第90話 教皇の正体
「パチパチパチ」
拍手の音が響く。
俺たちが振り返ると、そこにはエルフの女性が立っていた。
「これはお見事。悪魔水を使ったレオニクスたちを倒すとはね」
その顔を見た瞬間、チェルシーが驚愕する。
「なぜ、お前さんがここに……ガーナ……!」
ガーナ――思い出した。
あの晩餐会の夜、俺とチェルシーに絡んできたエルフの女。
結局、ダンスで打ち負かしたが、なぜあの時の彼女がここにいる?
ガーナは薄く笑った。
「チェルシー。隻眼の魔女チェルシー。二百年前、悪魔を封印した英雄チェルシー。元・エルフ王国フェイエリオンの第三王女チェルシー。誰もが一目置くチェルシー。そして――裏切り者のチェルシー」
彼女は嘲るように言葉を切り、目を細める。
「……もう、いい加減、その名を聞き飽きたわ」
チェルシーは静かに言い返した。
「言いたいことは、それだけかい?」
ガーナは呆れたようにため息をつく。
「ふん、相変わらず人の話を途中で折る人ね……私は、ずっと貴方が羨ましかった」
彼女はゆっくりと続ける。
「貴方は王家の姫、私は貧乏貴族。それなのに、同世代というだけでいつも比較される。チヤホヤされるのはいつも貴方だった。私のほうが知力も美貌もあるのに、生まれた瞬間から決定的な差がついていた……私は貴方に勝てない」
チェルシーは少し目を細め、低く答えた。
「なるほどね……それで、お前さん、誰かの立場になって考えたことはあるかい?」
「何?」
「私は、お前さんのことが、逆に羨ましかったよ」
「……何を言っているの?」
「皆があたいを見る目は『待望』の眼差し。けれど、それは期待と同時に、あたいを利用し、己の利益を得るためのものだった。それに、王家の血筋だから『できて当然』というプレッシャーの中で生きる日々が、どれほどのものか……お前さんは、想像したことがあるのかい?」
ガーナは鼻で笑った。
「そんなの、強者の言い訳よ。この世の弱者は、どこまでいっても弱者。決して立場が変わることはないわ」
チェルシーは静かに首を横に振った。
「……本当に、そう思うのかい?」
「私の思うことは……絶対よ」
ガーナは静かに、だが確信に満ちた口調で言い放つ。
チェルシーはやれやれと肩をすくめた。
「まったく、とんだすっとこどっこいだね」
「……何?」
「あたいが王家を去った理由が、まさにお前さんが思っていることさ。あたいは王家の力が影響しないように国を出て、グランバールに来たんだ。そこでは、ただの名もなき冒険者。数多の出会いを経て、カゲロウとタエコに出会い、パーティーを組んで悪魔を封印することができたのさ」
チェルシーはまっすぐにガーナを見据えた。
「知っているよ、お前さん。悪魔が復活した時、一目散に辺境へ逃げたそうじゃないか」
ガーナは悔しそうに唇を噛んだが、すぐに表情を取り繕った。
「……そうね、あの時は失敗したわ」
彼女は小さく笑い、ゆっくりと続ける。
「だから、今回は挽回するために仕組んだの。私も変わらないとね」
「だから、教皇になったのかい?」
「そうよ」
ガーナは優雅に髪をかき上げながら、愉悦に満ちた声で言った。
「ここで、貴方たちの運命は終わる。私が悪魔を復活させ、上にいる者たちや貴方たちを供物に捧げる。そして、集めた素材で封印すれば、今度こそ私が英雄になる。誰もが私の名を知ることになるのよ」
チェルシーは深くため息をついた。
「……狂ってるね」
俺は一歩前に出て、ガーナを睨みつける。
「おい、ガーナ……忘れたのか? チェルシーには、俺とユリアスがついてるってことを」
ガーナは薄く微笑んだ。
「バンダナ……本当に貴方は目障りな人ね。でも、それもすべて想定の範囲内」
そう言うと、ガーナは両手を上げた。
瞬間、足元に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
――そして、地獄より這い出るかのように、悪魔がその姿を現した――。
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