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恋する恋禁術士  作者: 藤白すわ
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第4話『ハニートラップとラブタワー』


「んでさ、転校生がちょー可愛いんだよ」

「明日になってまた転校してないといいですね」

「やめろ」


 実際にそういう事が何度かあっただけに、篠山の話は全く笑えない。

 うち二回は甲冑をつける前だったのだが、甲冑をつけてからも転校生が更に転校してしまうのは何故だろう。

 里芋オークションからオシャレなパイナップルオークションに変えたというのに。


「何にせよ、玉砕するのは目に見えているのですから。諦めて組織の方へ集中してください。敵の動きも活発になってきましたから」

「うむ。俺が幸せになってないのに、他の連中が幸せになるのは許せんからな。どんどんカップルを破局させていかないと」


 最低の台詞だが、この組織では当たり前の思想でもある。負け犬同士が傷を舐めあうような組織ではない。牙をむき出しにして、勝ち誇った犬どもをこちら側に引きずりこんでやるのだ。

 黒い甲冑をきしませながら、廊下を歩く首領と篠山。昼間はふざけあった学友たちも、ここでは頭を下げて敬意を表してくれる。この期待に応えなくてはならない。彼女が出来るまでは。


「そういえば、スケアクロウはどうした? 昨日の会議には出てこなかったようだが」

「ああ。仕事が忙しくて忘れていたようです。まぁ、スケアクロウの部署は開発が主な仕事ですから。アイテムが完成しない限りは、出席したところで大した報告は無いと思いますけど」


 そんな話をしていたせいか、前から当の本人がやってきた。

 スケアクロウ。無骨なゴーグルとマスクを着用しているせいか、その素顔は分からない。汚い白衣がトレードマークで、それ以外の服を着ている所を見たことが無かった。肩までかかった髪の毛だけが、連日の徹夜にも負けないぐらい輝いている。


「やあやあ、これは首領と補佐殿じゃないか。お元気してるかい? 僕はとても元気です。ははは、元気だって言わないと口から元気が漏れていくからね。ははは」


 どこか空虚な口調で、ふらふらとしながらそう言う。芝居じみた言動は寝不足のせいではなく、素でもこんな感じだ。

 偽名じみた名前。性別不明な見た目。それだけではなく、中身すらもよく分からない。恋愛で痛い目を見たという話も聞いたことがないし、単に危ない研究をしたいだけという説もある。この組織において、これとマトモに付き合えるのは葛野ぐらいであった。

 抱き着いてベタベタする行為をマトモな付き合いと呼んでいいのかは疑問だが。


「スケアクロウ。大変なのは分かりますが、会議には出て貰わないと困ります。一応、あなたも幹部の一人なのですから」

「いや、無理して出る必要もないだろう」


 性別とか分からないし。

 女性なら出てくれと懇願するのだが。

 ちなみに男性は追い出す。


「そう言って貰えると助かりますねえ。今は更に強力な真実の火薬を開発中ですから。ははは。これさえあればカップルの破局は確実! ただ強力すぎて構成員にも効いちゃうのが難点ですけどね。ははは」


 それは笑いごとで済ませていいのだろうか。深い闇を抱えた構成員の吐き出す真実は、さぞや重く苦しいものだろう。最悪、暴動が起きかねない。

 首領だって、素顔を暴かれたらタダでは済まない。周りが。


「真実の火薬は現時点で充分に成果をあげています。これ以上性能を上げても意味は無いと思うのですが?」

「甘い、甘すぎます補佐殿。いいですか? 研究というのは激しい競争なんです。こうして私が火薬を開発している一方で、世界のどこかではこれに対する研究も進められているはず。であるならば、対策されてからは遅い! それよりも前にこちらも強力な火薬を開発し相手方に一歩先んじていないと駄目なのです!」


 壁にもたれかかりながら、スケアクロウは力説した。口調こそ力強いが、顔色は悪く今にも倒れそうだ。


「それはそうかもしれませんが、使用者への対策を優先して貰わないと。完成したところで誰も使ってくれませんよ?」

「む、それもそうですね。これでは絵に描いた餅か。道具とはすなわち使う者がいなければハハハ眠い」


 スケアクロウはそう言い放つと、スイッチが切れたように廊下へ倒れこんだ。病気ではない。単に眠り始めただけだ。こうなると揺すろうが水をかけようが、何をしたところで起きない。

 同僚が回収してくれるのを待つしかなかった。なにせ相手は性別不明。もしも女性だとしたら、寝ている女に触った罪でますます嫌われてしまう。男なら蹴飛ばして部屋に放り込むのだが、女性の扱いに関しては注意が必要だ。


