第1話 異世界転移
気がつけば、もう月末だ。
慌ただしく過ぎた日々を思い返しながら、ふと時計を見る。
「明日のために、早く寝るか」
そうつぶやき、俺はベッドに身を投げ出した。
疲れが溜まっていたのか、布団の温もりに包まれると、すぐに瞼が重くなり、そのまま深い眠りにつく。
──だが。
「おい、こんなところで寝ているな。起きろ!」
誰かが、俺の頭を小突いている。
眠気をこらえながら目を開けると、目の前の光景に驚いた。
確かに自宅のベッドで寝ていたはずなのに、なぜか冷たい地面に横たわっている。
霞んだ視界の中で周囲を見回すと、立派な城壁が目に飛び込んできた。
「大丈夫か!?」
「す、すみません。ここはどこですか?」
「はぁ? 何を言ってるんだ。ここはグランバール王国領 第二首都グラングリオンだ」
両目を擦りながら声の主を見上げると、思わず息をのんだ。
目の前に立っていたのは、西洋の近衛兵のような立派な鎧をまとい、腰に剣を携えた男だった。
「グラングリオン……?」
聞き慣れない地名に、胸の奥がざわつく。
「本当に大丈夫か?」
男は呆れたようにため息をつきながら、俺の肩を支え、ゆっくりと立たせ、じっと俺の顔を見つめる。
「お前、身なりがおかしいな。それに、どこか様子も変だ」
そう指摘され、俺はようやく自分の服装を確認する。
身に着けているのは、いつもの部屋着のジャージ──いや、それが普通のはずだろう。
……いや、違う。当たり前じゃない。
目の前の男は、まるで映画やゲームの中の兵士みたいな恰好をしている。
後ろに見える建物も、中世ヨーロッパ風の石造りばかり。
思考が混乱する中、男が言葉を続ける。
「とにかく、ここで突っ立っていても仕方ない。詰所へ連れて行くぞ」
訳もわからないまま、俺は男に腕を貸してもらいながら歩き出した。
詰所に入ると、数名の近衛兵がいたが、男が軽く顎を動かすと、彼らは静かに部屋を後にする。
「そこに座っていてくれ」
そう言い残し、男は奥の部屋へ向かった。
しばらくして、手に水晶玉のようなものを持って戻ってくる。
彼はそれを俺の目の前の机に置くと、真剣な表情で言った。
「これは鑑定の魔道具だ。今からお前が罪人かどうかを調べる。手をかざせ」
俺が指示に従うと、水晶玉が青い光を放ち始めた。
「……犯罪歴なし、男性、25歳、スキルは『全共通言語』だと! 間違いないな」
男は結果を確認し、隣に立っていたもう一人の男と視線を交わすと、頷き合う。
「さっきからボーっとしているが、本当に大丈夫か? 俺はグラングリオンの衛兵隊長、カナベルだ。こっちは副隊長のエドガーだ」
「は、はい……」
「名前は?」
名前を問われた瞬間、霧がかかったように本名が思い出せない。
必死に考えようとしても、頭の中は空白のままだ。
思い出せたのは、俺がよく遊んでいたVR RPGで使っていたキャラクター名──【バンダナ】だけだった。
「俺の名前は……バンダナだ」
その名を口にした瞬間、頭の中が急にクリアになり、冷静さを取り戻している自分に気づいた。
……何だ、この感覚?
カナベルはじっと俺を見据え、さらに踏み込んで尋ねる。
「よろしく、バンダナ。さて、率直に聞く。君は異世界から来た異世界人だな?」
真剣な態度を見て、俺は嘘をつくべきではないと判断した。
「そうです。俺は地球という星、日本という国から来た。どうやってここに来たのかはわからない。気がついたら、この場所にいた……」
俺の答えを聞いたカナベルは、深く頷く。
「やはりそうか。異世界人であることが確認できた以上、慎重に扱わねばならない」
そう言って、姿勢を正し、真剣な表情で言葉を続けた。
「バンダナ、君はこれから王都の客人として扱われる。だが、王都に報告が行くまでは、君が危険人物でないか慎重に見極める必要がある。その間、エドワード公爵の屋敷で監視付きではあるが、安全を保証しよう」
つまり、幽閉とまではいかないが、自由ではないということか……
俺は少し迷ったが、ここで逆らっても仕方がない。静かに頷いた。
馬車の窓から街並みを眺めると、人間以外に獣人やドワーフ、エルフたちが当たり前のように暮らしていた。
この世界で、俺はどうなるのか──
不安に押しつぶされそうな気持ちを抱えながら、俺はただ揺れる馬車に身を任せた。
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