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恋する恋禁術士  作者: 藤白すわ
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第7話『異端審問会』


 広く、薄暗く、まるで劇場のような舞台がある。

 アイオセンの地下本部。その中でも最も多くの人数を収容し、主に全体集会などで使われる場所だ。一応は多目的ホールという名前もあるのだが、構成員たちは別の名前で呼んでいる。

 異端審問の間。

 客席には多くの構成員が並び、出席率は八割を超える。出入り口には厳重な警備が敷かれ、決して逃げられないよう細心の注意をはらっていた。勿論、それらは全てただ一人の為に行われている。

 薄暗いホール。その中で、スポットライトを浴びる一脚の椅子。ここにこれから座る人物こそが、この審問の主役である。


「渡辺が……俺、信じられねえよ。一生彼女はつくらないって、一緒に約束したじゃねえか!」

「でもあいつ、マラソン大会でもそう言ってスタートと同時に俺たちを置いていったよな?」

「わたな、わた、わなべぇぇぇぇぇ」

「ああっ! 高城君が野生にかえった! 鎖持って来い!」


 客席のあちこちから悲鳴が聞こえてくる。ベテランの構成員はこういう事もあると達観しながらも、決して寛容な目つきではない。一方、若者の構成員は自分だけ羨ましいじゃねえかという嫉妬が渦巻いていた。女性は女性で、規則を破った渡辺に対して怒りを覚えているようだ。

 共通しているのはただ一つだけ。渡辺許さねえ。


「お静かに。では、これより渡辺光秀の審問会を行います。まずは首領の挨拶から」

「え、なにそれ。聞いてない」

「こういうのも有った方がいいかと思いまして。さあ」


 史上最悪の無茶振りだった。いきなり数百人を前にして、演説をしろと言う。そんな事を言われても、思い浮かぶのは渡辺許さないだけ。だからといって、これをそのまま言うのは首領としてどうなのだ。浮かんだ疑問が首領の口を閉ざした。

 だが幸か不幸か、その沈黙はまるで同胞の裏切りに心を痛めているように見えた。客席の間を緊張感が走り抜けていく。ホールに響くのは、構成員たちの唾を飲みこむ音だけ。

 やがて首領は顔をあげ、厳かに手を挙げた。


「今宵、この地上から渡辺という人物は消えるだろう」

「言い過ぎです」


 首領の言葉に客席の渡辺達がざわめいていた。篠山の冷静な指摘がなければ、危うく全ての渡辺を敵に回していたところだ。


「だから急に振るなと言っただろうが。俺はアドリブに弱いんだ」

「分かりました。首領の御言葉はこれで終わりと。では、次に被告人である渡辺光秀をここに」


 葛野に連れられ、渡辺がやってくる。青ざめた表情は見るだけで痛ましく、どれだけ苦悩したのか頬は痩せこけていた。足取りもおぼつかなく、今にも悲壮感で死んでしまいそうだ。

 そう表現出来れば、どれだけ良かったか。

 風を肩できりながら、どこか客席の連中を小馬鹿にしたような態度で現れる渡辺。その彼を拘束しているのは葛野。おっぱいの大きい葛野に触れれば、並の男子高校生は赤面するというのに。これぐらい慣れてますよ、と言っているような余裕の表情だ。

 どさりと横柄な態度で椅子に座り、不敵な笑みで構成員たちを見下ろす。


「で、なんすか?」


 純朴な渡辺は死んでいた。そこにいたのは、妙にチャラい渡辺だった。

 もうこの時点で有罪にしても許されると思う。


「俺、これから彼女とデートがあるんすけど。こんな事してる暇とかないんすよね。実際。マジで」


 ヘラヘラと笑いながら言われ、激昂しない者がこのホールにいようか。沈着冷静な篠山ですら、こめかみに青筋を立てていた。ホールの天井に座る不知火も動揺を隠せず、飲んでいたお茶が重力に負けて落下してくる。下にいた首領にかかり、悶絶させたのも渡辺の所業と言ってもいい。