「この調子だと、次の会議も欠席しそうですね。別の技術者を幹部にしてみますか?」

「こいつの部署は全員こんなもんだろ。来ない奴が変わるだけで、何の改善にもならんと思うぞ」

「……技術者以外を責任者にするしかありませんね」


 そうなると詳しい説明が出来なくなるので痛し痒しである。学生の身からすれば、そこまでして研究に没頭する意味はあるのかと問いたい。ただ嫌々やっているようには見えないので、おそらく何かあるのだろう。

 首領とて、彼女とのデートなら連日連夜徹夜してでも完璧なプランを練り上げる。既に幾つかのプランは常備されており、曲がり角で告白された次の瞬間からデートへ行く事だって可能だ。問題はこのプランが全く使われる気配が無いというだけで。


「ある日突然モテねえかな」

「ピアノをですか?」

「引っ越し業者か」


 何とかして話題を恋愛から逸らしたい篠山。恋愛撲滅組織の幹部としては当たり前の行動だが、たまには首領を応援してみようという心変わりはないものか。

 ないだろうなと諦めながら、自分の部屋へと向かう。

 構成員の控室は大部屋が多い。だが幹部ともなれば、基本的に個室が与えられる。ただしスケアクロウは研究室にこもりきり。不知火は情報収集で滅多に部屋へ戻らない。葛野は酒を置く保管庫にしか思っていないし、篠山は常に首領の傍らで待機している。マトモに個室を使っているのは首領ぐらいのものだった。


 壁の書架にはギッシリと雑誌が詰められている。これら全てにモテる為の秘訣が書かれているのだか効果は今の所無い。ならばと女性向けの雑誌も購入してみたのだが、首領の理解が及ばない世界の話しか載っていなかった。

 もう片方の壁には美術品が並べられている。首領の部屋ならば、こういった品物を飾るべきでしょうと篠山が持ってきたのだ。みすぼらしい壺に驚きの値段がついているそうだが、傍目からは薄汚い壺にしか見えない。それよりも壺の隣にある、通販で購入したモテるブレスレットの方がキラキラして綺麗である。ただし効果は勿論無い。


 自らの部屋の効果の無さに辟易しつつも、黒塗りの椅子へゆっくりと腰を下ろす。この椅子だけは買って良かったと今でも満足している。耐久性はバッチリだし、何よりも甲冑越しでもフカフカな感じが伝わってくる気がするのだ。


「で、俺へのファンレターはどれぐらい集まった?」

「口説かないでくださいという苦情なら相当な数が集まっています。何度も言いますが、あなたは恋愛撲滅組織の首領なのです。迂闊な行動は控えて貰いたい」

「いやだって、傷ついた女性は狙い目だって雑誌に書いてあったし」


 どんな不細工でも彼女が出来るという謳い文句に騙された。それとも、首領があちらの想定した以上の不細工だったのか。甲冑を着けているというのに。それでも隠しきれない不細工のオーラでもあるのか。


「……ちなみに、何と言って口説いたのですか?」

「もう悲しまなくていいんだ。さあ俺の胸で泣くといい」


 両手を広げながら、包容力を見せつける。完璧な頼もしさだ。これで女性が唾を吐き捨てて去っていなかったら、今頃は彼女が出来ていただろう。


「何をどうした所で無駄なのですから諦めましょう。独身の星の下に生まれ、独身の神に愛されているのです。抵抗したところで空しくなるだけですよ」

「それでも俺は可能性を信じたいの! 1%でもあるのなら、それを掴んでやる!」

「0%ですよ」

「それでも俺は信じたい」

「何をです? 計算ミスをですか?」


 恋は茨の道というが、そもそも首領には道が用意されていなかった。茨しかなかった。

 アイオセンには女性の構成員も多い。口説き続ければ、いつか彼女と手を繋げる日も来ると思っていたのに。現実は甘くなかった。自分の右手を繋いでくれるのは、自分の左手だけである。もうお前らつきあっちゃえよ。


「愚痴でしたら後でいくらでも聞きますので。それよりも不知火さんから緊急性の高い情報があがってきました」


 首領は急にそわそわしだした。


「あなたへの告白ではありません」


 首領のやる気が0になった。


「聞いてください。どうやら、例の委員会が動き出したようです」

「例の委員会? ああ、恋愛特区を認めた連中か」


 いわばアイオセンにとっての敵組織である。正義の変身ヒーローや魔法少女が現れない現代において、組織の敵はまた別の組織だ。

 魔法少女なら是非とも歓迎したいものだけど。


「少子化解決委員会。こちらの活動を何度も妨害してきた連中です」

「それで、今度は何をしようってんだ? またカップルへの優遇措置か?」


 優遇すればするほど、されなかった人間の鬱憤は溜まる。憎しみは強くなる。委員会が頑張れば頑張るほど、アイオセンの結束も強くなっていくのだ。そういった意味では、アイオセンの生みの親と言っても過言ではない。


