……私たちの家です。終わったら、近くのここの家に来てください。……やっと医者になったのに……」


「心中お察しします。……早速、向かわせていただきますね」


「あと一個、あるんですけど……」


 鍵を懐に入れたツェルに、芯を感じさせつつも悲しい声色で彼女が一言。


「私とハコンが写った写真が居間にあると思うんですけど、それも持ってきてくれますよね……?」


「依頼文に記載されてありましたね。勿論です。お任せください」



 *



 治安維持団の隊員たちが街の巡回をしている。それを横目に見つつ、正確な地図を頼りに訪れた被害者宅の家。リバング街は主に白く塗装されている家が多い。目の前の二階建てである立派な家もそうだった。一礼すると、鍵を開けて中へ。


 清潔感のある家だ。日差しが差し込んで、今にも向こうの廊下の角から誰かが歩いてきそうな雰囲気。


 ここで発生した誘拐事件から半年。依頼してくれた彼女が言うには、事件以降一度も現場であるこの家に来ていないとのこと。それにしては綺麗で、埃がたまっているという点だけを除けば、今も人が住んでいてもおかしくない様相だ。


「時が止まっていますね」


 まずは早速一階から調べてみることに。まずはリビングから。調査をするが、至って普通だ。荒れた形跡がないことから、誘拐された現場はここではないことはわかる。となれば、おのずと誘拐犯の痕跡は必然的に少ない。


 入念に調査をしていた時、廊下の壁に掛けられた棚に置かれた写真立てを目にする。近づいて手に取ると、ハコンと依頼者のレイヴリンが仲睦まじく顔を寄せ合った写真であった。埃被っている。マナ機械で現像して写し出したそれを拭って、綺麗にした。


 白穏(はくおん)族。影族とは正反対な白い体を持ち、貴重な治療魔法を元来から扱えやすくなる素質を持つ種族。影族とほとんど同等のマナの保有量であることも、医者向きの要因の一つ。とはいえ、それでも医者になれる人は多くない。


「彼女は医者だと仰っていましたね。……犯人はそれを知っていて誘拐したのでしょうか」


 この依頼を滞りなく遂行するにあたって、すべての誘拐事件の概要を広く浅く調べていたツェル。誘拐事件の被害者は、マナを保有する量が多い種族に限られていたことを加味すると、白穏族や球形族、異頭族が主な住人であるリバング街はまさに誘拐犯の餌場といえる。


 写真立ての足を折ってウェストポーチにしまいこむ。次に、トイレ、廊下、突き当たりの窓まで詳しく見て回ったが、誘拐犯が残したそれらしい痕跡は一切見当たらなかった。


 次は二階。部屋数は少なめ。寝室と書斎のみだ。先に書斎から調査したが、目ぼしいものはない。本棚からは各種族の生物学や解剖学など、医療関係の知識が乗っている本がずらりと並んでいるだけだった。残るは寝室のみ。


 調査を始めるが、何もない。何もなさすぎる。皺の寄ったベッド。服が整えられているクローゼットに、小物が整えられている棚。痕跡がどこにもない。抱えていた違和感が確信に変わっていく感覚がした。


「……おかしいですね。もし、誘拐されたとあれば、抵抗の跡があってもおかしくはないはず。犯人は友人の線も……?いえ、連続誘拐事件の犯人であれば、交友関係が広すぎて現実的ではないですね」


 色々考えてみるが、そのどれもが雲をつかむような非現実的な考察。依頼者のレイヴリンが言うには、現場は事件発生から変わっていないらしい。分かりやすい証拠は治安維持団が持っていったとはいえ、争いの痕跡がないことは説明がつかない。


 二階の窓から連れ出したのかとも思いつつ、念のため確認してみる。が、内側からマナの鍵をかける窓であると理解する。であれば、ここから中に入ることは不可能だ。仮にそこから入るのであれば、それこそ窓が割れているなどの痕跡があってもいい。しかし、どこにも無い。


「……証拠を持っているだろう治安維持団は、その分捜査が進んでいると思って間違いないでしょう。しかし……」


 やはり、どうしても納得が出来ない。その分捜査が進んでいるというのなら、なぜ未だに誘拐犯を捕まえられないのだろう。証拠から導き出される結論や考察が、向こうには山ほどあるだろうに。溜息を吐いてしまう。


「考えても仕方ありません。詳しく調べても何もありませんでしたし、依頼者にはそう報告するしかありませんね……」


 探偵として、どんな依頼でも良い結果を出してきたツェルだが、今回ばかりはどうにもならなかった。相手が悪かったとしか言いようがないだろう。手口の一切分からない誘拐犯。


 そもそも、事件として報告されていない、行方不明とされてしまっている誘拐事件もきっとある。今回は、骨族らしき種族が家に入っていったという目撃情報があったとして誘拐事件だと断定されていた。一体どれだけの被害者がいるのだろうか。


