11- 音の訪れ
咲夜歌が異世界に来てから十数日後。人間がいない感覚にも慣れ、いちいち人外を見て興奮してた感情も時間をかけて落ち着いていった。魔法も、大胆なことはできないが日常的に使えるようになっている。
寝るときにすぐ電気を消せることや暖炉に火をつけることはお手の物。さらには、洗濯物を運ぶときにまとめて浮かせたり、棚の上などの高いところを布巾を浮かせて掃除したりなどの応用も利かせられた。吸収の早さは咲夜歌の長所の一つだ。
朝、グラスと咲夜歌とイミラが朝食を囲っている時、普段は食べてるときにほとんど喋らないイミラが珍しく口を開いた。
「グラス、今日はレベルシティに絵を納品しに行く。見るだろ?演奏会」
「あ、うんうん!前にチラシ届いたから!丁度今日だもんね!」
「演奏会……?グラスちゃんそういうの好きなんだ??」
うん、と近くのテーブルの引き出しから紙を取り出す。例のチラシだ。朝食の並ぶテーブルに置いた。紫と橙を基調とした、ハロウィンを彷彿とさせるデザインになっている。
「この演奏会のカボチャ三兄弟のファンで!!不定期の開催だから開いたら絶対行きたいんだ~!」
身を乗り出してチラシを見てみた。ヴァイオリンとフルートとピアノの三楽器が奏でる演奏会らしい。ちょうど三つ楽器がある。兄弟一人につき一楽器なのだろう。
「ピアノ……」
ふと、家で弟のために色々な曲を弾いていたことを思い出す。すこし、笑顔になる。咲夜歌は、身を乗り出したままでイミラの赤い目を切実に見た。
「私も一緒に行ってもいい?音楽に興味があるの!」
「……まぁ、仕事の邪魔さえしなけりゃ連れていってもいい」
「やった!みんなで聞きましょ!」
「朝食食い終わったら行くぞ。支度しとけ」
うきうき気分のグラスと咲夜歌。初めて行くレベルシティという場所と演奏会に心を躍らせながらいつもより早く朝食を済ませると、二人は足早に部屋に戻って支度を始めた。
*
外出用のお気に入りの紺色のコートを着用した咲夜歌。もちろん、忘れずに腰につけたマナ液の入った瓶。
普段が半袖半ズボンのグラスは、外出するために珍しく長袖長ズボンを着ている。咲夜歌と同じようにマナ液の瓶を腰につけている。イミラはいつもの着る薄茶色のコートを羽織っていた。これが仕事着らしい。いつものピンクのパーカーを着ている姿からは、かなり大人びて見えた。イミラは瓶は必要無い。もとから魔法を使えるからだ。
前にも来たことがあるアトリエに一同が到着すると、先に車に乗っているようイミラから伝えられた。依頼主の絵画を持ってくるのだろう、アトリエに入っていく彼を見た後、残された二人は車に乗る。助手席にグラス、運転手側の後部座席に咲夜歌。
「ねえグラスちゃん。レベルシティってどういうところなの?」
「え~~とね、いろいろあるんだ!ホワイトガーデンよりもいろんなものがいっぱいで、雪も降ってなくて暖かいんだ~」
「へ~!もしかして、遠くに見えてた蒸気が吹いてた都会みたいな場所?」
「そうそう!人もいっぱいいるけど、空気はあんまり良くないんだ……機械がいっぱいあるからだけどね!」
「機械がいっぱい……」
知らない世界が広がるような感覚がした。もしや、機械族がいっぱいいるだろうか。ホワイトガーデンにも何回か見かけているが、いつもは遠目で見ているだけで挨拶はできなかった。レベルシティに行くことによって初めて機械族と喋れるかもしれない。そう思うと、口角が上がらずにはいられなかった。咲夜歌は、初めて異世界に来た時のような興奮がふつふつと帰ってきた。
「ってことは機械族もいっぱいいるのね!」
「うんうん!他の種族もいっぱいいるよ~……よし!じゃあサヤカに種族クイズ!イミラから色々教わったよね!」
グラスは尻尾を振りながら元気に振り向く。
咲夜歌は、ここ十数日間でイミラからこの異世界について様々な知識を得ていた。マナから種族、場所など、基本的なことは、仕方ないとぼやきながらも教えてくれていたのだ。自信のある顔で胸を張る。
「いいわよ!どんと来なさい!」
「じゃあまず僕やイミラの種族は!」
「獣人族!」
「そう!正解!次は……機械族は知ってるよね。そこでさらに二つに種が分かれるけど、わかるかな?それぞれ説明もしてみて!」
「え~~~と……」
この世界において種族の種類を知るのは基本中の基本だ。分からなかったらその種族に失礼なのである。人間しかいなかった世界にもともといたから、などというのは言い訳にもならない。人外が好きな咲夜歌にとっては、自分を侮辱されるより悔しいものだ。喋りながらでも思い出そうとする。
「まず、マナ種と純機械種の二つがあって……マナ種はマナのおかげで知能が上がった機械族で……純機械種は、マナ種が作った人工知能の機械族……のはず!」
「そう!正解!すごいねサヤカ!じゃあ次は……ホワイトガーデンにも何人か住んでるのを見たことあると思うけど、頭だけの種族と、頭が特徴的な種族の名前は?この種族も簡単に説明してみて!」
「……え~~とね……」
ふと、家事の合間の休憩に立ち寄った喫茶店の店員を思い出す。浮いた朱色の球体に可愛らしい目と口、模様が付いた女性的な声の店員。明るくて、注文に手間取っていた咲夜歌に優しく接してくれた。相手からして見れば、種族すら知らない変な人に見えただろうに。
突如、後部座席の扉が開いて、イミラが梱包した絵画を咲夜歌の隣に置いた。扉が閉まって、運転席に回って彼が座った。
「ええ。知ってる。頭だけの種族は自由形態族、頭の形が特徴的なのが疑似形態族ね!疑似形態族は自由形態族に手足が出来上がって、二足歩行できるように変化した種族!……ってところかしら!」
「もう一つ教えとく、サヤカ。自由形態族は自形族、疑似形態族は疑形族と略される」
小さなレバーを引いて車を起こすイミラ。楽しい雰囲気に引っ張られて、イミラもつい言葉を零した。二人を交互に見たグラスは笑顔で拍手する。
「二人とも正解!!」
「やった!」
「ふっ」
三人の笑みが車内に溢れた後、車はレベルシティに向かって動き出した。