「そろそろ髪も染めたいし、時間ないんすよ。もう行っていいっすかね?」


 坊主頭が何か言っていた。その髪が染まるとしたら、せいぜい血の赤ぐらいだろう。

 当然、篠山は首を左右に振る。


「駄目です。当人は罪を認めているようですが、まずは彼の罪状について改めて検証する必要があります。こちらをご覧ください」


 舞台上の巨大モニターに、一枚の写真が映し出される。

 そこには仲良く手を繋ぎ、笑いながら歩く渡辺と女子高校生の姿があった。1年生というだけであって、どこか初々しい素朴な少女が映し出されている。

 客席のあちこちから悲鳴があがった。気の弱い者に至っては失神している。


「馬鹿な! 正気か渡辺!」

「付き合ってすぐに手を繋ぐだと! やつめ、政治家か!」


 構成員の怒号もどこ吹く風。渡辺は飄々としている。

 首領も一瞬意識を持っていかれそうになったが、この写真の本質はそこではない。


「注目すべきはこの部分。この繋いでいる手です。これはいわゆる、恋人繋ぎですね」


 ただ手を繋いでいるだけなら、拉致や誘拐という可能性もあった。あるいは勧誘という一縷の希望もある。まだ情状酌量の余地はあったのだが。

 だが、恋人繋ぎで拉致る人間がいるはずもない。弁解の余地はどこにもなかった。

 首領は天を見上げた。再び熱いお茶が落ちてきた。

 顔で受け止めて、悶絶したのは言うまでもない。


「だから言ってるじゃないですか、俺は別に否定しないって。そうっすよ。俺と彼女はもう付き合ってるんで。あざーっす」


 挑発ともとれる言動に、最早同情する者はいない。それでも堂々としている辺り、肝が据わっているのか恋が恐怖を目隠ししているのか。いずれにせよ、渡辺の運命はもう決まっている。

 彼は忘れてしまったのではなかろうか。ここはアイオセン。恋愛撲滅の総本山ということを。


「首領」

「ああ」


 渡辺の前に立ちはだかる。さすがにビクリと身体を震わせたものの、彼とて異端審問の掟は知っているだろう。直接的な暴力は禁じるという、あの掟を。

 一度でも手を出してしまえば、そこに待っているのは被告人への凄惨なリンチだ。怒りは容易く人の判断力を奪い、予期せぬ結果を招いてしまう。本部でそんな暴力沙汰を起こすわけにはいかない。かといって、裏切り者を許すこともできない。

 ならばどうするか。決まっている。

 別れさせるのだ。


「パソコンの中身を全公開の刑に処す」

「お、お待ちを! 首領! どうかお待ちを!」


 あれほど平然としていた渡辺が、血相を変えて首領に飛びついた。


「無論、公開するのはお前の彼女にだ」

「お願いします首領! それだけは! それだけは何卒ご勘弁を! 俺のDドライブは決して開け放ってはいけないパンドラの箱なんです!」

「よし、それなら最後に希望があるな。公開してこい!」

「いやああああああああ!!」


 駆けだす不知火。しばらくして、渡辺の元にメールが届いた。それを見た彼が完全に崩れ落ちた様子から見て、刑は見事に執行されたのだろう。どれだけの中身があるのかは気になるところだが、そこまで暴くほど首領は鬼じゃなかった。


「こ、こんな事が許されるのかよ!」


 悲しみはやがて怒りに変わる。涙に塗れた表情を歪め、渡辺は首領を、そして構成員たちを睨みつけた。


「お前らは結局、俺が羨ましいだけだろ! 幸せになろうとしてる俺が! それなのに、こうして横から茶々入れて邪魔するのがそんなに楽しいのかよ! あんたら全員最低だ!」


 若い世代には動揺している者もいる。

 ただベテランは全く動じていなかった。これは誰もが通る道なのだ。


「俺はもうアイオセンをやめる! こんな組織にいるから恋人ができないんだ!」


 ホールに渡辺の叫び声が木霊する。誰も何も言わなかった。

 実際、首領もそう思っていたので特に反論できる余地はない。それを承知の上で、みんな頑張って恋人を破滅させているのだから。


「恋愛ってのは素晴らしいもんなんだよ! それを妨害するのは人間の屑のやることだ!」

「あ、ちなみに彼女には本命の彼がいますよ。同じ女子高の教師です。あなたとの付き合いはあくまで、それを隠すためのフェイクですね」

「恋愛なんて糞くらえっすね! アイオセン最高!」


 そしてこの手のひら返しである。


「ちなみに篠山、それマジか?」

「マジです。なんなら証拠の写真もありますが」


 恋人つなぎでホテルへ入る女子高校生と大人の男性。そこに純朴そうな少女の姿はなく、妖艶な一人の女性が映し出されていた。

 渡辺は膝から崩れ落ち、そのまま寝転がった。


「ハンバーガーというのを食べたことがないから、奢ってくれないかってのも全部嘘だったのか!」

「真実に気付けて良かったじゃないか。ダミー君」

「ちくしょう!」


 男が奢るのは当然じゃないかと、構成員の中にいる女性たちの声が聞こえてくる。そんな考えでいいのかと思いつつ、そんな考えだからアイオセンにいるのかもしれない。転校生も心の奥底ではそう思っているのだろうか。

