第46話 錬金術の極意
チェルシーに連れられ、錬金術の工房へ向かった。
しかし、着いた場所を見て思わず足を止める。
「あれ? ここって……トリッジ伯爵の屋敷じゃないか?」
「そうだよ」
チェルシーは肩をすくめて答えた。
「トリッジ伯爵は爵位を剥奪されて、屋敷も没収されたのさ。それをあたいがエドワード公爵から譲り受けたってわけ。まぁ、一人で住むには広すぎるけどね」
そう言って彼女は屋敷の扉を開け、中へと俺を招き入れる。
工房へ案内されると、そこは驚くほど整理整頓されていた。
素材や器具がきっちりと並び、無駄なものが一切ない。
「へぇ、随分と綺麗にしているな」
感心しながら辺りを見回すと、チェルシーが得意げに笑った。
「いいかい、覚えておきな。錬金術の第一歩は整理整頓だよ。これができないヤツは錬金術なんて無理さ。錬金術は魔法と違って『準備の芸術』なんだよ。どんなに腕が良くたって、材料がゴチャゴチャしてたら失敗するだけさ」
確かに、工房全体からはチェルシーの几帳面さと職人らしい気質が感じられる。
金属が焦げたような独特の匂いと、薬品の鋭い香りが入り混じり、いかにも錬金術の作業場といった雰囲気を作り出していた。
「さて、あたいがやることを、しっかり『ものまね』してみな」
そう言うと、チェルシーは手際よく作業を始めた。
水の魔石の表面に青白い液体を塗り、小さな玉を規則正しく貼り付けていく。
小玉が魔石の周囲に均等に配置されると、さらに液体を塗って、また小玉を追加する。
そうして球状に仕上げた後、最後にもう一度液体を塗り、専用の枠にはめ込んだ。
「これで完了だよ。簡単そうに見えるけど、小玉を均等に貼るのは意外と難しいぞ。さぁ、バンダナ、お前さんもやってみな」
俺は言われた通りに作業を始めた。
チェルシーの動作を思い出しながら、慎重に小玉を貼り付けていく。
しかし、予想以上に難しく、冷や汗が額に滲むのがわかる。
「うん、いい感じじゃないか」
チェルシーが時折アドバイスをくれながら、俺の作業を見守る。
「ほら、小玉と小玉の間隔を少し広げてみな。その方が安定する」
指摘された通りに調整すると、確かに形がしっかりと保たれているのがわかった。
いくつか繰り返すうちに、次第に手元の動きにも自信がついてくる。
「よし、あとはお前さん一人でやりな」
そう言うと、チェルシーは自分の作業に戻った。
彼女の手際の良さを横目で見ながら、俺は集中して球体を完成させる。
手に取ったそれは、わずかに輝き、確かに自分の手で作ったものだという実感が湧いてきた。
小さな達成感が胸に広がる。
何個目かを作っているときだったか、不思議な感覚が訪れた。
小さな玉を規則正しく貼り付けるうちに、次に貼るべき場所が自然と見えるようになり、頭の中で完成形がイメージできる。
どこを調整すれば理想的な球体に近づくのか、その答えが手に取るようにわかる。
こうして、歪みのない完璧な球体が次々と完成していった。
『準備の芸術』とはこういうことか――俺はそんな実感を抱いていた。
何気なく貼っていた玉も、すべて完成形をイメージしながら配置している。
どこに、どれくらいの間隔で、何個貼るべきか――それら全てが、事前の準備と見通しの上で成り立っているのだと気づく。
「これはおったまげたねぇ」
作業の途中、チェルシーが感嘆の声を上げた。
「途中で気が付いてたよ。お前さん、錬金術の極意に触れてるね。あたいが作った水花火と見比べてごらんよ。遜色ないどころか、完璧じゃないか!」
「そうだな……自分でも驚いてるよ」
俺がそう応じると、チェルシーはニヤリと笑った。
「魔法もそうだけどさ、お前さんの『ものまね』はとんでもない可能性を秘めてるよ」
さらに数十個の水花火を作り終えた頃、チェルシーが言った。
「数はこれで十分だね。さあ、ここからが本番だよ」
そう言いながら、水の魔晶石を取り出し、テーブルの上に置く。
「この魔晶石を使って、大型の水花火を作るよ。さあ、手伝っておくれ」
俺はチェルシーとともに作業を開始した。
不思議なことに、彼女が次にどこへ小玉を貼ろうとしているのかが、手に取るようにわかった。
そして、彼女もまた俺が貼る位置を理解しているようで、まるで息を合わせたかのように作業が進んだ。
「いいね、この調子だ」
阿吽の呼吸で進めた結果、立派な大型水花火が三つ完成する。
「これで出来上がりだよ」
チェルシーは満足そうに完成した水花火を見つめながら言った。
もしよろしければブックマークへの登録、応援をよろしくお願いします。
応援は下にある『☆☆☆☆☆』より押すことで可能です。
ブックマークも頂けると本当に嬉しいです。
作者のモチベーションになりますのでよろしくお願いします。