27- 運命を模した象徴
運命を再現した料理を作ってくると言って店内の奥へと消えていったオーナーのイロヴィチに促されて、月明かりに照らされているテラスの大きめな白いテーブル席に、一同座った。犬のグラスと兎のマルキスが隣同士に、サヤカはテーブルを介して二人の前の席に向き合う形に座る。
サヤカはテーブル越しの目の前のグラスが、楽しそうに尻尾を振って待っているのを慎ましく見守っている。その様子に笑みがこぼれて、思わず聞いてみることに。
「とても楽しみに待っているのね」
「そりゃあ!レストランはこういう時間もぜーんぶ楽しいからね!」
テラス席という雰囲気も相まって、グラスの期待度は最高潮へと達しているようだ。両腕で頬杖をして待つ姿に、犬らしさを感じたサヤカ。犬の獣人族だからもちろんそうなのであるが。
そんな彼を見つつ、二人に問いかけるサヤカ。前々から思っていたことだった。
「ねえ。実は気になってたことがあって。影族に特質があるっていうのはマルキスから聞いてたけどさ……他の種族に、影族みたいな特質ってあったりするの?そういうところまでは深く聞いてなかった気がして」
「いいや、無い。特質っていう括りなら影族だけの特徴だ。ただ……この魔法は、この種族が扱いやすいっていうのはある」
「……っていうと?」
種族やマナに関してはマルキスの方が知識がある。そのため、グラスも気になってその言葉を追うことに。腕を組んで考えながら、マルキスは説明する。
「代表的なところで言えば、鳥人族や巨態族、球形族の飛行魔法。……あとはあれだ。白穏族の治療魔法だな。あれは、ほとんどの場合白穏族にしか扱えないことがある。元来から扱えやすいようになっているんだと」
「あ~!白穏族……へ~!治療魔法って怪我を治してくれる、みたいな魔法かしら?魔法が得意なマルキスですら習得できないの?」
「やめろよ。得意ではねえ。獣人の中では扱えてるって程度だ。……それに」
グラスがうんうんと興味深そうに話を聞いている最中、仏頂面の彼が、サヤカに向けていつもよりやや厳しい口調で話す。
「言っただろ。白穏族だけがほとんど扱えるって。他種族でも、マナの才能で溢れたやつとか、医療関係に知識欲のあるやつは習得できたりするかもしれないが、ほとんどの場合、他の種族には扱えない。っていうか、難しすぎて扱おうとしない。統計学的に白穏が突出して使えているってものだと思ってくれ」
「そうなのね……なんだか特別ですごい!……治療魔法っていうのがあるなら、一生無病息災ね」
「……すぐに怪我や病気が治るものだと思ってるのか?治療魔法はそんな大層なものじゃない」
「え??」
サヤカの思う治療魔法というものは、どうやらこの世界では違うらしい。主に弟や友達から聞いたり見たりしたものの影響で、発動すれば勝手に治るものだと思っていた。それとは違うという認識を、何やら苛ついているマルキスが話してくれた。
「聞きかじった話だから相違があるかもしれないが……怪我の状態を詳しく診ないと、ろくに治療は出来ないし、病気の場合は、それがどんな病気なのかを判断するための知識を必要とするとさ。間違った治療魔法じゃいつまで経っても治らないんだと」
「あらら、そうなの。……案外難しいわね、魔法って……」
「お前がいつも使ってる浮遊や消灯とはわけが違って、主に人体に関するものだからな。知識と技術あっての魔法と想像ってことだ」
マルキスが話し終えた直後、レストランの店員である男性の影族が飲料の配膳に来てくれた。各々の前に飲み物が置かれる。マルキスにはホットミルク。グラスにはレモン水。そしてサヤカにはホットココア。
