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特異点から告ぐ  作者: 宵山
序章 ──流れ着いた先の理想郷──
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1- 誘われて

 

 夜。雲ひとつなく広がる満点の星空のもと、雪の絨毯に仰向けに転がる人間が一人。白い髪を肩まで伸ばしているその女子高校生は、苦しそうに咳をした。綺麗な群青色の瞳を外に晒す。


 目の前にあったのは夜空、月、視界の端で流れ星。起きてすぐの寝ている脳がボヤけたその景色を認識することはなかなか出来ず、目を閉じようとした矢先、背中に走る刺すような寒さを感じとった。

 その瞬間、咲夜歌(さやか)は息を飲んで勢い良く体を起こす。


「───はぁっ……!!」


 強制的に覚醒させられた。制服越しの背中に伝わる冷たさの正体と、体を起こした拍子に手が地面に着いた冷たく柔らかい感触に気付いたのは同時だった。

 手のひらを見る。付着していた所々の白い粒は、咲夜歌の体温でゆっくりと解けていく。その感覚を通して、夢ではなく現実であると理解した。


「雪……?なんで、私……」


 痛む体を強引に立たせ、辺りを見回す。葉が成っていない裸の木々。道の中央に位置する咲夜歌から、程よく離れた両脇に所狭しと生えている。そして、背中側。振り向くと、遠くに街から漏れる光が見える。

 辺りは月明かりが支配する夜の森。街の光は、支配から逃れるための道しるべ。


 一通りめぼしいものを見て、咲夜歌の脳がようやく本格的にこの状況を理解し始める。最近見せてもらっていた、異世界転移、という言葉が脳裏をよぎった。


「え……えっ……!ホントに……!?」


 まるで物語の主人公のような。都合よくそう考える頭だが、今のこの状況でそれ以外のことが考えられない。

 両手を口に添えて、不安と期待が混じる気持ちが無意識に足を動かす。


「そんなまさか……そんなまさか、そんな……っ!!」


 目の前に不意に現れた崖。座っている時に目線の影響で見えていなかったらしい。崖と、その先に広がる海。光が点々とする島々。月と星々を漏れなく映し出す紺色は、咲夜歌を不意に震わせた。


「さ、寒っ……!」


 突如吹いた風だった。想定以上に感じる寒さで両手が反対側の両腕を掴むと、踵を返して街の明かりを目指し始める。

 自身の置かれた状況を改めて認識する。今は異世界転移がどうとかではない。身の安全の確保だ。森の中では凶暴な動物がいる可能性は否めないだろう。


 咲夜歌は、雪の積もる地面を滑らないよう、かつ早足で歩を進めた。



 *



 やがて街灯が多くなり、街並みも鮮明に見えてくる。木造で建てられたいくつもの家が連なっている。そこに住む人達が雪かきしたのであろう背丈ほどの雪が道の両脇に積もっていた。

 夜が深けているからか、外には誰もいなかった。あるのは、家の窓から漏れる明かりのみ。どこかしこも静まり返っており、生き物の気配すら感じない。


 眠る家々を見渡し、どうしたものかと白いため息を吐いた時、やけに生き生きとした色合いの家を見つける。


「あ……あそこなら……!」


 何故か、数ある家の中で特別な何かを感じ取る。他の家よりカラフルな塗装をしているからか、あるいはそれ以外の何かか。とにかく、咲夜歌はその家主に助けを求めようと玄関のドアをノックした。


 だが、やはり家主は眠っているからか、扉は開くことなくそこに佇む。


「どうしよう……」


 振り向いて、他の家を見る。だが、どれもこれも同じ。死んだように眠るみんな。そろそろ寒さが芯に堪えて、体が震え始めた。


 そんな時。背後からドタドタとやかましく鳴る足音。迫ってくるように音が大きくなった直後。




 ガチャッ!!




 背後の扉が勢い良く開いた。チリンチリン。扉に着いていた鈴が小粋に鳴る。


「大丈夫ぅ!?そんな寒くして!」


 少年のような明るくて若い声が聞こえた。助かった。安堵した息と共に振り向くと、そこには咲夜歌を心配そうに見つめる、先程まで寝ていだであろうパジャマ姿の犬獣人が立っていた。



 はっ、と息を飲んだ。



 つぶらな瞳。三角に立った耳。薄茶色と白、時々黒の混じりの被毛。心配が勝って垂れ下がる尻尾。そのどれもが、人外好きな咲夜歌にとっては、いい意味でも悪い意味でも、心を壊すのに必要なものである。

 寒さはとっくに置き去って、興奮が体を熱くする。感情の昂りを抑えられず、その瞬間には目の前の獣人に向かって飛びついた。



「も、もふもふだあああぁぁ〜〜!!!」


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