「いえ、今回はどうやら我が組織に狙いを定めたようです。何でもハニートラップ要因を雇ったとかいう噂が」

「ハニートラップ?」


 蜂蜜の入った落とし穴でも仕掛けてくるのだろうか。

 引っ掛かるとしても熊ぐらいだろう。


「女性を使って相手を誘惑、あるいは懐柔して情報を収集する行為です。男は女性とお金に弱いですから。昔から使われている、かなり効果的な方法ですよ」

「付き合えるのはいいが、罠ってのはさすが嫌だな。欲しいものを手に入れたら、すぐに消えちゃうんだろ?」

「まぁ、そうですね」


 いくら飢えていても、檻の中の肉へ飛び付くつもりはない。獣にだって誇りはあるのだ。見え見えの餌に騙されるものか。

 鼻を鳴らし、背もたれによりかかる。


「で、そのハニートラップ要因については分かっているのか?」

「いえ、現段階ではあくまで可能性があるという程度です。これまでも偽の情報を掴まされたこともありますし、現状で誰がそうなのかは分からないとのことですが……」


 言葉を濁す篠山。


「どうした?」

「いえ、何でもありません」


 まだ首領に報告するレベルの話ではないのか。それとも、何か言いたくないことでもあるのか。

 まさか、本当は女性なのか。しかし何度も確認済みなのでその可能性は完全にゼロだった。


「……あ、でも任務で付き合ってるうちに本当の恋心が芽生えるってよくあるよな?」

「創作の世界ではありますね。現実ではありえませんけど」

「敵のスパイと首領の禁断の恋。有りだな」

「無いです」


 夢も希望も無い奴だ。まぁ、何にせよハニートラップが来てもすぐに分かるだろう。

 きっと露骨に胸を露出し、足をひけらかせ、あはんうふんと身体をしならせているはずだ。そこまでされたら、さすがの自分でも分かるというもの。

 むしろそんな相手は話術で翻弄し、最後には手に手をとって少子化解決委員会をぶっ飛ばし、二人で夕日の海岸を走る光景でスタッフロールを決めたい。

 これが映画なら全米どころか全世界が泣くだろう。


「俺に恋人が出来ても怨むなよ」


 篠山は鼻で笑い、今日のスケジュールを読み上げ始めた。














 部活も終わり、学生たちが帰り始める頃。薄暗い夜の中で、アイオセンの活動は本格的に行われる。

 日中も成人構成員が頑張っているのだが、いかんせん平日の昼から盛るようなカップルはそう多くない。学校帰りかつ仕事帰り。夕方から深夜にかけてが、もっともカップル達が盛り上がる時間帯なのだ。


 そうなれば、当然アイオセンの活動も活発化してくる。オシャレなバー。オシャレな居酒屋。オシャレな公園。ここは恋愛特区。狙うべき目標は沢山ある。

 その中でも首領が注目したのは空金タワー。別名をラブタワー。恐ろしくクソダサい名前なのに、カップル共は疑問にもたないのだろうか。

 そんなタワーの高さは左程でもないが、ここの展望台で告白したカップルは結ばれるという噂が全国に広まっていた。その為、毎夜のように初々しい男女がタワーに上っては、カップルになるという作業が繰り返し行われていた。


「見過ごすわけにはいかんよなあ」


 ライトアップされたタワーの根本。魔王の城へ挑む勇者のような立ち振る舞いで、見上げるのはアイオセンの構成員達。先頭に立つのは黒い甲冑と酔っぱらい。一見すると酔っぱらいが間違って甲冑の置物を持ってきたようにしか見えないが、そういうわけではない。


「葛野は非常階段を塞いでくれ。降りてくる奴がいたら、容赦なく火薬を使え」

「ラジャーだよぉ」


 頼りない返事だが、組織において首領の次に強いのはこの葛野だ。何か不測の事態があったとしても大抵は何とかなる。アルコールが切れさえしなければ、の話だが。

 振り返り、首領は構成員たちを見渡した。


「展望台で告白した。あるいは告白してみたいと思った奴はいるか?」


 問いかけに、幾人かの構成員がビクリと身体を震わせた。かくいう首領もしたい一人なのだが、そんな事はおくびにも出さない。


「案ずるな、居ても構わない。いやむしろ、だからこそお前たちに問いかけよう。あの高みにいる連中を見て、お前らは何とも思わないのか! 自分が掴めなかった幸せを、逃してしまった幸福を、あそこのカップル共は満喫しているのだ!」


