序章
「おい、飯ができたぞ、早く降りて来い」
深く大きな谷の底で、人間のものとは少し違う、しゃがれた声がこだまする。
「「はーい!!」」
それに応じるは、鈴の音の様に美しい凜とした二つの声。
「今日のご飯は何かしら?」
「肉じゃなくて、お野菜があるといいね!」
楽しそうに会話をしながら瓜二つの双子の少女たちが降りて来た。容姿端麗な二人は綺麗な黒髪をたなびかせ、毛皮であしらわれた服に身を包んでいる。身体全体が土埃で汚れているものの、その程度では二人の美しさを隠すことは出来ず、むしろ溌剌とした印象を与え、魅力的にすら感じさせる様であった。
「すまんな、今日も肉料理なんだ。柔らかくなる様に煮込んだから許してくれないか」
しゃがれた声の持ち主はバツが悪そうに答えた。
「分かったよ、ならしょうがないね。いただきま〜す!」
「お父さんいつも頑張ってるしね。大丈夫だよ!いただきま〜す!」
食べ盛りの少女たちは、服に汁が飛び散るのもお構いなしといった様子で、勢いよく煮込み料理を食べ始めた。
可憐な少女を見守る男。
人間の中でもかなり大きめの部類に入る様な筋肉質な身体には、狼の様な美しい体毛がたなびいていた。
「今日は俺がお前たちと出会ってから5年目の記念日だ。たくさん食べろよ」
「うん、お父さんいつもありがとう!!」
「私、お父さんが私たちのことを見つけた時の話をいつか聞いてみたいの!!」
二人が同時に返答をよこしてくる。
「見つけたんじゃなくて、出会ったと言えといつもいっているだろう」
日常に溢れる困った光景に思わず獣人の口元に笑みが溢れる。
「そうだな、お前たちにもそろそろ話してやった方がいいのかもな」
ぼそりとつぶやいたその声に双子が嬉々として反応する。
「「え!!ほんとに!!」」
双子は目を輝かせ思わずに"お父さん"に詰め寄った。
「分かったから早く食べなさい、話はそれからだ」
そう伝えると、双子は目を輝かせながら一心不乱に料理を食べすすめていった。
「この話をするのはなんだか緊張するな、何から話せばいいことやら、、」
獣人は思案する。そして思い出していた。
この双子の少女と出会い、人間側の領土と獣人側の領土を分断する谷底で暮らし始めた5年前のことを。
これは、国を捨て双子の少女と共に生きることを選んだ"ある獣人"の物語である。