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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第一章 ──嵐の前──
22/50

22- 交錯の起点


 昼頃でも寒いホワイトガーデン。アンティーク内装な喫茶店にて。リンゴレストランの入り口にある看板のメニューデザインを綺麗にあつらえてみようと、オーナーであるアーガベラに提案して見事採用されたために、サヤカ自身がそのメニューデザインを考えている最中だった。


「看板メニューのリンゴカレーはでかでかと描いてもいいでしょ~……それ以外は~……」


 デザインの知識や経験はなかったサヤカ。画家であるマルキスから、彼なりの効果的な魅せ方やメニューのアウトライン程度は教えてもらったが、最終的なデザインの制作はサヤカにある。初めての経験に苦労しつつも、リンゴカレーというサヤカにとって素晴らしい料理に出会わせてくれたリンゴレストランの貢献が出来ると思うと、やる気も湧いて出てくるというもの。


 端っこのカウンター席。ぬるくなったミルクコーヒーを飲みながら終始デザインについて考えていたその時、昼時とはいえ空席がまばらにある中で、わざわざサヤカの隣に一人の大きい影が座ってきた。直後はそんなに気にしていなかったサヤカだが、不意に威圧感を覚えてなんとなく隣を見た。


 すると、黒いフードを被った恰幅の良い影色の男が、こっちを見つつ歯を見せるほどのニヤニヤした顔が目に入った。そんなつもりではなかったサヤカだが、その赤い瞳の不気味さと図体の大きさに声を抑えつつも驚愕した。


「……っ!!あ、ど、どうも……」


「どーも。ここは寒いな?」


「え?ええ、まあ。雪降ってるところですからね」


 世間話をしつつも、手元の急ぎの用事のせいであまり乗り気ではないサヤカは、視線を彼からメニューデザインの下書きに移す。普段なら、人外に話しかけられた瞬間から内心興奮で満たされて気が気でなくなることが多くなるのだが、今回ばかりは間が悪かった。ただ、そんな彼女の乗り気ではない心情を知らず、低い声の影は淹れたてのブラックコーヒーをすすってから話しかけてくる。


「あつッ……はあ、ったく。なあお前さん」


「……なんですか?」


「いつからこの街に来たんだァ?」


 ニヤニヤ顔で聞いてきた質問に、下書きに目を落としながら無心に答えるサヤカ。


「ちょっと前くらいですかね~。一か月か二か月くらい前……」


「へえ。その前は?」


「その前は~~…………」


 その前、を考えだして思考がデザインからこの街にいつ来たかに移行した。が、素直に転移してここに来たなどと言えるわけがなかった。あのピアノ以来、思考が以前よりも明瞭になった彼女。マルキスからも転移してきたことは無闇に言うなとも釘を刺されていたために、ここは濁すことにした。


「遠いところからですね。あなたが知らない遠い場所ですよ」


「そうかい。ちなみに、だけどよォ……」


 パーカーのポケットに手を突っ込んだ彼。取り出したのは、巨大なハンバーガーが包まれた袋、二つ。もう一回突っ込んで取り出したのは、一枚の写真。


「この人たちに見覚えはねえか?」


 下書きに目を落としていた視界の端に、その写真が映った。気になって顔を動かさずに見やると、見知らぬ白衣を着た多種多様な種族がこちらに顔を向けている集合写真だとわかった。しかし、思いがけず、知らない人らに交じって、見覚えのある顔を見つけた。


「……っ!」


 マルキスだった。白い兎の、仏頂面で、ややピンク寄りの赤いパーカーを白衣の上から着ている背の高い細身の獣人。白衣や赤い眼鏡をしているところが強いての相違点だったが、それ以外は完全に彼である。

 そしてもう一人。ツェル。影族である彼もこの写真に写っていた。特徴的な黒いシルクハットとその奥の紫の目が彼だと証明していた。


 なぜマルキスとツェルを探しているのだろう。もはやメニューデザインどころではなかった。この男がなぜマルキスを探しているのかという疑問だけが頭を支配し、恐怖に駆られてしまう。単なる人探しだとしても、サヤカにとって今のこの事態を、彼の風貌とも相まってどうしても嫌な予感としか捉えられなかった。