 首領は首を振った。いや、そんなわけがない。あんなお嬢様みたいな良い子が、裏ではこんな風に暴れん坊将軍してるものか。

 これは例外。あくまでごく一部の話。転校生には当てはまらない。ハンバーガーだって食べたことないはずだ。

 首領はうんうんと頷き、渡辺の側に座り込んだ。


「その怒り、改めてアイオセンの為に燃やすのだ。よいな、渡辺?」

「はい首領! この渡辺、もう二度と迷いません! 必ずや恋愛をこの世から抹殺し、全てのカップルを破局させてやりましょうぞ!」


 怒りに燃える渡辺の瞳。この分ならば、当分は裏切ることもないだろう。いかんせん若い男性ゆえに、熱が冷めればまた同じことを繰り返すかもしれないが。その時はまだ異端審問を開けばよいのだ。

 もしも自分と転校生が付き合いだしたら、こうやって裁かれたりするのだろうか? ふと、そんな疑問もよぎったか無視した。異端審問が怖くて怖気づくぐらいなら、最初から恋愛しようなんて思わない。

 その時は組織の全てを相手どってでも、幸せな恋愛をしてやる。

 首領はヘルメットの下でほくそ笑んだ。


「成功確率は0%ですが、何かの間違いで成功したら全力で破局させますので。お忘れなきように」


 背後の篠山が釘を刺してくる。表情も見えないのに、エスパーかこいつ。

 ついでに天井から三杯目のお茶が落ちてきたことも追記しておく。


「では異端審問会はこれにて閉会とします」


 ヘルメットが緩んでないか確かめながら、篠山の宣言で異端審問会は幕を閉じるのであった。

 ちなみに渡辺は近所の喫茶店で荒れに荒れ、出入り禁止をくらったのは言うまでもない。












 ベッドに横たわり、身体を伸ばす。何度もそうしているはずなのに、悲鳴をあげるのはやはり甲冑の重さゆえか。

 慣れ親しんだ自分の部屋。ここにいる時が一番落ち着く。急な来客の為に、甲冑を脱ぐわけにはいかないのだが。だとしても、やはり長年住んでいる部屋というのは心が温まるものだ。


「異端審問か……」


 こちらがどう思ったところで相手の気持ちというのはある。渡辺のように弱みを転校生にバラされたら。どうしたって転校生との恋愛関係は終わりを迎えるだろう。まだ始まってもいないが。

 幸か不幸か、転校生には正体がまだバレていない。自らの弱みと言われて、真っ先に思いつくのは自分の正体である。これをバラされたら、破局は間違いないだろう。

 だがいずれバレる事を思えば、今のうちに明かしておいた方がいいのではないか。そんな考えも頭をよぎる。

 ベッドから起き上がり、窓を開けた。こうして考えていても仕方ない。


「おーい、篠山」


 時刻は0時を周った頃。隣の家の灯りは消えているし、おそらく寝ているのだろう。

 ガラリと開いた窓から、ナイトキャップをつけた金髪のイケメンが顔をのぞかせる。パジャマは勿論水玉だ。本当、こいつが女の子なら大歓迎なのに。


「……なんですか、こんな時間に。明日が休日だからってはしゃぎすぎでしょう」

「一つだけ質問していいか。お前、付き合ってた女の子に隠し事されたことってあるか?」


 目を擦りながら、欠伸を噛み殺す篠山。


「ありますよ。私を大好きと言っておきながら、裏では適当に因縁つけて離婚してやろうと企まれていたことが」


 予想外に重すぎる。だが、篠山の恋愛経験はどの時代も大体こんな感じである。だからこそアイオセンを結成したわけだ。


「やっぱり隠し事されたら嫌なもんか?」

「限度がありますけど、そりゃ良い気分はしないでしょう。なんですか、首領。また告白してフラれたんですか?」

「フラれた事なんて一度もない。俺には不釣り合いな相手だったんで、こっちから身を引いたんだ」

「守るほどのプライドもないでしょうに。ふわぁ……もういいですか?」


 普段ならしつこいぐらい追及してくるくせに、眠気には勝てなかったか。窓ガラスを閉められた途端、辺りに静寂が戻ってくる。

 篠山の意見とはいえ、言っていることに間違いはない。首領とて、隠し事をされていたらあまり良い気分にはならない。それはそれとして告白するし、それはそれとして付き合うけれど。引っかかるのは事実だ。

 であれば、転校生も同じではないか。後々になって、実は俺って恋愛撲滅組織の首領なんだよねとか言ったらドン引きである。

 いや、最初から言ってもドン引きではなかろうか。


「ううん……」


 しばし考え込んだ後、再び窓を開けた。


「篠山ぁ!」

「なんですか、明日にしてください!」

「俺、アイオセンの首領やめる!」


 舌うちした篠山は引っ込み、小瓶を持って戻ってきた。それをこちらの部屋へ放り投げる。そのまま窓を閉めたかと思えば、何の言葉もなくカーテンも閉めた。

 ベッドに落ちているのは睡眠薬の入った瓶。


「……寝て言えと?」


 寝言じゃないのに。


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