 構成員が拳を握る。

 中には握り過ぎて血を流す者もいた。


「羨ましいだろう。悔しいだろう。ならば、その鬱憤を晴らす為の手段をお前らに与えてやろう。そう、真実の火薬だ! これがあれば、俺たちはカップル共に鉄槌を下す事が出来る! 嘘で塗り固められた哀れな恋人どもを不幸のどん底に突き落としてやろうぜ!」


 最低の台詞に、熱の籠った声が返ってくる。

 これこそがアイオセン。これこそが恋愛撲滅組織なのだ。

 非生産的で結構。悪党で上等。むしろ生産的な奴はこんな組織の扉を叩かない。今頃は新しい恋を求めてパートナーを探しているはずだ。ここにいるのは、そういう道を選ばなかった者たち。あるいは選べなかった者たちだ。


 持たざる者は持てる者を羨む。そして自分の高さまで引きずり降ろそうとする。

 正しいとは思わない。間違っているとさえ思う。

 だがそれでも、アイオセンは活動を辞めるわけにはいかなかった。楽しげにイチャつくカップルがいる限り、彼らの情熱が鎮まる事はない。


「行くぞ! 俺に続け!」


 エレベーターのお姉さんは既に買収済みだ。世の中、愛よりも金を選ぶ奴は大勢いる。そういう相手はスカウトできないものの、金で簡単に懐柔する事が出来るので大助かりだ。 黒い甲冑と覆面の集団が詰まったエレベーターは、やがて展望台へと到着した。

 途端、視界いっぱいに広がるカップルの群れ。群れ。そして群れ。圧倒的な恋愛のオーラに怯む構成員もいた。

 だが、首領が両腕を広げてオーラを食い止める。部下を守るは上司の務め。これから襲撃しようというのに、大事な構成員を減らされてたまるものか。

 ヘルメットからは表情を窺い知る事が出来ない。だが首領のヘルメットは、そう言っているかのようだった。

 頷き合う首領と構成員。そして閉まるエレベーターの扉。エレベーターは首領たちを乗せたまま、ゆっくりと下へと降りて行った。


「…………」

「…………」

「なかなか下りないのでもういいかなって思いまして」


 いいわけあるか。などとお姉さんに毒づきながら、仕方ないのでテイク2。

 かくして黒い甲冑と覆面の集団が詰まったエレベーターは、再び展望台へと到着した。

 首領が一歩踏み出す。するとカップル達が露骨に避けていく。これが場を盛り上げる為に用意されたイベントだとしても、黒い甲冑はあまりにも異様すぎた。

 だがカップル共から愛される為にこんな格好をしているわけじゃない。


「こんばんは、カップル未満の諸君。そしてカップル以上の諸君。今日は君たちに素晴らしいプレゼントを用意してある。遠慮せずに受け取ってくれたまえ」


 顔を綻ばせるカップル達。

 なんだ、趣味が悪いだけでやはりイベントなのか。弛緩した雰囲気が展望台に漂う。


「真実の御裾分けだ。やれい!」


 あちらこちらで小規模な爆発の音がする。そして吹き出す煙。カップル達の悲鳴が木霊する中、首領は見覚えのある顔を発見した。クラスメイトではない。クラスメイト達はいま、覆面をかぶって作戦行動中だ。

 ヘルメットをこする。そして、こすっても意味がない事に気づく。

 ならばと目を凝らす。間違いない。間違いなく、あそこでうずくまっている少女は転校生に他ならない。

 馬鹿な。どうして彼女がここに。ここは告白のメッカ。ラブタワーだぞ。


 はっと閃く。だったら答えは一つじゃないか。転校生の腕を掴む男性。こちらもまた見覚えがある。カップル専用のクラスにいながら、他の女子にも手を出していると噂の男だ。組織の最優先破局対象でもあり、何度破局されても新しい恋人を作っている化け物だ。まさか、彼女もその毒牙にかけてしまったのか。