これも運命の再現の一つか、と思えば、配膳に来た影族の特質によってサヤカたち一同の好みに合った飲料を、食前に合わせて配ってくれたらしい。サヤカが、配膳してくれた男の影族に聞いた。人の好きな飲み物がわかる特質。限られた場面でしか使えないだろうが、その一つがまさにここだ。天職といえるだろう。三人は彼に一礼して、去っていく背中を見送る。次に、サヤカはマルキスに礼を言う。
「マルキス。ありがとう、種族のこと聞かせてくれて。また疑問が湧いたらよろしくね?」
「俺はお前の都合のいい案内人じゃねえぞ」
「でも教えてくれるじゃない。こっちから返せるものはそんなに無いけど……隣にいて話を聞くことくらいはできるから!いつでも!」
「…………」
何も返さずにミルクを飲むマルキス。照れ隠しか、あるいはうるさいから無言で突っぱねているだけか。サヤカには分からなかったが、マルキスが怒った時特有の理詰めで言い返さないあたり、悪くは思っていないのだろうと考え、心躍りつつココアに口を付けた。グラスも、その二人の、当初より仲良くなった様子を見て尻尾を振ってレモン水を飲み干した。
出会った最初の時のギクシャクするような関係から発展したことから、この二人の間を取り持つことはもうしなくなるかもしれない、とグラスは思った。
*
奥の厨房から慎重に歩いてきたイロヴィチ。やや大きめの三つの料理を持ってきてくれた。まず浮遊魔法で持ち上がった一つ目の料理が、グラスの前に優しく置かれた。
「『拡散する親愛』でございます!」
料理の内容は、程々の大きさのスペアリブだった。高級感溢れるようなソースの掛け方が印象的だ。まるで波紋のように広がっている。所々にソースで音符までも形作っている。
「わぁ……!!美味しそう!!」
嬉しさが体を揺らし、尻尾を振って目を輝かせる。待てないと言いたげに唾液が口から出てくるのを我慢している。次にサヤカ。手に持った、船のような特徴的な形の皿を置く。
「『天からの過ぎた恵み、琴線に触れる音色』でございます!」
六つの横の間隔に切られたミディアムのステーキ。付け合わせの野菜に、四つの丸い器に入れられた特製ソースで、それぞれで味わえるようだ。絶対的に味に飽きなそうな料理だ。
「あら~~、美味しそう!!ステーキなんていつぶりかしら!」
珍しく、目の前の高級感溢れる料理に激しく食欲が刺激される。満足げな笑みを浮かべたイロヴィチが、最後にマルキスへ料理を提供する。
「『未来を覆う守護、鏡の彼のために』でございます!」
マルキスの料理が、見た目からはかなりのインパクトがあった。皿ではなくトレイに、白く濁った大きな泡があるからだ。困惑したマルキスが訝しげに見つめていると、イロヴィチからアドバイスを送られる。
「泡を割って、中身をご確認ください!」
「ああ、そういうことですか」
薄茶のトレイの端は、通常のトレイのものよりやけにデコボコに突出した持ち手が作られている。そんなトレイに置いてあったフォークを手に、先端で泡を壊す。泡で守られていた白い靄が空気に流れてふわりとこぼれていく。中から出てきたのは、質素で栄養バランスの考えられたような普通の料理だった。
「…………」
他の三人と比べたら、料理自体に目立った特別さは無い。素朴な家庭料理と言われればそう見えるのだ。それを見たマルキスは、睨んだ目をして複雑な面持ちで見つめる。その素朴さに怒っているわけではない。ただ、運命にしては具体的なものを持ってきたな、と、彼の人生に根差したくらいのある人を想起させるのに十分な料理だということだ。
「イロヴィチさん……運命が視えるんでしたよね。なんで……これが出るのか聞いても?」
気持ちを抑えつけて慎重に聞いた。だがそれを純粋な疑問と捉えたイロヴィチは、自慢げに語りだす。
「そうですね……普段、運命を視る時、その人の運命には自分自身が霞んで見えないんです。ですが、マルキスさんの場合、同じ種族の兎、それもマルキスさんによく似た方が断片的にはっきり見えたんですよ。その時に推測できるのが……マルキスさんにご兄弟がいらっしゃること……なので──」
