第84話 拳聖の誕生
王都に着き、俺たちはまっすぐ王宮へ向かった。
「チェルシー伯爵、お待ちしておりました」
門番がチェルシーに深く頭を下げ、案内を始める。
広い廊下を進むうち、貴族や侍女たちの視線が俺たちに集まるのを感じた。
「チェルシー、俺たち、やたら注目されてないか?」
低く囁くと、チェルシーは小さく笑った。
「そりゃそうさ。あたいたちの動向を嗅ぎつけてる貴族連中も多いんだ。秘密にしたつもりでも、こういう場所じゃ噂は勝手に広がるもんさ」
「そうか……なら、俺は『忍び足』で姿を消すか」
「忍び足? 何を言って……」
俺がスキルを発動すると、装備の効果もあって完全に気配が消えた。
「こりゃたまげたね……あたいですら、かすかに感じる程度だよ」
「これなら都合がいい。もし王宮にインフェルナス教の潜伏者がいれば、俺が死んだと思わせられる」
「上手い考えだね。じゃあ、そのままついてきな」
チェルシーに導かれる形で、俺は気配を消しながら進んだ。
途中、部屋の前に立っていたダニエルがチェルシーを出迎えた。
「チェルシー様、お越しいただきありがとうございます。ところで……バンダナ様のお姿が見えませんが、まさか本当にインフェルナス教の手に……!」
「ダニエル、細かいことは後だよ。ユリアスがいる部屋に案内しておくれ」
チェルシーの声に、ダニエルは一瞬戸惑いながらも頷き、部屋の中へと案内した。
さらに本棚を操作すると隠し扉が現れ、その奥へ俺たちを導く。
隠し部屋の中には、ユリアスがいた。
顔には疲れの色が浮かんでいるが、目はしっかりと光を湛えていた。
「チェルシー様、お久しぶりです」
「ユリアス、大丈夫かい?」
「はい、私は大丈夫です。それに……『ムーンストーン』も無事に手に入れることができました」
そう言って、ユリアスは小箱を持ち上げ、中身を見せた。
神秘的な輝きを放つ石が、確かにそこにあった。
「よくやったね」
チェルシーはユリアスの頭を撫で、優しく笑った。
だが、ユリアスの表情が曇る。
「そういえば……バンダナ様はどちらにいらっしゃるのですか? まさか……うっ……!」
ユリアスの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
俺が死んだと思っているらしい。
その瞬間、俺は静かに気配を戻しながら姿を現した。
「ユリアス、心配するな。俺はここにいる」
ユリアスは俺の声に驚き、振り向いた。
その目は、涙で潤んでいる。
「バンダナ様! ご無事で……本当に良かった……!」
彼女は安堵のあまり、俺の胸に飛び込んできた。
その小さな体は震えていたが、その気持ちは痛いほど伝わってくる。
「すまない、心配をかけたな」
俺はユリアスを落ち着かせるように、そっと抱きしめた。
俺たちは席に座り、お互いの近況を話しながら束の間の平和を楽しんだ。
そんな中、ダニエルがふと口を開く。
「バンダナ様。その装備……もしや、カゲロウ様のものではありませんか?」
俺は静かに頷いた。
「やはりそうでしたか……。バンダナ様の忍び足、私でも気配を捉えることができませんでした。それに、その刀は……」
「そうだ。まだ使ってはいないが、昔から使っている愛刀のように馴染んでいる。不思議な感覚だ」
「それも無理はありません。カゲロウ様が異世界人であったように、バンダナ様も異世界人。同じ出身であることで、その刀がバンダナ様と共鳴しているのでしょう」
「……そうかもな」
俺は刀を見つめ、手に馴染む感覚を確かめた。
その時、ユリアスが俺とチェルシーを交互に見ながら、悲しげな表情で言う。
「バンダナ様の装備もそうですが、チェルシー様の装備もとても立派です……。私など、もうお二人と一緒に戦うことなんてできないでしょう……。あの頃が懐かしい……」
彼女の声はかすかに震えていた。
チェルシーはそっとユリアスに近づき、優しい笑みを浮かべる。
「ユリアス、そんなことはないさ。ほら、これを見な」
そう言いながら、チェルシーは空間収納から何かを取り出した。
それは、一対の輝くグローブと美しい軽装のクロークだった。
「これはね、タエちゃん――タエコの装備さ。あの子が、お前さんに託してくれたんだよ」
「これは……!」
「これが光り輝くグローブ『天光の拳甲』と拳法着の『破天闘衣』さ。これを装備すれば、お前さんの身体能力と魔素は数段アップする代物だ。タエちゃんは拳聖だったから、この装備はきっとお前さんの力になってくれる。さあ、装備してみな」
チェルシーの言葉に従い、ユリアスが慎重に装備を身につけると、彼女の体が眩い光で包まれた。
その光はしばらくの間輝いた後、ユリアスの体に吸い込まれるように収まった。
「こりゃ、たまげたね……! ユリアス、お前さん、ジョブが『拳聖』に変わったよ!」
チェルシーの言葉に、ユリアスも驚きながら自分の体を見つめた。
「はい……私にもわかります。まるで、英雄タエコ様の力を直接受け取ったような気分です」
ユリアスの体からは、チェルシーと同じような強力な魔素の波動が放たれていた。
それを感じ取った俺は、彼女の成長を実感し、微笑む。
「ユリアス、これで俺たちは対等だ。俺たちと一緒に戦おう」
「はい!」
ユリアスは涙を拭いながら満面の笑みを浮かべ、力強く頷いた。
彼女の目には新たな決意が宿っていた。
これで、俺たちのチームは再び一つになり、悪魔との決戦に向けて万全の態勢が整った。
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