第5話『委員会と非常口』
「九条聖。十六歳。誕生日は十一月十一日。血液型はA型」
「スリーサイズは?」
首領の質問に不知火は冷めた目で答える。
「それは関係ない」
これだ。どうしたもんか、と会議室を見渡してみる。
自分の他には篠山、葛野、スケアクロウだけ。だがいずれにしたところで、同意を得られそうな表情はしていなかった。どういうことだ。ここにいる連中は、女性のスリーサイズが気にならないのか。
唖然とする首領をよそに、不知火は続ける。
「前の学校では成績優秀、品性方向で通っていた。彼女を悪く言う学生は少ない。いたとしてもほぼ嫉妬。次期生徒会長も間違いなしと言われていた」
「親はどうなんだ? 親の都合で転校してきたと言ってたが」
不知火は黙りこくる。
急に口を閉ざした為、皆が頭の上にハテナマークを浮かべた。
「話しても問題は無いと思いますが」
篠山に急かされ、ようやく不知火は口を開く。
「彼女の父親は九条剛三。少子化解決委員会の委員長をやっている」
ざわり、と部屋の雰囲気が一転した。委員会はアイオセンの天敵。これまでも何度となく死闘を繰り広げてきた。剛三はその組織の親玉。いわば、アイオセンにとって最大の敵だ。
その娘が同じクラスにいる?
「首領もそれをご存じだったから、彼女を詳しく調べさせたのでしょう?」
「いや、俺もいま初めて知った」
「え? じゃあどうして彼女を調べさせたんですか?」
言うべきか、言わぬべきか。だが、ここで誠実な方が絶対にモテる。
吐いていいのは優しい嘘だけだと雑誌にも書いてあったし。
「実はな、あの転校生に正体を見られた」
「はぁ」
素っ気ない篠山に返事に苛立つ。
「正体がバレたんだぞ! この甲冑が黒から白に変わる瞬間! それを目撃されたんだ! 言い訳なんか出来やしない! だから調べさせたんだ! 対策を練る為に!」
机を叩く。寝ていたスケアクロウが飛び起きた。
「ちょうどそう思っていた所です! それでいこう!」
涎を垂らしながらの寝ぼけた発言に、答える者は誰もいない。
もう何も言わないから、ずっと寝てろ。
「なんにせよ、首領が警戒してくれるのなら喜ばしい限りです。親が委員長でありながら、恋人のいないクラスへ転入してくるのはおかしい。これは間違いなく、何か目的があるとみるべきでしょう」
「俺のファンか」
「違います。おそらくは組織……いえ、首領の監視でしょうね」
「つまりファンだな」
「違います。そんなにファンが欲しいなら換気扇でも買ってきて回してください。それよりも転校生ですよ。何か企んでいるとか、そういう素振りはありませんか?」
不知火は首を振った。
「徹底的に調べたが無い。ただ恋愛に興味があるのは間違いない。本屋でそういった本を何冊か買っていた」
「まぁ、この年代なら恋に興味ないってのは嘘になるよねえ。まだ酸いも甘いも知らないわけだし。それに何よりもお酒飲めない」
葛野の世界では恋愛か飲酒の二つしかないのか。嫌だな、そんな荒んだ世界。
しかし、そうなると敵に首領の正体がバレてしまったという事になる。あれだけの衝撃的な光景、果たして親に話さずにいられるだろうか。
最悪の場合、山田良夜が捕まってしまうかもしれない。そうする為に彼女を送り込んできたのだろうか?
いや待てよ。だとしたら、どうして自分のクラスを特定できたのか。さっき気づいたのなら、転校した時にはまだ気づいていなかったはず。
とすればただの偶然? それとも親はもう気づいているのか?
うーむ、と唸る首領。
「構成員にも首領の正体とかバレてますけど、気を遣って黙っていただけですからね」
「俺は信じないぞ」
「妙な所で頑固なのですから、まったく。しかし、どうしますか。同じクラスに要注意人物がいるのは問題でしょう?」
首領は篠山の言葉を鼻で笑った。
「問題? 問題などどこにも存在していない。だってあれだけ可愛い子なんだぞ。追い出すなんてとんでもない」
たとえ監視されているとしても、相手が美人ならもっと見て欲しい。
むしろこちらから曝け出したい。
「……不知火さんもクラスにいますけど、あなたはアイオセンの首領なんですから。くれぐれも不用意な発言はしないように。構成員にも注意するよう伝えておきます」
その時、首領の頭に閃きが舞い降りてきた。
「そうだな。確かに彼女は要注意人物だ。俺のクラスメイト達には注意するよう促しておいてくれ。用事もないのに近づかないように、とな。ましてや無駄な質問など言語道断だ」
ヘルメットの下で会心の笑みを浮かべる。これで転校生に近づけるのは自分だけ。
そうなれば、告白して受け入れて貰えるチャンスも上がるということだ。
上がるのか? いや、上がると思っておこう。
その方が、明日も楽しく生きられる。
「分かった。用もないのに近づく奴は倒す」
「待て、俺は例外だぞ。俺はその、ほら、情報収集の為に接触しないといけないからな」
「それは私がやる」
情報収集は不知火の仕事。そう言われてしまっては、首領に返す言葉はない。
だが、このままでは永遠に近づく事も出来ないではないか。
それはまずい。何とかして、打開策を見つけないと。
頼む。再び舞い降りてきてくれ、閃きよ。
その思いに応えてくれたのか、首領の頭に起死回生の策が浮かんだ。
「分かった。じゃあ俺が不知火になるわ!」
よくない閃きだった。
篠山は馬鹿でも見るような目つきで溜息を吐き、葛野は頬を掻きながら汗を垂らし、スケアクロウは寝ている。
肝心の不知火は口を突きだし、目を細めていた。眉間には山脈が連なり、最高に不味い料理を食べたら、おそらくこんな顔をするだろう。
思いのほかの反応で、焦る首領。
「いやだって、俺も天井を歩けるぞ!」
重力を操り、身体を反転させる。
そして足が天井にめりこんだ。
「誰か引っ張って」
そこに不知火の姿は無かった。あるのは張り紙だけ。
『根付け』と書かれた張り紙だけだ。
とうとう人間じゃなく植物扱いされて悲しい。
「とりあえず、転校生については当面は様子見でいいだろう」
「え、そのままで続けるつもりですか?」
仕方なく、重力を更に反転させる。天井を崩壊させた代わりに、今度は見事な着地を決めた。突如として開いた穴から構成員たちが覗き込んでいる。ここはきっとアイオセンの新たな名所となるだろう。
「修繕費は首領の給料から引いておきます」
「け、経費で」
「これが経費で落ちるなら、なんでも落ちます」
ならばと天井に手を向ける。恋禁術の可能性を全て把握しているわけではない。
だが願えばきっと、天井を元に戻すことだって出来るはずだ。鎧の色を変えられるのだから、修復だって出来てもおかしくはない。
そう信じて何度も掛け声をかけてみるが、瓦礫はいつまでも瓦礫のままだった。
まさか修理する力は無いとでも言うのだろうか。考えてみれば恋愛を憎むがゆえの力なのだから、非生産的なのは当たり前と言えば当たり前だ。
「空しいな、恋禁術というのは」
「良い台詞で誤魔化そうとしても、修繕費は誤魔化せませんからね」
首領は空いた穴から飛び出して逃げた。
もう非常口でいいじゃん、この穴。