第87話 悪魔水
「このままいけば、王都騎士団と王都魔道団の勝利さ」
チェルシーの言葉に、俺は頷いた。
「チェルシー、ユリアス。行くぞ。俺は『隠蔽』で姿を隠して進む」
チェルシーはニヤリと笑いながら答える。
「神鎖の神殿……二百年ぶりだねぇ。あたいについてきな」
俺とユリアスはチェルシーに導かれ、神殿の奥へと進んだ。
封印の間へたどり着くと、すでに先客がいた。
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
その声の主は、赤き翼のリーダー、レオニクスだった。
その背後にはシーフのレイアード、魔術師のダリアナ、治癒士のエリナスが並んでいる。
「お前さんたちは……赤き翼だね」
チェルシーが冷たい視線を向ける。
「これは光栄ですな。悪魔大戦の英雄、隻眼の魔女チェルシー様。それに、グラングリオン王国第二王女、ユリアス姫」
レオニクスたちは皮肉たっぷりにお辞儀をした。
「ふん、随分と余裕じゃないかい」
「余裕? いや、そうでもないな」
レオニクスは肩をすくめて続けた。
「上の連中は魔法騎士団に敗れるだろう。貴重な悪魔水を分けてやったというのに、まるで役に立たん。まあ、その代わりに、俺たちがやるだけさ」
「ほう……あたいとユリアスは眼中にないってわけかい? 甘く見ていると痛い目に遭うよ」
チェルシーの隻眼が妖しく赤く輝く。
「これはこれは……隻眼の魔女の実力、試させてもらうとしよう」
その瞬間、ユリアスが動いた。
目にも留まらぬ速さで、治癒士エリナスと魔術師ダリアナへと迫る。
「『神速』、『タオ流奥義・刹那龍王拳』!」
龍王の咆哮のごとき一撃が放たれる。
「くっ……『鉄壁』!」
レオニクスは即座に防御魔法を展開するが――
ユリアスの拳がそれを粉砕した。
衝撃波とともに、エリナスとダリアナは壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。
「ちっ……こいつら、やるな!」
レオニクスの表情が一変した。
俺は静かに息を殺し、気配を断つ。
今こそ、この戦いの流れを俺たちのものにする時だ――。
チェルシーは余裕の笑みを浮かべ、レオニクスを挑発する。
「どうだい? うちのじゃじゃ馬娘の拳は。まさか、一撃で吹っ飛ばされるとは思わなかったかい?」
レオニクスは悔しそうに顔を歪め、唇を噛んだ。
「ふん、バンダナさえ倒せば簡単だと思っていたが……どうやら甘かったようだな」
そう言うと、レオニクスは懐から小さな玉を取り出し、床に叩きつける。
バァン!!
眩い閃光が周囲を包み込んだ。
俺たちは一瞬、視界を奪われる。
「くくく……この力だ!」
視界が戻ると、レオニクスたちはすでに悪魔水を飲み干していた。
彼らの身体は異様に赤く染まり、筋肉が膨れ上がり、不気味な気配を放っている。
「悪魔水かい……趣味が悪いねぇ」
チェルシーが吐き捨てた、その時――
「『テラ級・フレイムバースト』!」
悪魔水の力を得たダリアナが、巨大な炎の渦を巻き起こし、俺たちに迫る。
「『テラ級・アイスバースト』!」
チェルシーの氷の魔法が炸裂。
炎と氷がぶつかり合い、轟音とともに凄まじい爆風が封印の間を満たした。
氷と炎がせめぎ合い、壁や床が砕け散る。
だが、その混乱の中――俺は微かな殺気を感じ取った。
「ユリアス姫……命、もらったぜ」
「『黒閃突』!」
レオニクスの部下レイアードが影のように背後から忍び寄り、短刀を心臓めがけて突き出す。
「――させるかよ」
俺の声が響くよりも早く、体が動いていた。
「『獄炎乱撃斬』」
姿も音もない。
炎を纏った剣が一瞬で空間を切り裂く。
次の瞬間――
レイアードの体は燃え盛る獄炎に包まれ、そのまま灰となって崩れ落ちた。
「……っ! 何が……? 一体、何が起こった……?」
レオニクスの目が驚愕に見開かれる。
ユリアスは静かに拳甲を握り締め、俺の方を見て微かに微笑んだ。
「……ありがとう」
「礼はいい。ここからが本番だ」
俺は刀の柄を握り直し、燃え盛る戦場の中で次なる戦いに備えた。
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