「いや、もういいです。大丈夫」
兄弟がいる、という話に、一番に驚いたのはグラスだった。長い間一緒にいて、その事実を知らなかったからだ。次にサヤカ。もちろん、弟がいるからだ。兄弟がいるという意外な共通点を見つけて、思わず聞いてしまう。
「え!マルキスって兄弟いるの!?初めて聞いたんだけど……!」
「……ああ」
「その人ってお兄さん?それとも弟さん?」
「兄、だな。この話はあとでいいだろ。料理が来たんだし食おう」
深堀されたくなくて、話を逸らしたマルキス。確かに、長話するよりは熱いうちに食べてしまおう、と彼の提案を素直に受け入れた二人は、イロヴィチに一礼する。それを受けた彼女は、照れくさそうに笑いながらもお辞儀をする。
「ありがとうございます……!では、ゆっくりご堪能ください!飲み物はいつでもお代わりしても構いませんので!」
そう言ってすぐ、空になっていたグラスのコップにレモン水を入れた。再びお辞儀をすると、厨房へと向かってを去っていった。
グルメイベントのために食堂に来てから程々に時間がかかって、遂に料理を食す段階へ。サヤカは自身の料理であるステーキに目を落とす。ナイフとフォークを使いこなしてステーキを一口大に切り分けた。まずは、ソース無しで優雅に一口。
「……うんっ、美味しい~!柔らかくてすぐ噛み切れちゃう!」
「僕も!甘辛くって……ほろほろしてて、肉汁いっぱい!!」
グラスの料理はスペアリブ。美味しさに笑顔と三角の耳がとろけて幸せそうだ。サヤカも釣られて笑顔になる。一方で、みんなの驚嘆や感動をよそにマルキスは、料理を食してて何一つ言葉を発さない。
「マルキス……どうかした?」
それを見かねたグラスが尋ねた。食べる口が止まると、少し経ってから目を上げる。
「……いいや。美味すぎて言葉が出ないだけだ。問題ない」
「そっか……ねえねえ。マルキスの、一口ちょうだい!」
「ああ、いいよ。どれも味が薄いからグラスの口に合うかはわからないけど」
「全然!じゃあ、この野菜炒め貰うね!」
フォークとナイフを器用に使って一口分の野菜炒めを貰うと、そのまま口へ運んだ。味わうように目を閉じて数回噛むと、うんうんと笑顔で頷いた。
「確かにあっさりしてるね。マルキスが好きそう!」
「そうだな。調味料があるよりは何も無い方が好きだ」
マルキスもそれに続いて食すと、あの仏頂面が目に見えて綻んだ。サヤカから見て、確かに、サラダを食べる時などはグラスやサヤカと違いグラス特製のドレッシングは一切かけなかったり、肉料理の場合もマルキスにだけ調味料をかけなかったりする。
複雑で奥深い味になるよりは、素朴で淡泊な味の方が好みなのだと、その様子を見て改めて思った。
グラスはそれを食べ終わると同時に、自身の料理であるスペアリブを切り分けてフォークで刺すとマルキスの方へ。
「はい!お返し!」
「……いいのか?」
「もちろん。食べさせてもらったからね!味は濃いから、好みじゃないかもだけど……」
「いいさ。好意を無駄にするわけにはいかないだろ」
スペアリブの一切れをマルキスの口に近づけてくれた時、彼自身が自発的に食べに行った。複雑な面持ちで咀嚼するが、いつもの仏頂面は変わらずに、徐々に感慨深そうな顔つきになって飲み下す。
「うん、思ったより悪くない。さすが高級飲食店の実力ってところか」
「美味しい!?マルキスの口に合うくらいだなんて……すごいね……!」
二人の仲睦まじい様子を見ているサヤカは、自身の料理を食べることを忘れて頬杖をついて微笑んでいた。しかし、その視線に気づいたマルキスが、その微笑みが変なニヤつきに見えて一気に不機嫌になる。
「なんだよその顔」
「ふふふっ、別に~~」




