第72話 忍者
ユリアスが残りの素材について再び質問した。
「チェルシー様。残りの素材である霊樹の樹液、魔素の核、愚者の金粉はどこにあるのでしょうか?」
チェルシーはしばし考え込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「そうだね。霊樹の樹液はエルフの王国フェイエリオンにある神木から採れる貴重なものだ。幸い、スチュワート陛下が親書を書くと言っていたから、交渉次第で手に入る可能性は高いと思うよ。ただ、残りの二つ――魔素の核と愚者の金粉については……悪いけど、あたいにもわからない」
ユリアスの表情がわずかに曇る。
「そうですか……でも、これで私がやるべきことが明確になりました。まずはムーンストーンを手に入れてみせます!」
チェルシーは静かに頷き、励ますように言った。
「そうさ。できることから、一歩ずつ進むんだ」
ユリアスは真剣な顔で俺を見つめ、力強く言う。
「バンダナさん。ムーンストーンを手に入れた暁には、また一緒に冒険してくれますよね?」
そう言いながら、彼女は俺の手をぎゅっと握った。そのまっすぐな瞳に押され、俺は思わず答える。
「ああ、いいとも。」
ユリアスは満面の笑みを浮かべて喜んだ。
「よかった。それでは、チェルシー様、失礼します! ムーンストーン、必ず手に入れてみせます!」
チェルシーは彼女の勢いに苦笑し、肩をすくめる。
「全言撤回だね。じゃじゃ馬娘はまだ治ってなかったよ……」
その言葉に、俺たちは思わず笑い声をあげた。
「ははは!」
部屋いっぱいに笑い声が広がる。どこか張り詰めていた空気がほぐれ、俺たちはそれぞれの道へと歩みを進める覚悟を固めた。
ユリアスはすぐに王都へ向かうと言っていたが、休息も兼ねてベルギアが説得し、俺と一緒に泊まることになった。
夜、チェルシーと談笑していると、ダニエルが談話室に入ってきた。彼の顔はいつになく真剣だ。
「チェルシー様、バンダナ様、少々お時間をいただけますでしょうか」
チェルシーが顔を上げる。
「こんな時間に、一体何の話だい、ダニエル? ただの雑談じゃないって顔をしてるね」
ダニエルは深く息をつき、一つ頷いた後、口を開く。
「はい、それは忍者についてのことです」
その言葉を聞いた瞬間、チェルシーの表情が変わる。左目が一瞬、赤く光った。
「……どうして、あたいに忍者の話を持ち出す? まさか、妙なことを考えてるんじゃないだろうね?」
ダニエルは少し身を引き、神妙な顔つきで続けた。
「それは、バンダナさんが異世界から来た人物だからです。エアリアルワイバーンを討伐した後、私のジョブである『忍者』についてお話しした際、彼は既に忍者が何であるかを知っているようでした。そして、確認したところ、彼が日本から来たと聞いたのです」
チェルシーは静かに頷き、目を伏せて考え込む。そしてゆっくりと顔を上げ、ダニエルを見据えた。
「なるほどね、日本、か……。それで?」
ダニエルは力を込めた声で話を続ける。
「私が驚いたのは、日本という言葉が、忍者の祖である『カゲロウ様』と同じ地名であることでした。バンダナさんに忍者のすべてを学んでもらいたいと思い、その許可をチェルシー様にお願いしに参りました。」
チェルシーは眉をひそめる。
「どうしてそれをあたいに言う? ダニエル、お前さんが自分で教えればいいじゃないか」
ダニエルは真剣な表情を崩さずに答えた。
「それは、カゲロウ様とチェルシー様が200年前の悪魔大戦で共に戦った英雄だからです。忍者はカゲロウ様のジョブであり、そのすべてを教えるとなれば、カゲロウ様を知るチェルシー様の承認が必要だと考えました。そして、何より、バンダナさんはチェルシー様の愛弟子です」
チェルシーはしばらく黙り込む。そして深い溜息をついた後、口を開いた。
「……分かったよ、ダニエル。お前さんの言うことにも一理ある。でも、最後に決めるのはバンダナ自身だ」
そう言って、チェルシーは俺に向き直る。
「さて、バンダナ、お前さんはどうだい? 忍者の道を学ぶ気はあるかい?」
思いがけない問いに、俺は一瞬言葉を失った。しかし、やがて意を決して答える。
「まさか、こんな話になるとは思わなかった。でも……確かに、忍者には興味がある。それに、この世界で俺にできることが増えるのなら、やらない理由はないな」
チェルシーは俺の目をじっと見つめ、少し笑みを浮かべた。
「ふむ、相変わらずだね。お人よしなところは変わらない。でも、いいだろう。その意気なら、あたいも協力してやるさ」
ダニエルは深く一礼し、静かにこう言った。
「ありがとうございます、チェルシー様。そして、バンダナさん。忍者のすべてを教えましょう」
こうして、俺は忍者という新たな道を学ぶ旅へ、一歩を踏み出すことになった。
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