26- 変数たち
「私に運命を視てもらいたい方!どなたからでもどうぞ!」
サヤカ、マルキス、グラスの三人はお互いに目を合わせた。誰からでもいいような雰囲気が漂ってきたとき、最初に挙手したのはサヤカだった。控えめの挙手をしつつ一歩前に出る。
「じゃあ、私からでもいいかしら?」
「いいよ。誰からでも問題無いだろ」
「もちろん!じゃあその次は僕ってことで!」
マルキスの言葉を聞いてサヤカの次を買って出た。順番が決まったところで、サヤカの前に、運命を視てもらう方の影族のイロヴィチが歩み寄ってきた。
「ではサヤカさん。手を出してもらってもいいですか?」
「はい!」
爽やかに返事をし、右手を出した。
「では失礼しますね」
人当たりの良い笑みから一片、仕事モードの顔つきに変わる。影色の顔からでも、なんとなく表情を察せられるものなのだな、とサヤカはふっと笑みをこぼす。
イロヴィチは彼女の右手を両手で包み込み、静かに運命を視ていく。しかしながら早くも困ったように唸った。視ている運命のわけのわからなさを声に出してしまう。
「あれ、あの、なんていうか……初めての現象なんですけど、景色も言葉もかすかに視えるんですけど、それ以上にピアノの音が……なんか……重なってる……?」
「だ、大丈夫ですか……?」
サヤカは心配になって思わず声をかけるが、大丈夫、とでも言いたげにうんうんと頷いてくれた。たちまち手を離すと、ふらふらして片手を頭に宛がった。
「……な、なんか酔ってるし……初めてのことすぎて……再現が難しいっ!余計燃えてきましたっ!!」
「そ、そう?とりあえず無理はしないでくださいね?」
体調を気遣うサヤカだが、向上心の高い彼女にとっては、越えなければならないハードルに他ならない。高いからと言って弱音を吐くような彼女だったならば、今ここに立っていないのだ。
自身を鼓舞するように深呼吸をすると、疑問符を浮かべたような顔のグラスの方へと歩み寄る。
「そういえば……運命ってどういうふうに見えてるの?」
不意に口から出た彼の言葉に、うんうんと頷いた。こういうことを言ってくる客は多い。そのための、イロヴィチなりの常套句がある。こういう、理論で説明するのは難しい、感覚で伝わる特質を相手にどうわかりやすく伝わるかというのは、もうずいぶんも前から熟考していたのだ。
「こほん……普通の人だと運命の糸が、こういうのがいっぱいあるんですよ。これが普通の人の運命だとして……」
彼女は、影色の両手を、顔の前で人差し指同士を互いに向き合わせる。線が一本ある、ということだ。そこから両の手を広げて手のひらを三人に見せた。
「ですが、皆様だと運命の糸が、こう!……複数の線とか巨大な線になってたり、あるいは三角形の頂点みたいに集まってたり……今まで見てきた運命の中で初めてです!視た内容も、普通だと写真みたいなはっきりしたものとか、具体的な言葉とかが浮かんでくるのですが……今のだと、断片的な光景みたいなもの、そして曖昧を通り越して意味不明な言葉、これまで以上に濃密でしたっ!料理で再現できるのが楽しみで仕方ありませんっ……!!」
言ってて興奮してきたのか、その常套句から離れてきてから言葉が溢れてきた。さほど理解できていなさそうなサヤカとグラスと比べ、マルキスは口に手を宛がいつつ耳を立ててイロヴィチの言葉を簡単に要約する。
「つまり……俺たちは常人と比べて、複雑で意味不明な運命ってわけですか」
「か、簡単に言ってしまえばそうです!」
「そう言われるとなんか……こっちの気持ちも複雑っ!これって素直に嬉しくなっていいものなのかしら?」
苦笑したサヤカにイロヴィチは自身の両手を握り締めて、三人の運命を擁護する。
「こうも言えます……世界の危機を救っちゃうかもしれないくらいの刺激的な日々っ!退屈の無い心躍る日常の数々!そう聞くと面白そうに思えませんか?」
「はは、どうでしょうね……後者ならいいですけど、苦難はもうこりごりですね。こっちは……」
マルキスの白い顔に愁いを帯びた。長い耳が伏せられ、何かを考えていることだけが分かるがそれを喋ろうとしない雰囲気を察知したグラスが、控えめにイロヴィチへと寄る。
「……じゃあ僕!視てもらってもいい?」
「いよし!わかりました!行きましょう!……失礼しますね」
グラスはイロヴィチへ誇らしく右手を出した。先ほどと同じように両手で包み込んで触ると、目を瞑って集中する。しかしすぐ、少し迷うようにしつつも口を開ける。
「グラスさん……あなたは色々な人にとても愛されていますね。森の村から雪の街まで……人に助けられ、そして人を助けて……その善性が広がっていく……」
「…………」
グラスが黙って彼女を見つめる。言っていた言葉が引っ掛かったらしく、少し経ってから目線を下に逸らした。
「……はい。ありがとうございました!イイ感じに料理で再現できそうですっ!」
「……うん!ありがとう!楽しみ!」
先ほどの放心から目を覚ましたように、再び尻尾を振って嬉しそうにする。運命を視てもらったのはサヤカとグラス。残り最後になったのはマルキスのみ。サヤカは彼の肩を叩いて胸を張る。
「じゃあ、最後!大トリの出番ね、マルキス!」
「無駄にハードル上げるな。きっとそんなでもないだろ」
「どうなるのかな、マルキスの!僕らより面白くなるんじゃないかな~?」
「二人ともやめろよ。ったく……」
面倒くさそうにイロヴィチの前に立って、左手を見せた。彼女はそれを両手で包み込む。この行動もこれで最後だ。集中して視ているようだが、サヤカのように唸るわけでもなく、グラスのように迷うわけでもなく、ただただ黙って運命を視ている。それでも少し経つと、疑問を持って口を開く。
「……一つだけ聞きたいことがあります。答えたくなければそれでも大丈夫です。それもひとつの料理の材料になるので。……マルキスさん。あなたは……重い病気を患ったことは?」
「っ……」
マルキスは、答えづらそうに顔を歪ませるが、目を瞑って一呼吸おいてから返す。
「いいや、罹ってないです」
「……わかりました。ありがとうございます。……うん、いい感じです!どれもこれも最高の運命の断片を覗かせていただきました!……やっぱり他の人と比べて水が全然少ない……うんうん……」
イロヴィチは深々と頭を下げて礼をした。最後に何か考えるように小さく呟きながら。
「では今から、厨房のシェフたちと一緒に、皆様から視させてもらった運命を再現した料理を作って持ってまいります!テーブル席に座ってお待ちください!」
影色の顔が笑顔になっているのがわかる。はきはきとした口調で言った後、テラスから抜け出し店内のさらなる奥へと消えていった。




