第12話 初めての魔法
チェルシーに連れられ、ギルドの地下にある訓練場へと足を踏み入れた。
広々とした空間は静まり返っており、周囲には誰の姿も見えない。
「ここはしばらく貸し切りにしたから、誰も来ないよ。さぁ、始めるよ。まずは、上半身裸になりな」
「なに!?」
唐突な指示に動揺する。
「いいから、その場で、さっさと脱ぎな」
襲われるのではないか…
そんな不安が頭をよぎるが、チェルシーの目は真剣そのものだった。
仕方なく、言われた通り服を脱ぐ。
「へぇ~、華奢な身体と思っていたら、これは鍛えている体だね」
チェルシーが感心したように言う。
確かに、以前の自分に比べれば筋力がついたと感じる。
スキル『成長補正』と『自然回復促進』の効果もあって、鍛えた記憶がない割には自分が驚くほど体が引き締まっている。
実際、先日装備がきつくなり、カナベルに調整してもらったばかりだ。
「脱ぎ終わったようだね。じっとしているんだよ」
チェルシーが左目を赤く光らせながら目の前に手をかざすと、異空間のようなものが現れる。
「どこにいったかねぇ~ あった、あった」
青いチョークのような物を取り出すと、彼女はチョークを握り、俺の体にじっと視線を送る。
「なるほど、特に異常はないようだね。これから、魔素路を描くから、じっとしていな」
彼女がチョークで体に線を描き始める。心臓を中心に、両手の指先に向かって線が伸びていく感覚がする。
「こいつは驚いたねぇ。全属性持ちとは…」
彼女はさらに線を描き足していく。
「さぁ、できた。あそこの鏡の前に立ちな」
鏡の前に立ってみると、青い線が心臓を中心に放射状に広がり、まるで体の内部を可視化したようだった。
「これがお前さんの魔素路だ。いいか、まずは、心臓に魔素を溜めてみな」
チェルシーが右手の指を俺の心臓に添えると、じんわりとした熱さを感じる。
「熱い…」
「筋はいいようだね」
指が心臓から右肩を通り、右の指先へとゆっくりと移動していく。
「熱いのが移動している……」
「いい感じだよ。さぁ、あの的に向けて、魔法を放つイメージをしてみな」
チェルシーが指差した的を見つめる。
イメージだ――異世界アニメで見た初期魔法を思い浮かべる。
「できたようだな。さぁ、やってみな」
勢いに任せて右手を掲げ、叫ぶ。
「うおおお、『ファイアボール』」
右腕から熱を感じた瞬間、火の玉が発射され、的に向かって一直線に飛んでいく。
「ドーン!」
轟音が響き、的が炎に包まれるのを確認した瞬間、全身から力が抜けて地面にへたり込んだ。
「うっ……なんだ、この疲労感……」
チェルシーは満足げに笑いながら近寄ってくる。
「上出来だよ、バンダナ。初めてにしては上々だね。けど、魔法は魔素をごっそり持っていく。これから耐性をつけていかないとねぇ」
初めて魔法を放ってから数日が経った。
その間、火、風、土、水といった基本属性の魔法を習得していった。チェルシーの指導は厳しいながらも的確で、着実に進歩しているのが自分でもわかる。
「驚いたねぇ。お前さん、いや、バンダナは本当に筋がいい。さすが、異世界人だねぇ」
「異世界人?」
不意に出てきた言葉に驚く。
「バンダナが異世界人だと、あたいにはすぐわかったさ」
「どうしてわかったんだ?」
「まず、初めての魔法であれだけの『ファイアボール』を放てるヤツなんざ、この世界にはいないよ。普通は、イメージを形にするだけで一年はかかるんだ。それをお前さんは、一瞬でやっちまった」
「そんなにすごいことだったのか……」
「そうさ。さすがにあたいも驚いたねぇ。こんなに驚いたのは、あの時以来さ」
「あの時?」
「バンダナが異世界人だから言うけど、実はあたい、過去に異世界人に二人会ったことがあるんだ。」
チェルシーの瞳に、一瞬だけ悲しげな色が浮かんだ。その瞬間に漂った沈黙が、彼女の言葉の重みを物語っているようだった。
「まぁ、昔の話さ。今はそれよりも魔法だよ。次は複合魔法の氷属性と雷属性さ。それから、闇と光。バンダナのことだから、すぐにできるだろう。チャキチャキ行くよ!」
「よし、やってやる!」
発破をかけられるたび、やる気が湧いてくる。気が付けば、次々と新たな魔法を繰り出す自分に驚いていた。
「『ダークボール』」
詠唱とともに放たれる魔法。轟音が訓練場に響き渡り、火花が舞う。その音の中で、チェルシーの厳しくもどこか優しい声が響き続けていた。
楽しくてやめられない。魔法を操る感覚がどんどん身体に馴染んでいく。
気付けば、チェルシーの指導がますます楽しく感じられるようになり、俺の声と彼女の指示、そして魔法の轟音だけが広い訓練場に響き渡っていた。
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