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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第一章 ──嵐の前──
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15- 不穏な噂

 

「う~~~ん、イミラ、これ似合ってるんじゃないかしら?」


「んなわけないだろ。そもそもマントとか暑くて着れねえよ」


「やっぱ獣人ってこういうの暑くて着れないのね……またひとつ勉強したわ!」


 服屋に来た四人。イミラの拒否に、うんうん、と分かったように頷く咲夜歌。実際、獣人には被毛という自前の防寒着があるのだから、そこからさらに毛皮のマントで覆う必要はないのだ。


「イミラ。あなたは……カジュアルなものを好みましたね。これなんてどうでしょう」


 ツェルが提案してきたのはクリーム色のフード付きの軽装。差し色に赤色が使用されており、生地は薄くて涼しそうだ。声をかけられてそれを見ると、イミラは表情が緩んだ。


「そうだな。しかも半袖か。今持ってるやつと差別化はできてる。悪くない」


「へ~、カジュアル、ね……!じゃあこういう、こういうやつとかどう?」


 咲夜歌がささっと取ってくると、提案されまくる兎にまたもや服を見せる。赤と茶を基調とした軽装だ。胸のあたりにちょっとした刺繍が施されていてる半袖で、普段使いできそうな過ごしやすい服だ。しかしイミラは長い耳を少し下げて、微妙な顔をする。


「これも悪くはないけど、別にこれじゃなくてもいいな。正直着やすければなんでもいい」


「くっ、これでもダメなの……!イミラをあっと言わす服を見つけてきてやるわ!」


「すごい意気込んでるね……わっ、が、頑張って~!」


 困惑するグラスを横に避けて奥へと進む。きっとそこに兎の気に入る服があると信じて。そんな躍起になることか、と半目で呆れるイミラを背にして、咲夜歌はざっくりと見渡す。

 咲夜歌とイミラとでは感性が違うらしい。現に提案した二つは関心を示さなかった。まだイミラの事をよく知らないことの表れだ。これならいいだろう、という妥協すら至れない。

 対照的に、仲が良いツェルの提案した服には好意的だった。彼の好きなものがわかるのだろう。もっとイミラの事を知りたい一心の咲夜歌。ツェルの言っていたカジュアルなもの、という言葉を頼りに、人を掻き分けて服のさらなる迷宮に足を踏み入れる。


「これじゃない……これでもなさそうね……」


 一着ずつ見ていってイミラの感性に合うような服を探すが、一向に見つからない。咲夜歌自身は、これを着せれば似合うだろう、という服はいくつも見つかっているが、それで彼が喜ぶとは限らないのである。

 うーんと悩みながら一つ一つ見ていくと、服屋に来ていた二人組の女性の世間話が背後から聞こえる。


「最近誘拐事件がどんどん増えてきたじゃない?だから家のカギをマナで開くタイプにしたのよ。窓も簡単に割れないように補強してさ……ホント困っちゃうよね~」


 なんとなしに振り返ると、植物で体が構成されている植物族と影族がいた。イミラから教わったが、この二つの種族はマナを上手に扱える種族だという。保有量も多く、咲夜歌やグラスはマナ液の入った瓶を持ち歩かなければ魔法を使えないが、この種族は体にマナを保有することができるので瓶を持つ必要がないという。


「嫌だよね~……早く見つかってほしいよね……」


「それもそうだけど、とっとと犯人をとっ捕まえてほしいわ。安心して寝れないよ」


 誘拐事件、と聞いて咲夜歌の心がざわめいた。咲夜歌にとって理想郷のようなこの場所も、元の世界にあったような犯罪があるという事実。きっとどんな世界でもそうだ。ただ、綺麗な側面だけ見てきた彼女にとっては、マイナスな言葉を聞くだけでも目を背けたくなる感覚というのはいつまで経っても消えない。


「……さて、服、服……」


 逃げるようにして、別の場所の服を再び一つひとつ見ていく。すると、ふと、目に留まったものが。これなら、満点とはいかずとも納得くらいはしてくれるのではないだろうか。手に取ってイミラがいる三人のもとへと歩み寄ると、体の横に見せつけるように掲げてイミラへ見せる。


「これはどう??ポロシャツみたいな……!半袖で涼しい!薄い青色でデザイン無し、質素で抜群!」


「ちょっと貸せ」


 イミラに手渡すと、まじまじと観察するように見つめる。ツェルからだとこんなに見ずにほとんど即答で悪くないと言っていたのに、咲夜歌にはこんな時間をかけている。まだそんなに信じ切れていないのだろうか。

 ただ、手渡した咲夜歌は、服の背面にあるデザインを見て固まる。絶対にイミラが気に入らないものだと直感で理解したのだ。同時に、彼は服を回して背面のそれを見つける。兎を抽象化したようなデザインがでかでかと描かれていた。


「おやおや」


「あ~~……」


 ツェルとグラスが察した声を漏らす。


「デザイン無しって言ったよな」


「ふ、ふふ、見てなかった……」


 明らかに呆れるイミラ。しかし嘘をついたわけではないと知るとすぐに仏頂面に戻って、服を見つめる。


「まあいいよ。これは悪くない。デザイン以外は」


「え!ホント!!」


「ああ」


 喜びに満ちてついガッツポーズをした咲夜歌。ツェルもグラスも祝福を言葉を彼女に浴びせると、照れくさく笑った。



 *



 そのあとは各々、服を買うと車に着く。時間はまだお昼過ぎ。演奏会はまだ先なので、昼食を認めることにした。そこで、せっかくだと、ツェルが足繫く通う飲食店へと車で向かうことになった。レベルシティから少し離れるが演奏会がある方面なので遅れることはない。

 話を聞くと、リンゴを使った様々な料理を提供してくれるレストランらしい。この時期では近くの果樹園で獲れたてのリンゴを味わえるのだと。あまり外食しないグラスは特に楽しみしているようで。嬉しそうに尻尾を振っているのが、後部座席にいる咲夜歌から見えた。

 レベルシティの街並みを見つつ、そのレストランへと車が走っていった。


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