23- 雪降る街の休日
「よ~し!とりあえず終わり!」
今日はレストランの仕事が休みであったサヤカは、グラスの家事の手伝いをしていた。レストランの厨房に就くまでは家事をしていたことがあるので、共同作業によりいつもより早く終わったのだ。そのことに対して、グラスはサヤカに感謝する。
「ありがとう!夕飯時までゆっくりできそうだよ!」
「どういたしまして!……ねえねえ、昼食は外食にしない?そのあとは……ホワイトガーデンのおすすめの場所とか行ったり、一緒に散歩なんてどうかしら?」
「いいね!最近散歩はしてなかったし、行こうかな!」
*
という会話を経た後、二人はお金やマナ小瓶などの重要なものを持って外へ出る。ホワイトガーデン。雪降る街。とはいえ昼時の今は降っておらず、夜に積もった雪は、滑らないよう道の端に寄せられて除雪されていた。
最近寒くなってきたこともあり、太陽が出ていても風が冷たい。油断すれば風邪をひいてしまいそうだ。もちろん、二人は防寒着をきちんと着ている。サヤカの方は、あの日治安維持団の第四隊長であるヒセノイッチから貰ったもの。
しかしながら、サヤカはグラスと違って被毛がない。着込んでいてもまあまあな寒さに、カイロがあれば良かったな、と元居た世界の寒さをしのぐ定番アイテムに思いをはせていた。
獣人族、機械族、影族が主の、多種多様な種族とその親子たちが行き交う広場へと着く。
「ここはいつも賑やかでいいわね」
「だね~。見るだけで楽しいもん」
サヤカは、初めてここに来た時にヒセノイッチと親子らと共に雪合戦したことを思い出す。あの出来事からこの街の人たちの繋がりが始まった。まさしく、たまに雪合戦したり、遊び終えたらお礼ということで喫茶店の飲み物を半額支払ってくれたり、その場所で色々な話をしたり。ここの人たちは、誰も彼も優しくて温かい心の持ち主だ。
もちろん、グラスも含まれている。あの時の、怪しくて変でありつつも、寒さに耐えられそうになかったサヤカを助けてくれたのだから。
「それじゃ、まずは昼食だね!それじゃあ~、喫茶店サンライトに行こう!」
「あら、私もよく利用してるところよ。一押しなのね?」
「うん!代々続いてる老舗なんだよ~。実はね、僕、そこの厨房係だったことがあるんだ!マルキスが僕よりお金を稼ぐようになったら、家事に専念するためにやめさせてもらったけど」
思いがけない情報だった。まさか、喫茶店の従業員をグラスがやっていたとは。驚くサヤカは、その喫茶店に向かうグラスに問いかける。
「も、もしかして、料理の手際が良かったり掃除をテキパキこなしてたのも、そこで仕事してたからだったり!?」
「あははっ、掃除は前々からだよ!でも料理は確かに、サンライトのおかげかも!ホワイトガーデンに住む前にも料理することはあったから、そこで技術がもっと上がったって感じかなあ」
「へえ~!流石ね……!私もリンゴレストランの厨房を任されてるから、グラスは実質私の先輩ね」
「ははっ、そうかもね?」
同じ厨房係という、意外なところでサヤカとグラスの共通点が見つかった。やっているかもう辞めたかの些細な違いこそあれど、共通点があること自体がサヤカには嬉しかった。
二人は喫茶店に入った。このアンティークでレトロな装いは、足繁く通うサヤカの感覚に馴染んできている。今ではもう当たり前のように住んでいる異世界。魔法が使えるファンタジーな世界の、いかにもファンタジー感のあるこの内装で、現代的だったあの元の世界への郷愁を覚える程にまでなっていた。一か月ほど前までのサヤカとは大違いだ。
「じゃあ、次は一押しのメニューを教えて!」
「そうだね~……お肉たっぷりあったかシチューかな!おすすめの場所に行くって話だったし、お持ち帰りでそこで食べる、ってしてもいいよね?」
「いいじゃん!賛成!」
受付兼カウンターまで歩き、会ったのは注文を聞く朱色の球形族。サヤカにとっては顔見知り程度の仲であったが、グラスはそうではないようで。彼の顔を見た途端に空色の目を見開き、嬉しそうな色が顔に滲む。
「あ、グラス!久しぶり~!」
「久しぶりです!キュリアス先輩!」
キュリアス、という女性の球形族。浮いている手を口に宛がって嬉しさを抑えきれない様子だった。
「良かった~!来てくれたのね!最近は大丈夫?」
「うん、まあね!今日は時間があったから、せっかくって思って……この人はサヤカ!一緒の家に共有して住んでるんだ~」