 一階まで戻り、時が止まった居間を見回しつつ玄関の扉を開けた。涼しい日差しが、探偵を差す。


「いい天気だよね~。影族さん」


 不意に声をかけられたツェル。隣からだった。目を向けると、壁に背を預けて、白い瞳でツェルを睨む風の元素族、治安維持団の第二隊長がいた。


「おや、こんにちは。巡回中でしょうか」


「そうだね~。ただ、隊員から連絡があってさ。誰もいない家に入っていったっていう不届き者がいたってことでね~」


 好青年のような若々しい声に、飄々とした言葉に含まれている、確かな正義感。余裕たっぷりに歩き出してツェルの前に立ち塞がった。ツェルよりも身長が高い細身の彼。赤いフードの下、マナの風魔法でできた実態を持たない若葉色のその顔は、口角を上げていく。


「現場の住居侵入、規則違反だよ。犯罪者さん」


 相手を見下し威圧する彼。動じないツェル。


「いいえ。違います。許可を貰って家に入らせてもらいました」


 毅然とした態度で対応。だが聞く耳を持たない彼は、辺りに風魔法を起こす。


「家主にかい?それとも僕ら治安維持団に?どうやって許可を取ったと?」


「私は探偵です。依頼主から──」


「探偵なら何をしてもいいって??」


 次第に風の障壁を作り出し、逃げられないように強化される。しかしながら、はじめから逃げるつもりのないツェルは、静かに激昂する彼を冷静に対処する。


「まずは話を最後まで聞いてください」


「……じゃあ言ってみなよ。言い訳」


「まず、私は探偵です。この街に住んでいるレイヴリンという白穏族からの依頼で、かつてこの家で起きた誘拐事件の解決を頼まれました。その際……」


 ツェルは、懐にしまってあった被害者の家の鍵をおもむろに取り出す。なんとなく、ハートが描かれている面を彼に見えるようにして。


「この家の鍵を貰いました。家主でなければ、鍵を持っていませんからね。確認を取ってもらっても構いませんよ。レイヴリン、という方です」


「……」


 彼はツェルを睨んだまま、腰にあった機械を取り出す。治安維持団専用の、小型のマナ届声(かいせい)機だ。


「レイノルズだ。ヘリス、応答を」


『……はっ。お呼びでしょうか』


「レイヴリンという白穏族を探して、今日探偵に家の鍵を渡したかどうか確認してくれ。終えたら僕の所にも連れて来るように。場所は知ってるよね?」


『……もちろんです。了解しました』


「……これで嘘だったらさらに罪が増えるよ。オジサン」


「そうですね。しかし本当ですので」


 手を後ろで組んで何もしない意図を伝える。依然として逃げられないよう障壁を作り続けているレイノルズが、ツェルに質問する。


「探偵って言ったね~。ここらじゃ見ないから……レベルシティからかい?」


「その通りです。ツェルと申します」


「ふうん……」


 名前を明かしお辞儀をして警戒心を解こうにも、全く信用されない探偵。流石は隊長と言うべきか、相手の心の壁は堅牢だった。


「誘拐事件の解決とも言ってたね。そこらの探偵に解決できるとでも?」


「いいえ。治安維持団ですら手こずる相手ですからね。小さな痕跡があれば良い方だと思ってはいましたよ」


「だろうね~。君には無理だよ」


「お言葉ですが……」


 ツェルは隊長を真っすぐ見つめて、常日頃から思っていた誘拐事件と治安維持団について語る。


「そこらの探偵に事件の解決を依頼されることについて、もっと危機感を覚えた方が良いでしょう。一年ほど前から発生している誘拐事件やそれに関連しているだろう行方不明事件、未だ解決されていないのは、甚だ疑問に思います。それについて、どうお考えでしょう」


「はあ?……今、どういう立場か分かってる?住居侵入はしてないかもったってさ、現場保存された場所を許可なく立ち入った犯罪者ではあるわけ。正義振りかざして悪いけど、答える義理も義務も無いね」


 ツェルはため息を吐く。


「もう半年ほど前に既に調査し終えたのでしょう?それが(まか)り通るのであれば、同じく半年ほど前に誘拐事件が発生したのホワイトガーデンの喫茶店も、現場保存のために封鎖などされていなければなりませんよ?」


「知らないよ。ホワイトガーデンなんて管轄じゃないし、この街の人たちには事件現場に立ち入らないようにって通告してある。ここの街の管轄は僕。僕が事件の指示をしてる。部外者からの文句は一切許さないよ」


 理屈っぽく返しつつも横暴な振る舞いの第二隊長。話したことのある、元第四隊長のあの人柄の良さと器の広さとは全くの別だと、ツェルは、目の前の彼に少し落胆した。なおも彼は、飄々として言葉を続ける。


