表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
特異点から告ぐ  作者: 宵山
第一章 ──嵐の前──
20/51

20- 消えない炎は無い


「自己紹介がまだだったな。さっき聞いたと思うが改めて」


 カボチャ頭の二人が、演奏の舞台裏に向かいながらサヤカたち一同に話す。


「オレはカルダだ。で、こっちの大きいのがアルタルス。オレの弟だ」


「長いしアルでいいよ~」


「そういえば、もう一人兄弟がいましたよね!小さくて可愛い子!」


 演奏時、ヴァイオリンとピアノ以外に、フルートを吹いていた一番背の低い男がいた。三兄弟なのだから、彼が末っ子なのだろうとサヤカは予想する。


「ああ、次男のナインドだ」


「次男……!?」


 先ほど紹介してくれたアルタスルはカルダの弟。ナインドは次男。この情報から察するに、平均的な身長のカルダが長男で、一番体が大きくて背も高いアルタルスが末っ子だ。


 見かけで判断しちゃいけないな、と思いつつ、癖のある兄弟構成で興奮が収まらないサヤカ。が、なんとか自分たちの自己紹介を忘れずにいられた。


「私は──」


 サヤカたち一同の自己紹介。ひとりひとり名前を出して簡単に色々話した。その後、サーカステントの中に入って、いろいろな道具や舞台装置が置かれた廊下を通って、三兄弟が演奏していた舞台が見えるカーテンの後ろ、舞台裏まで来た。


 そこには、座ってフルートを手入れしている身長の低いカボチャ頭、ナインドの姿がいた。開いた扉に気づくとすぐ振り返る。


「あ、やっと……って誰っ!!」


 少年のような見た目通り、透き通った声の彼。びっくりした様子で赤い目をサヤカたちへ、次にカルダへ向ける。


「ごめんごめん、ナインド。お客さんがピアノを弾きたいって言ってね」


「そういうこと!……ちなみにフルート吹きたいっていうひとは~……」


 誰も反応しない。サヤカは主にピアノしか弾けないしその他三人に至っては楽器をまともに扱えない。悲しい事実を無言という形で突き付けられ、がっくりと肩を落とす。


「いないね。ざーんねん……」



 *



 舞台に置かれたままのピアノ。舞台裏へ持って行こうとしたときに、カルダの帰りが遅いと迎えに行ってそのままにしたらしい。普通のピアノ、というよりは大きいうえ、色も周りのハロウィンの雰囲気にあった紫色を基調にしたものだ。サヤカから見れば、元の世界の家に置いてあったグランドピアノと遜色ないものだである。


「じゃあ、ちょっとだけ、弾きますね!」


「どうぞ~~」


 サヤカの確認にのほほんとした笑顔で了承してくれた。律儀にピアノの前でお辞儀をして、整然と柔らかい椅子に座る。手を鍵盤に置こうとして腕の位置が合わず、椅子の高さを調整してピアノに近づける。その後、鍵盤を軽やかに弾いて音の感触を確かめた。


 ますます音の感覚が家のピアノと一緒に感じる。異世界の娯楽の高さを思い知らされる。これなら、元の世界で弾いていた感覚と同じように弾けるだろう。サヤカは、息を吐いた。慣らしもせずに少し震える手で、思い出の曲を弾き始める。



【パッヘルベルのカノン】



 いつもの、人外にすぐ興奮して暴走しがちな彼女とは全くの逆の落ち着きようだ。目を閉じて、記憶の奥底に眠っていた楽譜を呼び起こすと、目を開けて、軽やかに、繊細に、鍵を弾く。

 一気にこの場の雰囲気がひとつのピアノに支配される。演奏を聴いている全員が、驚きに目を見開いていた。特に、同じ演奏者であるカルダとアルタルス、舞台裏で聞いていたナインドは息をのんで魅了される。


 この曲は、親しみやすさが相まって、シンプルだが奥深さのあるメロディーだ。同じメロディーが繰り返される中、曲が進むたびに変化する飽きさせない曲調。神聖さのある安心感と希望に、ほんの少しのノスタルジック。前を向いて、共に寄り添って進もうと思える、前向きな音たちだ。


 今のサヤカは、音を楽しめていた。先ほどのように、ピアノで嫌な記憶を思い出すことなく。むしろ気分が落ち着いて、ピアノだけの音を存分に楽しんでいるのだ。心の傷を癒すかように、あるいは壮大な草原に身を寄せるかように。感情を飛び越して、ひとりでに手が動いて仕方がない。自然と笑顔がこぼれた。


 なにせ、この曲には思い入れがあった。一度、ピアノがうまく弾けずに挫折しかけた時に、母が弾いてくれたものだった。優しさと芯の強さが溢れる音だった。両親が亡くなってしまった後に、自分の気持ちを整理するために弾いたこともあった。でも、その時はいつも納得のいく演奏が出来なかった。それが今、母をなぞりつつ自分らしさの誇りを加えて、サヤカは自分の音へ感情に乗せるまでに成長したのだ。



