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特異点から告ぐ  作者: 宵山
序章 ──流れ着いた先の理想郷──
10/34

10- 我が新しきお城

 

「サヤカの部屋はここだよ!綺麗にしたんだ!」


 三人でグラス特製のシチューを夕食に認めたあと、グラスは咲夜歌を連れて二階へ。三枚あるうちの一番奥の扉に招待されると、目を輝かせ、尻尾をブンブンと振りながら内装を見せた。

 もとは物が雑多に置かれていた物置部屋だったという。しかし一日のうちに、グラスがせっせと物を動かして綺麗にしたうえ、一つの部屋として完成されたものが出来上がった。きっと重いものもあったはずだ。力持ちな犬だ。


「わあぁ……!ありがとうグラスちゃん!!!最高~~~!!」


「わ、そ、そうでもないよ~」


 いきなり抱き着いた咲夜歌に困惑しつつも嬉しさを尻尾で存分に滲ませる。途端、咲夜歌は思い出す。


「そうだ、服はある?グラスちゃんのかイミラちゃんの!これからはそれで過ごしたくて~~」


「もちろんあるよ!男用のしかないから着たいものはないかもだけど」


「俺のはお前にあげねえよ」


「げえっイミラちゃん!」


 階段横で覗き込むように割って入ったイミラが睨みつけてくる。これを言いに来たがためにわざわざリビングから階段を上ってきたらしい。


「そんなこと言わずに~~もしかしたら私に着られたい服があるかも~~????」


「んな服あったら切り刻んでやる」


「そ、そこまで~??じゃあその刻まれた一つひとつを瓶に詰めて寝る前にキスでもしちゃおうかしら!!!」


「……は?」


「はいはい、喧嘩はナシだよ!二人とも!」


 咲夜歌とイミラのデコボコをとりなすグラス。頭から巨大な疑問符を出しそうなほどの困惑しか含んでいないような顔の兎。勝ち誇ったような顔の女。中立な立場にいるグラスのバランスで成り立っているような関係に見える。


「サヤカ!今日からこの部屋はサヤカのだからね!自由に使って!」


「ええ!改めてありがとう!グラスちゃん!」


 咲夜歌の笑顔でグラスも笑顔になる。いまだ疑問符を抱えるイミラの手を連れて、下の階へと降りていった。部屋の中へと入る。自分の新しいプライベートゾーンだ。

 星空の見える窓。簡素だがしっかりしていそうな机に椅子。羽毛のようにふかふかそうなベッド。部屋の中心から広がる柔らか心地のカーペット。部屋は広くないが、一人で過ごすには十分な狭さだった。


 扉近くのクローゼットの中を確認する。先ほどグラスが言ってた服についてが色々ある。服やズボン、外出用のコートやダウンジャケット、就寝用の水玉模様のパジャマまで用意してくれている。どれも男物だが、咲夜歌は気にしないので問題はなかった。一つを取って鼻に近づけると、さっきグラスに抱き着いた時と同じほんのり匂った。


「……パーフェクトね」


 深呼吸で、しっかりと、最高の気分を味わった。



 *



 シャワーを浴び終えて、例のパジャマを着た咲夜歌。グラスやイミラは服に毛が付くことがあるだろうが、気を配ってくれたのだろう、彼女の着たパジャマには一切付着していなかった。

 夜も更けた。輝く満天の星空が見えると、椅子を窓の前まで持ってきて、座って観賞する。朝の時に見た異世界は違う一面が広がっていた。


 大きく広がっている浮島。そこにも人が住んでいるらしい。窓から漏れる電気の光が、平原の小さな街の輪郭をぼんやり映し出している。大樹は、緑色の光る小さな粒が数えきれないほど集まっている。夜の安息を示す灯台のよう。遠くの紫に光る蒸気を吹き出す大都会は、いかにも、眠らないとでも言いたげに煌々しい。夜の海に浮かぶ豪華客船の佇まい。


 遠景を見渡していた目を近くに移す。グラスとイミラ、そして多くの獣人と機械族、その他の種族の住む雪の降る街。ホワイトガーデン。雪を花に例えているとは、名付けた人は感性が豊からしい。


 めぼしいものはそれくらいだろうか。あとは、月くらい。丁度今宵は満月。完全な球体は太陽の光を借りて暗い夜を静かに見守っている。そしてもう一つ気づく。月と同じ、天から夜を見守る天体があった。これも太陽の光の照り返しでほんのり光っているらしいが、月よりも大きいにもかかわらず存在感が薄いようだ。