「ったく、いいかい?僕は、誘拐事件という悪を解決したいという意志を誰よりも持ってる。管轄内で事件の発生が確認されれば、即座に担当の上級隊員を呼んで街ごとを封鎖させる。そこから、一人ひとり、余すことなく、被害者の交友関係や誘拐犯の目撃証言を集めたりして迅速に対応してるのさ。


 その後の現場保存も、誘拐事件、行方不明事件の件数が多いリバング街に限って、現場保存の半永久的封鎖を制定してる。君は見事、そこに首を突っ込んだってこと。……理解してくれた?」


「なるほど。そういうことであれば、知らなかった私の落ち度ですね。その制定を知らずに立ち入ってしまいました。申し訳ありませんでした」


 主にレベルシティ周辺で活動しているツェル。とはいえ今回のように、例外的にそこ以外の依頼を受けることは珍しくない。ツェルはその規則を知っていたが、それをひた隠すように詫び、胸に手を置いて謝罪する姿勢を見せた。


「ふん。まあいいさ。こっちもホワイトガーデンの方針なんて知らなかったわけだし。素直に謝った分、刑は少し軽くしてやってもいい」


 もちろん彼はそれを知らない。嘘とは思われず、逆に好印象を与えた。警戒心の高さから考えて、彼には常に下手に出ることが重要のように思えた。


 牽制でお互い睨みあう中、彼が先ほど連絡した隊員が、ツェルの依頼主であるレイヴリンを連れてやってきた。隊長は風の障壁を消して近寄ることを許す。


 ツェルは、彼女の、表面上では鳴りを潜めているが、その瞳には怒りが見え隠れしていることを見抜いた。


「隊長、連れてきました。この人が言うには、確かに探偵に家の鍵を渡したのだと」


 機械族の隊員である彼が隊長に報告した。レイノルズはツェルに、見ているよ、と視線で暗に言葉を送ると、笑顔になってレイヴリンへ体を向けて身をかがめる。


「こんにちは、親愛なる民、レイヴリンさん。少しばかりお聞きしたいことがあるんだ。彼、ツェルという探偵に誘拐事件の解決の依頼をしたのは君だね?」


「そうよ」


 淡々と返す彼女に、レイノルズはうんうんと頷いた。彼女の気持ちに寄り添うように語りかける。


「そうかそうか。君の気持ちはわかるさ。早く事件を解決させて誘拐犯を懲らしめたいのだろう?でも、リバング街に住んでいない別の人を、保存されている現場に入るよう依頼するのはいただけないよ。警備、巡回を増やして、僕も全力を尽くして事に当たっているから、どうか待っていてくれないかな?」


「……なら」


 俯いたレイヴリンは隊長の襟を掴もうと勢いよく腕を伸ばす。が、腰を曲げていた彼が驚異的な反射で腰を上げて避け、空を切った白い腕。垂れ下がるも片手を胸に置く。見上げるその視線には怒りが溢れていた。


「早くハコンを連れ戻してよ!!生きてるかどうかも分からないのに、そんな気持ちを抱えたまま待つのも限界なの!!!……ハコンが帰ってきてくれるだけでいい……!!ねえ!!早く解決して!連れ戻して!!!探偵に突っかかってる場合じゃないでしょ……!!!」


 怒りから次第に涙が溢れ、彼を突き刺す言葉は悲哀を帯び始める。


「来年で三十年!!三十年になるはずだったの……!この街で一緒に育って、永遠を誓い合ってから三十年になるはずだったの……!なのに……そんな大事な時に……ハコンは誘拐されて、大した証拠がないのに誘拐犯の手先だって疑われて監禁されて……。挙句の果てに、一緒に住んでた家が現場保存で入れない???私の気持ちなんて、あなたには一生分からないでしょ!!」


 レイヴリンからの必死の訴えに、言葉通り顔が無くなって、完全に言葉を返せなくなって固まる隊長。ぴたりと風が止む。彼女は自身の溢れる涙をハンカチで拭いて再び睨むと、最後に一喝。


「人にも寄り添えない、凶悪事件も解決できない!あなたが隊長である意味なんてどこにもないのよ!!!」


「隊長を侮辱するんじゃない!」


 彼女の隣にいた隊員のヘリスが腕を掴んで咎めるも、勢いに任せて振りほどく。


「ならあなたが隊長になればいい!!侮辱を許さないなら、侮辱されない隊長になってみなさいよ!!」


 感情を振りかざし、いよいよ歯止めがきかなくなってきた様子を見て、ツェルが動き出す。


「レイヴリンさん。……もういいでしょう」


 我に返りつつも怒りは忘れず、横目で彼らを睨んでツェルの前に出る。


「……すみませんツェルさん。行きましょ。言いたいことは全部言ったから……」


「…………」


 俯いて動かない隊長と、何か思うことがあるのか、何もせず頭だけを動かして隊長とツェルらを交互に見やる隊員。その場を去っていくレイヴリンに追いかけるため、静かに一礼して彼女の後を足早に追っていった。