 ほんの少し顔を上げ、出来るだけ恐怖を覆い隠して写真を手に取る。震えそうになる声をどうにか堪えて。


「少し、近くで見てもいい、かしら?」


「どーぞ」


 仲睦まじい様子の研究者たち、とでも言えばいいのだろうか。種族を知らない者もいれば、サヤカが一番よく知る種族も中心にいた。


 人間だ。サヤカと同じ。茶髪で長髪。強かな顔つきで自信ありげに腕を組むその様子は、この研究者らの中のリーダーのように思える。

 サヤカは、さりげなくこの写真に写っている八人の人物の名前を聞いてみることに。


「その。一応、全員の名前を聞いてもいいかしら?もし見つけた時に、話しかけやすいように……って思って……」


「へえ。知らねえのかァ。…………わかった。教えてやる。写真をこっちにくれ」


 震えそうな手で、彼の影色の手に写真を渡す。大きい肩をサヤカに寄せて、一人ひとり名前を紹介していく。


「誰がどの名前かってのは正直忘れちまった。だから名前だけ言わせてもらう。よ~く聞けよォ?……アリア。マルキス。アンディー。メイ。バッツェル。オリヴィオ。カナメ。……だな。計七名だぜ。見かけたら……仲良くしといてくれよ。そのうち迎えに行くかもしれねえからなァ」


「え、ね、ねえ。一人だけ、名前を言ってないけど、その人は?」


「あ~、クラッフルのことだな?安心しろ。そいつは俺らでコンイにさせて貰ってるぜ?けけっ」


「こ……」


 こちらを見てニヤニヤと笑う影族の男。喫茶店が静寂に包まれる感覚がした。彼との距離が近くて、その赤い瞳がサヤカを捉える。言いようのない不気味そのものだった。彼の言葉には全て裏が隠されているのだと感じてしまう。


「お前、名前は?」


「……さ、咲夜歌です」


「サヤカ。な。覚えたぜ。多分」


 不穏な空気の中、不意に間抜けな音が彼の腹から聞こえてきた。空腹で腹の虫が疼いたらしく、その体躯に見合う巨大なハンバーガーを手に取ると、ニヤケ面は崩さずとも涼しげな顔で大きく頬張った。もう一個テーブルに置いてあった巨大ハンバーガーを、サヤカの方へと滑らせる。


「……っ。俺はリーロ。そしてこれは……話してくれたお礼だ。くれてやるよ」


「あ、ありがとう……?」


 サヤカの平均的な女性の両手すら大きく凌駕するほどの大きさのハンバーガー。これ一つだけで一日の食事を凌げそうに思えるのだが、これをリーロという男はたったの数口で完食させた。目の前で。それでもなお彼の腹の虫は収まることを知らないようで、ポケットからさらにそのハンバーガーを取り出すと、ほんの少し冷めたブラックコーヒーを一気に飲み干した。


「んじゃ、さよなら、お嬢さん」


 ずん、と立ち上がる。一挙手一投足がいちいち重々しい彼。喫茶店に寄るにしても、影族でありながら黒パーカーに黒ズボンの黒ずくめはいかがなものなのかと、彼の威圧から解放されて余裕ができたサヤカが心の中でツッコんだ。


 彼の背中が見えなくなるまでを確認すると、思考の外に追いやってしまっていたメニューデザインへと移る。緊張の糸が一気に解けて、深呼吸をしつつ再びデザインに取り組んだ。彼から貰った大きいハンバーガーを、とりあえず懐に抱えながら。



 *



 その後の夕食。テーブルを囲んで食事を(したた)めているグラス、マルキス、サヤカの三人。ただ、サヤカは昼頃に会った影族の男が、マルキスとツェルを含む研究者たちっぽい風貌の人たちを探していたことが、どうにも気がかりで食が進まずにいた。


「ねえマルキス……」


「なんだ」


 いつもの仏頂面でサラダを食べている彼に、静かに聞いてみる。


「リーロっていう影族の人、知ってる?」


「いや。影族で知り合いなのはツェルだけだ。……リーロってやつに会ったのか?」


「うん……マルキスと、ツェルと……あと他の人も探してるって言ってたの」


「……はぁ?」


 食事をする手を止めて困惑の色を示したマルキス。同じく困惑状態のサヤカは、ただただ思ったことを述べるしかない。


「な、なんでかは分からない……。すごく、怪しい人だったから、なんか……良くないことなのかと思って、一応、言っておこうかなって」


「……そうか。……俺だけを探してるってことなら絵の依頼とも思えたんだけどな。とりあえず気にしなくていいだろ。ただ、一応警戒しててくれ。俺としても、怪しいやつと関わり合いたくないしな」


「そうよね。わかったわ」


 心の中でつっかえていた部分が取れた。しかしながら、なぜあの影族がマルキスたちを探しているのかという謎は明らかになっていないまま。マルキスにこの件を話せたことによって心が幾分楽になって、サヤカは再び夕食に手を付けた。


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