第8話 迫りくる影
「また来るよ、シズナ!」
カケルの声とともに、私の目の前に広がる空が不自然に歪み始めた。
影のような存在が、再びこの世界に干渉しようとしている。
「こんなにすぐ次の試練が……?」
ユイちゃんが不安そうに私の隣でつぶやいた。
アリスが言っていた通り、私が自分の力を必要とすれば、それを試すための敵が現れる。
私のスキルが試練を呼んで敵を出現させている。認めたくないけれどこれが現実なのだろうか。
でも、こんなに間を置かずに次の敵が来るなんて――
「シズナ、今回は前みたいに手加減しない方がいい。相手が何者かわかる前に、全力で叩くぞ!」
カケルが自分の武器を構える。
その表情は真剣そのものだった。
私はゴクリと唾を飲み込み、手を握りしめる。
正直、まだ体が重い。前回の戦いの疲れが完全に取れていないのに、もう次の戦いが始まるなんて。
「やるしか……ないよね」
私はゆっくりと息を吸い込み、手のひらに意識を集中する。
青白い光が再び集まり、私の指先から小さな光の粒となって散っていく。
そして、その瞬間――
「出た!」
ユイちゃんの叫びとともに、影が完全に形を成した。
前回の敵とは違う。今回は――
「人型……?」
私は思わずつぶやいた。
黒い影は、まるで人のような形をしていた。
二本の足、腕、そして顔のようなものまである。
「おい……なんかまずくないか、これ?」
カケルが低く言う。
「うん……前のやつより、ずっと……『強い』」
二人の言う事が私にも分かる。
私達は相手を見つめるだけで、体の奥底から寒気を感じていた。
前の影とは明らかに違う。
こいつは、ただの試練というトレーニング相手なんかじゃない。
本気で私を潰しにきている――そんな気配を感じた。
「……試す」
その黒い影が、初めて言葉を発した。
「試す……?」
私たち全員が驚きに包まれる。
影が話すなんて、思ってもみなかった。
「……強さを」
その言葉とともに、影の手に漆黒の剣が現れた。
「うわっ、まずいぞ! あいつ武器持ってやがる!」
カケルがすぐに反応し、私たちの前に立つ。
だけど、影の動きは私たちの想像を超えていた。
シュンッ――
空気が揺れたかと思った瞬間、影が一瞬でカケルの背後に回り込んだ。
「カケル、後ろ!!」
ユイちゃんが叫ぶ。
「なっ……!?」
カケルが振り返るよりも早く、影は剣を振り下ろす――
「くっ……!」
私は無意識に手を動かし、カケルを押しのけると同時に、光の障壁を作り出した。
カンッ!!
剣が障壁に当たり、火花が散る。
「間に合った……!」
よく分からないけどスキルは私の必要とする物を用意してくれる。試練も能力も私の為に現れると言わんばかりに……
私がほっとしたのも束の間、影は私に向き直り、無表情のまま再び剣を振りかざした。
シュッ――!!
「!!」
私は反射的に後ろへ跳び、ギリギリで回避する。
「シズナ! お前、やればできるじゃないか!」
カケルが驚きの声を上げる。
「え? い、いや、今のはたまたま……!」
「たまたまじゃねえよ! 完全に見切ってたぞ、今の攻撃!」
そんなこと言われても、私は自分の動きがどうなってるのかよく分かっていなかった。
でも、確かに体が勝手に動いていた。
それに、影の動きが、まるでスローモーションのように見えていた気がする。
「シズナ……あんた、やっぱり本当に『最強』なんじゃない?」
ユイちゃんがぽつりとつぶやく。
「そんなわけないってば……!」
私は否定したけれど、心のどこかで違和感を覚えていた。
確かに、普通ならカケルですら対応できない攻撃を、私は直感だけで避けた。
でも、そんなはずはない。私はただの、普通の――
「試す」
影が再び言葉を発し、今度はさらに大きな力を解放した。
「シズナ、こいつ……本気になりやがった!」
カケルが警戒する。
「さっきより、速くなる……!」
ユイちゃんも焦る。
「くるよ!」
私は再び青白い光を手のひらに集め、迎え撃つ準備をした。
もう迷っている暇はない。
この敵を倒さないと、次には進めない。
「やるしか、ないんだよね…!」
私は決意を固め、影へと飛び込んだ――