第82話 5つの材料
目が覚めた俺は身支度を整え、執事に案内されて食堂へ向かう。
「調子は良さそうだね」
チェルシーが微笑みながら声をかけてきた。
「ああ、これもチェルシーのおかげだよ」
穏やかな朝食は久しぶりだった。これまで緊張の連続だったが、この静かな時間が重圧を和らげてくれる。そんな俺を見て、チェルシーは柔らかく笑った。
「やっと、いつものバンダナに戻ったようだね。食事を済ませたら、あたいの部屋に来な」
そう言い残し、彼女は食堂を後にする。
食事を終え、チェルシーの部屋を訪れると、テーブルの上にはいくつもの資料が広げられていた。チェルシーは資料に目を通しながら、俺に椅子を勧める。
「これから重要な話をするよ。ここに座りな」
彼女の真剣なまなざしに気を引き締め、俺は静かに席に座った。
「これまでのことを整理するよ」
チェルシーは資料を指しながら話し始める。
「悪魔復活のための魔法陣には、五つの材料が必要だ。『エーテル銀』が三個、『ムーンストーン』、『霊樹の樹液』、そして『魔素の核』と『愚者の金粉』だ。このうち、『エーテル銀』『魔素の核』『愚者の金粉』の三つは、お前さんがすでに入手済みだね」
俺は静かにうなずく。
「それと、『霊樹の樹液』だが、これはエルフの王国フェイエリオンにある神木から採れる貴重なものだ。ダニエルから連絡があって、スチュワート陛下が親書を送ったおかげで、入手に成功したとのことだよ」
「そうか……となると、残りは『ムーンストーン』だけか」
チェルシーは俺の言葉に頷きながら続けた。
「その『ムーンストーン』についても、ダニエルから報告があったよ。ユリアスが現在、順調に入手に向けて動いているとのことだ」
「そうか、それなら全てが揃いそうだな」
俺の言葉にチェルシーは一瞬ほっとしたように見えたが、すぐに険しい表情に変わる。
「そうだけど、あいつらも同じように材料を揃えている可能性が高い」
「それはないだろう。『ムーンストーン』は王家の血を引く者しか入手できないはずだ」
チェルシーは苦い表情で首を振った。
「あいつらには『ダークストーン』という代用品があるらしい。多くの信者の命を犠牲にし、その魂を礎に作られたという噂の代物さ」
その言葉に息を呑む。もしそれが本当なら、インフェルナス教はすでに悪魔復活の準備に入っているかもしれない。
「……そうか。急がなければならないな」
俺は改めてことの重大さを噛みしめながら、次の行動を決意する。
「ちょっと、待ちな」
急いで出ていこうとする俺を、チェルシーが引き留めた。
「お前さん、剣なしでどうするつもりだい。それに、防具だってボロボロで使いものにならないじゃないか」
言われてハッとする。レオニクスたちとの戦いで剣を洞窟に置き去りにし、防具もすっかり破損していたことを思い出した。
チェルシーは俺を真剣な目で見つめながら言う。
「これから大切なことを話すから、そこに座りな」
彼女の言葉に従い、俺は静かに椅子に腰を下ろす。
「悪魔大戦のことは知っているね」
俺は無言で頷いた。
「あたいは、カゲロウ、タエコと共に悪魔を封印した。その時に使った魔法が聖なる鎖――『サンクチュアリ・ケージ』だよ。その魔法と同じ仕組みの魔法陣を作るために、今回の素材が必要なんだ」 「そういうことだったのか……」
チェルシーの表情が陰る。悲しげな眼差しを俺に向けながら、言葉を続けた。
「あの時は、まだ魔法陣についての知識がなくて、直接魔法を使うしかなかった。でも、あたいひとりでは発動できなくてね……。結果として、カゲロウとタエコの魂を媒体にしてしまったんだ。それで魔法を完成させた。それ以来、ある者はあたいを英雄と呼び、ある者は卑怯者と呼ぶ」
チェルシーの声には後悔と苦しみが滲んでいた。
「そんなことはない」
俺はきっぱりと言う。
「確かに二人は犠牲になった。けど、それはチェルシーが卑怯だからじゃない。二人は覚悟を決めて、自ら犠牲になったんだ。それをとやかく言う奴のほうが卑怯だ」
俺の言葉に、チェルシーは驚いたように目を見開き、そしてじっと俺の目を見つめる。
「……その目は似ているよ。カゲロウにそっくりだ」
そう呟くと、彼女は空間収納から水晶玉を取り出し、俺に手渡した。
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