 *



「……第二隊長」


 周りの住民らに白い目で見られていることに堪らなくなったヘリスが声をかけるが、レイノルズは先ほどレイヴリンから言われた言葉が反芻して止まなかった。


 隊長である意味。


 やれることはすべてやってきたつもりだった。隊長になってからというもの、犯人を捕まえるためだけに練習していた魔法の扱いも止めた。管轄で起きた事件全体の指示という統率力、事件の危険度を瞬時に見極めて人員を動かす判断力。親から譲り受けた席での事件科隊長として、苦手な頭をフル回転させてこなしてきたことすべてが、あの言葉で揺らいでしまっていた。


 幼少期の頃に沸き上がった憎悪と執念だけでは、隊長の器に届くことは無いのだと。記憶の中から、森の焼ける音。木の燃える臭い。飛散するマナ。勢いづく炎に、家と、家族らが。


 止んだ風が再び吹かれる。ゆっくりと。


「…………ヘリス。僕の部下の各上級隊員に伝えてくれ。今日はもう休む。頭を、冷やしたいから」



 *



 レイヴリンに連れられてやってきた家。ツェルは招かれてテーブルの椅子に腰かけるよう促された。


「……見苦しいところを見せちゃいましたね」


「いえ。問題ありませんよ。誘拐事件の残された被害者として、伝えるべきことを伝えただけでしょう」


「……そう、ですね」


 言いたいことが言えて、少し晴れやかな顔ではいるものの、どうしても愁いは晴れない様子の彼女。そんなレイヴリンを気遣いつつ、今回の依頼についての報告をするツェル。


「それで、依頼についてなのですが。あまり良い結果とはなりませんでした。誘拐犯の痕跡を探してほしいとの内容でしたが、残念ながら見つかりませんでした。何かしら、目に見える形の証拠は治安維持団が持って行ったでしょうから、本当に何も。……ご希望に沿えず、申し訳ありませんでした」


「いえ。いいの。……正直なところ、本命はそれじゃないから。……写真、持ってきましたか?」


「……ええ。こちらに」


 ウェストポーチから、あの家の居間に飾ってあった写真を取り出した。ハコンとレイヴリンが仲睦まじく写った写真。


「これでしょうか」


「あぁ……そうです。ありがとうございます。これが……欲しかったんです」


 写真を手渡した。写真に写っている彼を、愛おしそうに一瞥し、反省した目でツェルに顔を向き直る。


「私があの家に入ろうとすると、必ずどこからか隊員が現れるんです。どれだけ説明しても、現場保存だって言って入らせてくれなくて……。ごめんなさい。騙してしまって……」


「監視していたのでしょうか……犯人がいつか戻ってくると思って……?いずれにせよ、レイヴリンさん。謝る必要はありません。確かに、ややこしい状況には陥ってしまいましたが……お互い様です」


「……すみません、ありがとうございます」


 感謝を示すようにお辞儀をしたレイヴリン。続いて、近くのサイドテーブルの引き出しから袋を取り出すと、それをツェルの目の前に丁寧に置いた。


「依頼料です」


「いえ、結構です」


「えっ」


 ツェルはその袋を押し返す。ジャラリと硬貨の音が聞こえた。


「今回の依頼は家にある誘拐犯の痕跡の収集です。しかし、ご期待に沿えない結果となりましたので、依頼料は無し、ということにさせてもらいます」


「……そうですか。では……」


 レイヴリンは視線をツェルから少し外し、控えめに、いたずらっぽく微笑む。


「依頼の時に現場保存の事を言わなかったことと、それによって余計な状況が生まれてしまった迷惑料。そして、写真を持ってきてくれたことの謝礼金として受け取ってください」


「いえ、ですから──」


 彼女はツェルに目を合わせる。


「『依頼料』は無し、ですもんね?」


「おや……揚げ足を取られましたか」


 予想外の展開に笑みがこぼれてしまったツェル。つられて、彼女も笑った。


 誘拐事件は、様々な人たちに暗く重い影を落とす。いち探偵ではどうにもできない事柄かもしれないが、一刻も早く事件解決をと、ツェルは心の中で望んだ。


「……ああ、そうでした。レイヴリンさん。私の友達にマルキスという画家がいます。もし、家に彩りが欲しいと思った時に、こちらの番号に届声(かいせい)してみてください。夜以外なら出てくれると思いますから」


「あら……ありがとう」


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