2人の少女との邂逅
キバが悲鳴の聞こえた方向へ駆けつけると、そこには瓜二つな2人の少女の手を掴み連れ去ろうとしている大柄な男の姿があった。
男は御者の格好をしているがその立ち振る舞いはどう考えても人攫いそのものだ。
「おい、やめろ!」
そう叫びながら、キバは背後から素早く近づくと男の腕を掴みあげた。
「うっ、痛ぇっっ!!」
キバの強い握力に驚いた男は、思わず自らが掴んでいた少女の腕を離してしまった。
「このまま立ち去るなら見逃してやる、、だが、抵抗するならタダじゃおかないぞ」
キバはそう言いながら、御者の手をさらに強い力で握りしめる。
腕からミシミシと嫌な音が鳴り始めると、御者は顔を青ざめ始めた。
「ひっ、、」
怯えた顔をした御者は捨て台詞も吐かないまま、キバと双子の少女の前から姿を消した。
「卑怯者が、、」
走り去る御者の背中を見ながらキバがそう吐き捨てる。
そうして何もない荒野に、双子の人間の少女とキバだけが残された。
「何とか間に合ったみたいだな、、」
恐らく馬車の中にいた母親が言っていた双子の少女とは、この子達のことだろう。
彼女たちは2人とも美しい黒髪で、くりっとした瞳が非常に印象的だった。
まだ幼いながらも、母親同様にどことなく高貴な雰囲気を纏っている。
獣人のキバであっても、この双子が人間の中で美しい部類に入るだろうことは容易に想像できた。
そんな2人は攫われかけた恐怖からか、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
男に対して必死で抵抗したのであろう、ヒラヒラとしたレースがあしらわれた可愛らしい洋服は土で汚れてしまっていた。
「お前たち、大丈夫か?」
「・・・」
キバが双子に尋ねるが、2人はきょとんとしたままキバのことを見つめている。
「おい、、聞こえてるのか??」
「・・・おとうさん、、」
双子の片割れが小さい声で呟くが、よく聞き取れなかったキバが尋ね返す。
「・・あなたがわたしたちのおとうさん?」
「いや、俺はお前たちのお父さんじゃないぞ、お前たちの母親に頼まれて、お前たちのことを探しにきたんだ。」
「うそだ、おかあさんいってたもん。これからあたらしいおとうさんに、あいにいくって。」
「あなたが、わたしたちの、あたらしいおとうさんなんでしょ??」
「だから、わたしたちのこと、たすけてくれたんでしょ??」
2人に矢継ぎ早に迫られ、キバは思わずたじろいでしまう。
「いいか、俺はお前たちの新しいお父さんじゃない、ただの通りすがりなんだ。お前たちは早く、、」
双子に母親のところへすぐ戻るように伝えようとして、キバは彼女たちの母親がすでに亡くなっているであろうことを思いだした。
「そうだ、そんなことより、おかあさんはだいじょうぶなの?」
「おかあさん、わたしたちのことをまもろうとして、、おけがしちゃったの、、」
「おかあさんはどこ??」
双子が急に慌てながらキバに尋ねてくる。
「それは、、」
まずいことになった、とキバは内心感じていた。ついさっき出会った全くの赤の他人であるはずなのに、何故だかこの子達の母親が死んでいることを伝えることが出来ない。
そんなことをこの2人が知ったらきっと深く傷ついてしまう。そう考えたキバは、気がつくとひどく出鱈目な嘘を口に出していた。
「お前たちのお母さんは俺の仲間が面倒を見ている。だからきっと大丈夫だ。」
そう伝えると2人は目を輝かせていた。
「ほんと!よかった!!」
「おかあさん、ぶじだったんだね!」
安堵する2人を他所に、キバは自身の脳をフル回転させていた。
取り敢えず2人が馬車に戻らないようにしなくてはならない。
そう考えたキバは、2人にある提案をすることにした。
「おい、お母さんが早く元気になるように、お母さんの好きなお花か何かを探しに行かないか?」
双子はキョトンとした眼差しでキバのことを見ていたが、キバの言葉の内容を理解すると2人の顔には笑みが広がっていた。
「いいね!」
「そうしよう!」
そうして2人の少女を連れ、キバは馬車の横たわる方角から離れるようにしてゆっくりと歩き始めたのであった。