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特異点から告ぐ  作者: 宵山
序章 ──流れ着いた先の理想郷──
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3- 新しい現実

 

 朝。暖炉の火は消え、外光がリビングを明るくしてくれた頃に、咲夜歌(さやか)は目を覚ました。自身の白い髪を掻き分けておぼろげに天井を見る。それは、昨日見た木目のある天井。昨日の出来事は夢ではなく本当だったと、不安をかき消す光景だった。


「わ……本当に……!!」


 ようやく、自身の状況を理解した。夢でもなんでもなく、異世界に転移したのだと確信を得た。笑顔が自然とこぼれ、ソファから降りる。夜とは打って変わって騒々しい外の銀世界を窓から見やる。

 木造の家々、雪の降り積もったこの街には、獣人族や機械族、その他咲夜歌には見慣れない種族が歩いている。


「獣人でしょ~~~、しかも機械人みたいなのもいる……!!丸いのと四角いのもいる……??どれもかぁわいい~~~~~……!!」


 そして、遠景で見える景色には、夜には見えなかった数々の浮島やそびえ立つ巨大な一本の樹木、蒸気の吹き出す塔とその近くのスチームパンク的背の高い建物が見える。中には、咲夜歌が向こうの世界で見慣れたような、遊園地の観覧車ようなものや飛行船が遠めに見えた。まるで、ファンタジーの世界をベースに、咲夜歌の住む現実の世界を織り交ぜたかのような様相だ。


「浮いてる島……行ってみたいな~~~……!!」


 この魅力あふれるファンタジー。すっかり虜になった咲夜歌は、この世界の冒険を夢見て興奮する。しかし、やらなければならないことは多い。数えきれないほど。



 *



 しばらくして犬獣人のグラスは起きてきた。階段を下りて、朝ごはん、と眠そうに呟いている。台所へと向かう彼の視線に、白髪がまだ乾ききっていない女子高生がいた。シンクでコップを洗っている、咲夜歌だった。


「わ!びっくりした……!サヤカ、だったっけ?」


「おはようグラスちゃん!!さっきシャワーを浴びたの!勝手に使ってごめんなさいね」


「ううん!大丈夫!」


 冷蔵庫を開けるグラス。朝食を作るらしい。丁度洗い終わった咲夜歌は、手を拭きながらグラスに近づいた。


「朝ごはんを作るの?」


「うん!あと、イミラの昼食の分もね!」


「え!お弁当ってこと!!」


 そうだよ、と朝の眠気から完全に覚醒したらしい元気な声で答える。


 完ッ全に主夫じゃ~~~~~ん、と、なんとか口には出さずに咲夜歌が思う。


「へ~~~~~~……ねね、私もなんか一品作ってもいい?簡単なやつ!!」


「いいよ!冷蔵庫にあるものならなんでも!」


「は~い!」


 グラスと入れ替わる形で、冷蔵庫の中身を確認する。箱の右下周辺に冷気を放つ筒状のものが置いてある。これが冷蔵の役割を担っているのだろう。

 食材は、肉に野菜、魚、卵まで、大体は揃っているようだ。朝食で、一般的な料理にしてみようと思いつく。いくつかの食材を取り出して微笑む。姉として、家族のために母と一緒に調理していた時を思い出した。少し、元の世界が恋しくなった咲夜歌。今は一人。今までの経験を糧に、グラスと共に台所に立った。



 *



「……お前、まだいたのか」


 階段を下りてきてた兎獣人、イミラが生き生きした咲夜歌を見て呆れる。一方、テーブルに盛られた朝食を前に座っている咲夜歌は、得意げな表情で両腕を広げた。


「おはようイミラちゃん!!私とグラスちゃんで朝ごはん作りました~~~~!召し上がれ~~!」


「召し上がれ!」


「ちゃんをつけんな人間が。ったく」


 調子に乗っている人間に睨みながら椅子に座る。ため息を吐いてから、目の前にある朝食を見た。


 ベーコンエッグにウインナー、じゃがいも、レタスに人参の付け合わせ。もう一品は、厚焼き卵に大根おろしを乗せて醤油をかけたもの。


「今日は卵が多いな」


「でしょう!ちょっと多いけど、自信作だから!私は卵焼きよ~~!認めてくれたら私を家政婦にしてくれてもいいんだから!」


「それが目的か?ここに住みたいがためにわざわざ料理を作ったのか」


 図星だった。転移してきたのだから家が無いのは当たり前である。どうにかして住まわせてもらいたいと思ったとき、自分の存在意義を示さないといけない。料理はその一つだった。


「……まあ、家政婦じゃなくても、住まわせてもらえればそれでいいの!家事は大体できるから!」


「グラスで間に合ってる」


 イミラが厚焼き卵を半分に割って一口。すでに一口食べていたグラスは咲夜歌を一瞥してイミラに向き直した。


「ボクとしては負担が半分だからありがとうって思うけどな!料理も美味しいし!」


「その分使うお金も増えるだろ。……まあ、卵焼きは悪くないが」


「でしょ~~!ね!お願い!家がないから!基本的なことはするから!!」


 手を合わせて必死にお願いをする咲夜歌。対してイミラは冷静に、一つだけ卵焼きを食べきると、目を閉じて考え込む。その束の間、続けて卵焼きに手をつける。


「……勝手にすればいい。なんやかんや言ったが、人のこと言えないしな」


「……や、やった~~~~!!ありがとう!イミラちゃん!!!」


「ちゃん付けだけはやめろ」


 瞳に星を宿したように両拳を上げて喜ぶ咲夜歌に、空気が切れるかのように再び睨みつける。赤い目が嫌悪に満ちて口調も荒くなるが、それでも咲夜歌の定住を許す意見を覆すことはないようだった。



 *



 イミラは静かに、咲夜歌とグラスは楽しく会話を咲かせて朝食を終わらせた。


「はい!今日はサンドイッチだよ!」


「ん、ありがとう」


「あら、お弁当ね!」


 淡いピンクのパーカーの上から茶色の上着を着た後、紙袋に包んだサンドイッチをもらったイミラ。スニーカーを履くところを咲夜歌も同じように革靴を履く。


「お仕事よね??私も着いて行ってもいいかしら???」


「来るなって言っても、どうせついてくるんだろ?」


「ご明察~~~!私の事わかってきたみたいね?」


「お前みたいなバカを相手にしたことがあるからな」


 は”、と咲夜歌の表情が固まる。バカと言われたことに心底驚いたようだ。ゆっくりと、次第に口角が上がる。


(こういうのもイイかも……!!!)


 恍惚と言わんばかりの顔だ。両手を両頬に当てて照れるような仕草をしながら、外に出ようとする口悪兎に着いていこうとする。


「じゃ、グラス。行ってくる」


「私も行ってくるわ~~~!!」


「二人ともいってらっしゃい!」


 デコボコの二人にグラスは、いつもより嬉しそうに尻尾を振る。賑やかなのが好きなのだろう。これから起こるであろうバタバタしてうるさい日常を思って、二人の様子を笑顔で見送った。


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