24- 聖樹旅館
「やっふ~~~!着いた着いた!」
「早出した甲斐があったわね!」
目の前には、夕暮れで赤く染まった空すら覆い隠すほどの巨大な聖樹。見上げた先の旅館は、その聖樹を利用して巨大なツリーハウスのように建造されていることがわかる。樹も大きければ旅館も大きい。部屋数を軽く見積もっても、ここから見える限りで五百は優に超えているだろうか。
そんな聖樹旅館に、グラス、マルキス、サヤカの三人は、マルキスの運転の車で朝早くから出発。着いた時には陽が傾いていた。それもそう、レベルシティよりさらに遠い、サクリー村という場所だ。車で走ってきてもサヤカたちの住むホワイトガーデンからかなり遠い。
自然が豊かで、主に植物族と球形族が多く住んでいる。レベルシティの灰色を見飽きた人にはうってつけの観光地だ。近く山で登山したり、植物をテーマにした広場で一休みしたり、近くの巨大な湖を眺めたり、あるいは生け花の体験もできる。ひとしきり楽しんだ後に、旅館でゆっくりくつろぐ。サクリー村に来れば最高の一日になること間違いなしだ。
サヤカたちは、途中で昼食を認めて今は平気だが、夜のご当地グルメイベントの事を思うと腹が減ってくる感覚がしてきた。
「イベントまだだから、先に部屋に行って荷物を置いておこうか」
マルキスの提案に二人は頷いて、一同は樹の根本に位置する受付へと向かった。届声で予約した名前を、植物族の女性の受付に伝えると号室の書かれた鍵を渡される。受け取ったサヤカは彼女に礼を言うと、地上から高い部屋であることを確認した。
マナで動いているだろう原始的な広めのリフトで階層を上がる。離れていく地上と比例して高さに怖気づいてしまいながらも、ようやくお目当ての階に。地上からかなり離れているが、旅館はまだまだ上へ続いていた。少し歩いて予約通りの部屋まで着くと鍵で扉を開けようとし、違和感を覚える。
「あれ?鍵の形……これ、鍵になってるの?ねえ、マルキス」
渡されたときは何も思わなかったが、よくよく見てみると鍵山が無い。あのデコボコ。サヤカの疑問の視線に気づいたマルキスが横から覗くと、ああ、と変わらず不愛想な目で鍵を指さす。
「これはあれだな、鍵自体にマナの情報が書き込まれてんだ。んで、対応した同じ情報が書き込まれた扉に入れると、鍵をかけたり開けたりできるってやつ。高いけど売ってるぞ、こういうの」
「へ~……マナって便利ね……また一つ学べたわ。ありがとう!」
「ああ。マナに情報を書き込むって、機械を通さなきゃなかなかできないことだけどな」
グラスの家は、マナではない普通の鍵だった。目新しいものに目を輝かせながらいざ鍵を挿入すると、すんなり回って開いた。中へ入る。
木造の室内に数多く観葉植物。窓近くのオレンジの温かい明かりと、室内寄りにある緑の明かりの調和も抜群に心地が良い。三人で泊まるには丁度いい広さだ。
「いいわ~~~、いかにも和って感じ!」
「外が見える!とっても高い!!」
「泊まるとかいつぶりだろ……」
三人がそれぞれ思ったことを口にして、荷物をひとつにまとめて置く。すでに窓際にいたグラスにサヤカは近づいて、互いに、夜が始まる寸前の景色を眺める。ホワイトガーデンからでは見えない別の側面の、この世界の姿が見える。
少し離れたところにレベルシティがある。数々の塔から、マナを使い切った紫の靄が排出される変わらない姿。近郊には、浮島へ行くための飛行船乗り場が見えたり、先日厨房を任されることになったリンゴレストランがほんの小さく見えている。その近くの、アーガベラが所有するリンゴ農園。
そして、レベルシティともサクリー村とも少し遠い場所、港のさらに向こうの、海辺に近いホテルと家々が立ち並ぶところが見える。サヤカはそこを指さした。
「ねえねえグラス。あそこって?」
「あれは~……スターライト……シーサイド!リゾート地だよ!」
「へえ、ここの海バージョンって感じね。スターライト……星空が綺麗ってこと?そこだけ雰囲気違ったりするのかしら……?」
「それも確かにあると思うが……」
マルキスが会話に割って入ってきた。窓に寄りかかる三人。サヤカは二人に挟まれる形になる。二人は振り返って、彼の話の続きに耳を傾ける。
「多分一番は海底街のアンダーライトだろ。海の中から見える光をそう言ってんだと。本で読んだ」
「海底街!?すごく……面白そうだし、怖そうでもあるわね……?」
海底街と聞いて、気になりつつも心が少しざわめくサヤカ。マルキスは例のリゾート地を見やってから、紫の空を見上げる。
「近々そこに行くことになる。顧客の依頼した絵がもう少しで完成するからな」
「そうなの!……じゃあ、その~~」
風になびくマルキスの白い被毛を見ながら、サヤカは手を合わせてお願いする。
「一緒に行ってもいい……?」
「バカンスに行くんじゃないんだぞ」
「そうだけど……ちょっと周りたいだけ!仕事の邪魔は絶対しないから!」
半目で呆れるマルキス。目線はサヤカを避けて、リゾート地とは別の場所、さらに離れた森の向こうを真面目な顔で見ているグラスに移った。
「グラスはどうだ?行きたいか?」
「えっ、あ……うん!行きたい!海底から見る空ってどんな感じなのかな~、とか!」
「なら行こう」
「グラスの一存なんだ!最終的な決定権持ってるのね!?」
「お互いグラスに救われた。そういうことだ」
「僕のことそんな大きく考えなくてもいいよ~」
謙虚に振舞っているが、事実ではある。サヤカもマルキスもグラスの明るさと懐の深さに助けられて今を生きている。全幅の信頼を寄せて当然と言えばそうであるのだ。
こうして、リゾート地のスターライトシーサイドと、海底街のアンダーライトにサヤカとグラスを連れていくことは決定事項となった。その時が訪れるのが楽しみだと、サヤカは堪らず笑顔になる。
イベントの時間はまだかかる。この部屋からの景色を楽しんでからでも遅くはない。先に温泉へ入ってもいい。それほどまで、時間を持て余しているのだから。