 その存在一つで、咲夜歌の住んでいた地球とは違う別の世界だと気づかされる。気づかされる度に、ほんの少し寂しくなる。


「……はぁ~~、ちょっと眠くなってきたかしら……」


 夜の鑑賞もほどほどに、椅子をもとの場所に戻した。フカフカのベッドに座ると今日の出来事を思い返す。イミラの仕事が画家だったこと。この世界の魔法はマナで構成されていること。車という現代的な乗り物があること。


 スチームパンク的大都会があるということは、ファンタジー世界なりの大発展を遂げてきたらしい。今思えば車もそれほどおかしな代物ではないと思える。窓の景色を見る限りでは自然の占める割合が多いが、将来的な目で見れば、そう遠くない未来に咲夜歌のいた世界の文明を超える時が来るのだろう。


 色々なことを考えていると、そろそろ本当に眠くなってきた。そういえば、電気もマナで操れるとのこと。簡単な操作なら魔法が苦手なグラスもできるらしいが、咲夜歌はどうだろう。イミラには無理と言われたが、やってみなければわからない。


 あの日、イミラが暖炉の火をつけたように、咲夜歌は電気のついた電球に向かって手を広げてみた。


「消えろっ!消えろ~~っ!!」


 何も起こらない。消える気配すらない。魔法の扱い方について、イミラに聞いた方がいいような気がする。



 *



「マナ無しで魔法を操作するようなもんだ。無理に決まってる」


「さっきってそうだったの……?じゃあどうやれば魔法が使えるの?」


 パジャマを着た眠そうな兎が、紫色に光る液体が入った水滴型の小瓶を持ってきた。咲夜歌に手渡しながら内容物の説明を始めた。


「これはマナを凝縮させたマナ液が入ってる。少量だが、日常生活で使う分には十分な量だ」


「なんだかポーションみたいね。これを飲めばいいの?」


 栓を開けようと手に力を込めた直後、その手を白い手に掴まれる。


「飲むなバカ。危ねえよ」


「え、え、危ないの??」


「……いや、危なくはない。マナ液は、体に吸収される栄養素が全くないし消化もされない。一度飲んだら気化するまで胃の中だ」


「ひえっ、なにそれ……こわ」


 マナの特殊な性質に顔が強張る。だが、その顔が面白かったのか、いたずらっぽくイミラの片方の口角が上がった。二人が共に持つ瓶の主導権はイミラに。咲夜歌の顔の前に瓶が迫った。


「人体にはなんの影響もねえよ。……ここで試してみるか?」


「け、結構です結構です!!怖いから!!」


 ちょっかいをかけるような、彼らしくない行動に、いつもの咲夜歌なら興奮してもおかしくない。だが、マナ液という初めて触れるものの知識欲と、ちょっとした睡眠欲も加わって、性根の真面目さが露呈していた。ふっ、と笑みをこぼすイミラは瓶から手を離す。


「ま、いいよ。これを手に持ちながらもう片方の手でマナを操るんだ。マナが腕から腕に流れていると想像してみたらやりやすくなるだろ。んで、電気を消すって念じる。やってみろ」


「わ、わかったわ」


 イミラの言う通り、瓶を持つ手から腕、体にかけてもう一つの手まで流れていく感覚を想像する。実際、川みたいな、優しく流れる何かが伝う感覚がかすかに覚えられる。

 天井に吊るされた電球。マナのエネルギーで付いているらしい。咲夜歌は頭の中で精一杯光が消える想像をした。

 すると、明滅する。おぉ、と驚くイミラが、咲夜歌を一瞥すると電球を再び見る。次に見た時には、完全に消えていた。この部屋の明かりは月明りと紫に光るマナ液だけ。成功した咲夜歌はガッツポーズ。


「やった……!できたっ!」


 できないだろうと軽く見ていたイミラが笑みをこぼして、新たな魔法使いをみやる。


「へえ。やるじゃん。『人間』にはできないと思ってたよ」


「ふふん!魔法の才能があるってところかしら!」


「外で使うときは腰にかける。……とりあえずはそれくらいだな。今はそこらへんにでも置いておけよ」


「は~~い!教えてくれてありがと!イミラ先生っ!」


「……ったく、それもやめろ」


 困るように頭を掻きながらいつもの仏頂面に戻ると、自室に戻るのだろう、部屋の扉を開けた。魔法を扱えて就寝寸前なのに目が醒めた咲夜歌は、出ていくイミラに明るく声をかける。


「おやすみ、イミラ!」


「ん」


 最低限の返事で終わる。扉が閉まる音が響いた。


 瓶はベッド横のサイドテーブルに置いた。月明かりが支配する部屋を見渡しながら、ベッドへとゆっくり体を潜り込ませる。

 案外横になるとすぐに瞼が重くなってくる。寝る前にまたなにか一考しようか、という考えが起こることすらなく、咲夜歌は静かに眠りについた。


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