第99話 名もなき冒険者
国王はさらにニヤリと笑い、俺に向かって言った。
「よかろう」
その一言に、広間の空気がピンと張り詰める。
「チェルシー伯爵、そして我が娘ユリアス。——貴殿が彼女を妻とし、この国を支え、貴族社会の風土改革の礎となれば、王国は安泰であろう」
一瞬の静寂の後、貴族たちの間から納得するような声が漏れ始める。
「なるほど……」
「それは良い考えだ」
「確かに、この者ほどの力があれば……」
だが、俺は答えなかった。
沈黙を保ったまま、ただまっすぐに国王を見つめる。
その様子をうかがいながら、国王はさらに続けた。
「当然、英雄バンダナ殿にも褒美を与える。婚姻を前提に、望みであれば爵位や領地も授けようぞ」
広間に微かなざわめきが走った。
俺はやれやれと肩をすくめ、そして、ゆっくりと首を横に振った。
「陛下。——私がこれまで姿を隠していた理由を、今ここでお話ししましょう」
その瞬間、広間の空気が凍りついたように静まり返る。
誰もが息を呑み、俺の言葉を待つ。
「一言で言えば……強大すぎる力です」
国王が目を細めた。
俺は広間を見渡しながら、静かに語り始める。
「悪魔と渡り合えるほどの力。それは、称賛や敬意だけでは済まされません。皆さんは……この力の意味を、本当に理解していますか?」
「…………」
誰一人、答えない。
「この力は、私が『悪魔』になる可能性を秘めているということです」
広間に、張りつめた緊張が走る。
「人は、強者に憧れ、敬意を払い……やがて、恐れ始める。崇拝は、いつしか疑念と警戒に変わる」
貴族たちは互いに視線を交わし、誰かが小さく唾を飲み込む音が聞こえた。
「私の存在が、近隣諸国に知れ渡ったらどうなると思いますか? きっとこう思うでしょう——『新たな脅威が生まれた』と」
その言葉に、国王はゆっくりと目を閉じ、思案するような表情を浮かべた。
そして、静かに問う。
「……では、貴殿が望む褒美とは?」
俺は一歩、前に出る。
「悪魔封印の記録から、私の名を抹消してください」
「!!」
「そして、私はこれまで通り、『名もなき冒険者』として扱ってほしい」
国王の顔に、驚きと戸惑いがにじむ。
「だがそれでは、貴殿の功績が……」
「私は、歴史に名を刻むために戦ったわけではありません」
俺は首を横に振る。
「私の存在が、王国にとって新たな火種となるのなら……それは本末転倒です」
「……バンダナ殿……」
国王が俺を見つめたまま、言葉を失っていると——
チェルシーが、軽いため息をつきながら口を開いた。
「スチュワート、やめないか」
「……?」
「バンダナの意思は固い。こうなったら、あたいでも説得は無理さ」
彼女は肩をすくめながら、ユリアスへと視線を向けた。
「ユリアス。婚姻は諦めよう」
ユリアスは、ゆっくりと頷いた。微笑みながらも、その瞳には寂しさが滲んでいた。
「……チェルシー様、わかりました」
その静かな声が、どこか胸に残るような余韻を残した——
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