「ええ。知ってる!でも名前までは知らなかった。良く来る人よね!こんにちは!」
差し出された白い手袋をする彼女のその手に応えるサヤカ。
「こんにちは!サヤカです。キュリアスさん!いい名前!」
「ありがとう。あなたって、見た目がすごく個性的よね!ハーフなのかな~って会うたびに思ってたの!頭の毛がそんなに長いと、お手入れとか大変じゃない?」
それもそのはず。目の前にいる自形族の女性はおろか、この世界にいる人らは人間族という種族を知らないのだろう。サヤカ自身も、同じ人間に全く出くわさないところから、この世界にそういった種族はいないのだろうと悟っている。
そんな中での、個性的な見た目という発言。サヤカも当初は、自身が人間であることや、そう捉えられなくても人とは見た目が違うことによって何かしらの不利益や差別があったりするだろうか、と思えばそんなことはなく、種族という言葉は彼らを分け隔てる壁ではなく、むしろ個性の枠組みなのだと。少なくともマルキスやグラスはそう思っているようで。
この世界が、種族間の対立によって戦争が起こるようなところではなくて良かったと、安堵したのはもうかなり前。今のサヤカは、堂々と胸を張って髪の毛について思っていることを口にする。
「手入れが大変っていうのはそうね!でも、親からの白い髪の毛を譲り受けた大事なものだから、なんとなく長くしておきたいなって。だから全然苦じゃないわよ」
「親を大事にしてることが伝わってくるわね~、ぜひ両親を連れてここに来てね!いつでも待ってるから」
「あ……え、ええ。いつか、ね」
純粋無垢なその目に、もう両親はいないということを告げるにはあまりにも空気が読めないだろうと、なんとか笑顔で返答したサヤカ。そんな彼女の様子に気づいたグラスが、慌てて料理の注文する。
「じゃ、じゃあ注文させてもらおうかな!お肉たっぷりのあったかシチューとオレンジジュース!」
「ふふ、変わらないわね~。サヤカさんは?」
「グラスと同じシチューと……温かいミルクコーヒーでお願いします。あと、二つとも持ち帰りで!」
「お肉シチュー二つとオレンジジュース、ミルクコーヒーね~、んで持ち帰りっと……了解!承りました!」
注文が書かれた紙を浮遊魔法で厨房まで送ると、彼女は浮いてカウンターを出ようとする。
「さ、世間話もしたいけどこの辺で!仕事があるからじゃあね~」
颯爽と浮いて、厨房から提供された料理を運ぶウエイターとなって店内を駆け巡る彼女。頭部だけの軽い種族である球形族にしかできないような業だ。キュリアスのそんな長年の技術を眺めつつ、二人は料理を待った。
*
サンライトからシチューと各種飲み物が入った紙袋を貰うと、グラスに連れられ、二十分ほどかけておすすめの場所というところへ。ホワイトガーデンから少し離れているものの除雪してくれている道に沿って歩いたそこは、海が見える崖だった。
一瞬、サヤカは自信が転移してきた場所を思い出すが、そことは違う場所だとすぐに分かった。よくよく考えれば、すぐグラスの家に辿り着いたのだから、方向的に違うのだと理解する。
「すごく、綺麗な海が見える場所ね……もしかして、朝に来れば海から朝日が出るのを見れるんじゃない?」
「そうだよ!良く気づいたね!……だから本当は朝が良かったけど……それはまた今度、マルキスと一緒に見よ」
「そうね。……もう楽しみかも」
二人は、絶景の海の景色が見れる冷たいベンチに座る。隠れた絶景スポットなのだろう。周囲を温める炎魔法が使用されているストーブが中央に置かれていることから、管理されているところだとわかる。しかしながら、今はサヤカとグラスしかいない。貸し切り状態で得した気分だと、サヤカは心が躍った。
紙袋から、シチューの入った蓋のされた皿を取り出した。温かい状態を維持してくれる魔法が込められている蓋を外し、早速食すことに。アツアツのシチュー。掬って一口。
「……あったかい」
「だね。……そして美味しい!」
「ふふ、そうね」
体も心もほんのりと熱くなってきた。普段の食事ではほどほどのスピードで食べているグラスだが、今回は味わうようにゆっくりと食べている。お気に入りの料理なのだから、美味しく味わっているのだろう。横顔からそう読み取れたサヤカは、それを一瞥してから再び海に目を向けた。
寒風が止んだ雪の世界の二人。普段はおしゃべりなグラスに気を遣うように、サヤカも黙って、今をただ共有し続けた。