 今の姿を、見てくれているだろうか。


 異世界へたどり着いて吹っ切れた今だからこそ、もう前を向けるよ、と胸を張って言える。


 辛い記憶が音色と調和して、今に馴染む。あの焼ける音は次の音色を紡ぐための糧に、流れた痛みは誰かのための優しさに、止まらなかった涙は前を見据えるための未来に。



 音の終わり。最後の一音でさえ、強く、繊細に。そうして静かに記憶の閉幕を迎えた。


「……ふぅ……」


 あの時の辛さを、ようやく受け入れられた。止まった時間が再び動き出したかのように頭がスッキリして、鍵盤から手を離す。途端、拍手が沸き上がった。


「すごい!!サヤカすごいよ!!」


「見事でしたね。音に感情が乗っていて、とても柔らかかったです」


 グラスとツェルからの賞賛の声。マルキスは何も言わなかったが、すごいな、とでも言いたげな顔で拍手を止めない。一方、演奏者三人は、心から感動して目を輝かせてサヤカに近づく。


「すごい技術だな!何年やってたんだ!?」


「えっと……幼いころから習ってたので、ざっと十年以上……?」


「なんていうかぁ~……ボクより弾けてるんじゃない~?」


「いえいえそんな!演奏会の時のあの力強さ、経験豊富じゃなきゃできないですよ!」


「なーなー!もっと弾いてよ!」


「ええ……!もちろん!でも、ちょっとその前に……」


 椅子から立ち上がって、三兄弟の間を縫ってマルキスとグラスの前に立つ。いつもと雰囲気の違う落ちつき払いつつも覚悟が決まった様子に、戸惑いを見せる二人に深々とお辞儀をした。


「その、ありがとうっ!そしてごめんなさいっ!……最初会った時、助けてくれた感謝をちゃんと言葉にしてなかったし、会った直後は変な絡み方しちゃって……」


「…………」


 マルキスは何も言わず、急に変わった態度を示す彼女にただただ困る。グラスも戸惑ったが、それが謝罪と感謝だと分かると安心して、尻尾を振って笑顔になった。


「ううん!気にしなくていいよ!あの時の寒がってるサヤカ、放っておくわけにいかなかったしさ!」


 頭を上げて、サヤカは思い思いの純粋な言葉を告げる。


「でも、助けてくれたおかげでこうしてピアノをまた弾けた。自分の過去に向き合えて、ようやく現実を受け入れられたから……三兄弟のみなさんも、ありがとうございました!ピアノを弾かせていただいて!」


「いやいやとんでもない!気分が晴れたのなら良かった。こっちもいいものを聞かせてくれてありがとう」


 三兄弟を代表してカルダが返礼する。サヤカの変化にマルキスは肩の力が抜けると、ポケットに手を突っ込んでにんまりと笑う。


「やっと精神が安定したみたいだな。どうなるかと思ったけど、サヤカの件は一件落着か……これで変に興奮することも無くなっただろうな?」


「ふふふっ……へへっ……」


 彼の発言に、振り返って不敵な笑みを浮かべるサヤカ。


「人外が好きってことには変わりはないの!あの時は本当に行き過ぎてて、あれだったんだけど……!」


「……」


 予想通りの答えに呆れるマルキスだが、彼女からの真面目の訂正が入る。


「でも、でもね!これははっきり言える!もうあんな変なことはしないし、他の人たちをドン引きさせちゃうような興奮も抑えるようにする。心の中で留めるようにする!」


「…………」


 マルキスは、会った時から今まで、そのサヤカの本質は変わっていないことはわかっていた。だからこそ、今の言葉の重みを理解してほしいと告げる。


「そう言うなら、今後の行動次第だ」


「……ええ!」


 まだ懸念のある様子だが、マルキスは納得してくれた。ふう、と一呼吸置くと、ピアノに向き合って両手を擦り合わせる。


「じゃあ!もう少しだけ弾かせてもらってもいい??」


「どーぞ!!」


「待ってたよ~~」


「夢中になって朝までやらないようにしてくれれば、構わないよ」


「そ、そこまではさすがにやりませんよ!安心してください」


 三兄弟に促されて、自分から座っていくサヤカ。それを見て、ツェルがいまだ厳しい目をしたマルキスに問いかける。


「……今のサヤカさんをどう思いますか?」


「別に。また一からスタートってだけだ。今後の身の振り方次第」


「今後どうなるか、楽しみですね」


 サヤカは再びピアノを弾き始めた。次は楽しげな曲調だ。カボチャの三兄弟たちは、演奏会後の片づけを後回しに、体を悠々動かしてリズムを刻む。サヤカ主催の演奏会は、まだ始まったばかり。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