第96話 優先すべきこと
スチュワート国王は静かに目を閉じ、一呼吸置いた後、厳かな声で言った。
「ならば、裁きを下さねばなるまい」
謁見の間に緊張が走る。王は玉座から身を乗り出し、鋭い眼差しでガーナ伯爵を見据えた。
「ガーナ伯爵。汝がインフェルナス教団の教皇であり、悪魔復活を主導したことは紛れもない事実。汝の行いは、この国に計り知れぬ災厄をもたらし、多くの民を危険に晒した。その罪は決して軽くない」
ガーナは静かに膝をつき、目を閉じる。
「すべては私の愚かさゆえのこと……どのような罰でも受け入れます」
王都の騎士団や魔道団の面々、そして貴族たちの間から、ざわめきが起こった。
「しかし、汝の功績もまた無視できぬ」
国王の言葉に、ざわめきが一瞬止まる。
「最終的に封印に力を貸したこと、この国の存亡に関わる戦いにおいて貢献したことは確かである。よって、汝の爵位を剥奪し、王都から追放。辺境の修道院に幽閉とする。生涯、その罪を悔い、償うがよいとする」
広間が騒然とする。死罪ではなく幽閉。厳しいが、ある意味で寛大な裁きだった。
ガーナは深く頭を下げる。
「陛下の寛大なる裁きに、感謝いたします」
次に、国王はチェルシーに目を向け、重々しく尋ねた。
「チェルシー伯爵、名もなき冒険者は何処におる?」
一瞬、場が静まり返る。
「それを知って、どうするつもりだい?」
チェルシーは鋭い視線で国王を見た。
スチュワート国王は穏やかに微笑みながら答える。
「賛辞を送ってやろう。その者は悪魔を封印せし者。この国の英雄だ。英雄には、それ相応の褒美を与えねばなるまい」
その言葉に、チェルシーは呆れたようにため息をついた。
「だからこそ、今回のようなことが起こったんだってこと、まだわからないのかい?」
場がざわめく中、国王の側近が厳しい表情で進み出る。
「チェルシー伯爵! 陛下に対して、そのような発言は許しがたい。不敬罪に当たりますぞ!」
しかし、スチュワート国王は手を軽く上げて側近を制した。
「よい。チェルシー伯爵は、幼き頃より私の教育者だった。きっと、本心からの言葉なのだろう……チェルシー、聞かせてくれ」
チェルシーは頷くと、腕を組んで王を見据えた。
「確かに、お前さんはこの国で一番偉い立場にあるさ。でもね、悪魔封印なんて誰にでもできることじゃないんだよ。あたいが言うのもなんだけど、彼はこの王国にとってはまさに救世主。いや、英雄だ」
「うむ……」
「それがわかっているなら、もっと敬意を持って向き合うべきじゃないのかい? あたいにはね、お前さんのその上から目線の物言いが、まさにこの王国の貴族社会そのものに聞こえるんだよ」
「……!」
「さっきの話を思い出しなよ。なぜ、ガーナは悪魔復活を目論んだのか? その教訓が、まるで活かされていないじゃないか」
国王はしばし考え込み、やがて深く息をついて静かに頷いた。
「……その言葉は、骨身にこたえる。予は常日頃から国民と向き合っていたつもりだったが、それは思い上がりだったのかもしれぬ」
「やっとわかってくれたようだね」
チェルシーは満足げに微笑むと、さらに続けた。
「それにね、お前さんも親なんだろ? 娘のユリアスを心配し、労うことが、あたいらへの褒美よりも優先すべきことじゃないのかい?」
国王はハッと息をのむ。
「国王としてではなく、一人の親として……それをしなければ、下々の気持ちなんて、一生理解できないよ」
「……そうであるな……」
スチュワート国王は目を閉じ、昔を思い返すように静かに頷いた。
「昔、チェルシーに教わったことを思い出したよ。礼を言う」
そして、ゆっくりと顔を上げると、ユリアス姫を愛おしげな目で見つめた。
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