 そしてココに一緒にいるということは、もう二人はそういう関係なのか。

 危うく膝を突きそうになるのを堪えた。まだだ。まだ作戦続行中なのだ。ここで首領が折れるわけにはいかない。


「せめて、俺の手で……」


 真実の火薬を握りしめる。どうせ明日からは別のクラスへ行ってしまうのだ。恋人が出来たんだから、もうあの独身クラスにはいられない。


「さらば俺の好きだった人!」


 勿論、心の中で勝手に好きになっただけだ。告白はしてない。

 だが、その機会も無くなった。火薬から噴き出した煙が、転校生達の身体を包み込む。


「……から……よ!」

「はな……てくだ……い!」


 てっきり醜い姿を曝け出しあうのかと思いきや、どうやらそういうわけでは無さそうだ。よくよく見ると、ナンパ野郎が転校生の腕を強引に引っ張っている。転校生はそれに抵抗しながら、必死で距離をとろうとしているようだ。

 既にカップルか、あるいはもうすぐカップルと思っていたが。これはどういう事なのか。

 いや戸惑っている暇などない。転校生が嫌がっているのは明白。ここでアイオセンの首領がすべきことは一つしかない。カップルの仲を引き裂くことだ。

 なので今だけはアイオセンの首領ではなく、一人の男子高校生として動くことにした。


「やめないか」


 何度も練習したカッコよさそうな口調で、ナンパ野郎の腕を掴む。随分と貧弱な腕だ。まるで女性のようだと思ったら、不知火の腕を掴んでいた。仕方ないよね、煙で視界悪いし。


「…………」

「あだだだだ! 無言でヘルメットを小突きまくるのは止めろ!」


 頬の一つでも染めてくれたら、照れ隠しかと思うのに。死んだ魚のような目で小突かれたら口説く気も失せる。

 嘘です。隙あらば口説く。

 いや、今はそれどころではなかった。転校生を助けないと。


「やめないか」

「えっ?」


 今度こそという意気込みで、掴んだ腕は転校生のものだった。

 被害者側に何を止めろと言うのか。抵抗することか?


「んだよ、お前は」


 女性の前で悪くありたい願望を刺激してしまったらしい。こちらは黒い甲冑だというのに、ナンパ野郎は威嚇するように首領を睨みつけた。ただやり過ぎたせいか、それは威嚇というよりも顔面の体操にしか見えない。

 さりげなく転校生の腕を離し、ナンパ野郎の腕を掴む。さすがに三回目の台詞は無い。これ以上、失態を重ねたくはなかった。あれだけ練習したのになあ。


「嫌がってる女性を無理矢理誘うな。嫌がってなくても誘うな。要するに誘うな」

「何言ってんだよ、ああ? っすぞ!」

「いや、お前こそ何言ってんだ。日本語を話せ」

「っだらぁ!」


 意味不明な掛け声と共に、拳を振り上げる。黒い甲冑を殴ってどうなるというのか。ナンパ野郎が手を怪我するだけである。とはいえ、ここで殴られるままというのも恰好が悪い。転校生に良くない印象を与えることは避けないと。

 まだ挽回のチャンスはある。ここで格好よく助けだし、『ありがとう! 好き!』を勝ち取るのだ。

 首領は右手を突きだした。


「触るな」


 まるで巨大な何かに突き飛ばされたかのように、ナンパ野郎が吹き飛んでいく。直接殴ったわけではない。これこそが首領の力であり、多くの部下から尊敬される理由でもあるのだ。

 錬金術。ではなく恋禁術。

 あまりにもモテず、足掻いてもモテず、それなのに周りが普通に彼女を作っているものだから悔しくて枕を噛み千切るぐらいの思いの持ち主に宿る力。スケアクロウの調査によれば、少なくとも組織でこの力に目覚めているのは首領ぐらいらしい。


 具体的にこれで何が出来るというのは分かっておらず、今の所は重力を操る事ぐらいだ。この黒くて重い甲冑も、その恋禁術の力で動かしていた。ちなみに不知火の技は恋禁術ではなく忍術らしい。違いが分からないが。


「大丈夫だったか?」


 言葉数は少な目に。喋り過ぎる男はモテないと書いてあった。

 だからこそ単語を絞り込み、最小限の言葉で転校生に語りかける。ペタリと座り込んでいた転校生は、慌てて立ち上がった。スカートのホコリを払いながら、ゆっくりと頭を下げる。


「ありがとうございました。おかげで助かりました」

「いや、俺は当然の事をしたまでだ」

「本当にありがとうございました」


 何度も頭を下げながら、転校生はエレベーターの方へ向かう。扉が開き、笑顔のまま中へと入って行った。表示された階数が、徐々に少なくなっているのが分かる。


「どうやら作戦は成功したみたいだねえ。ここにいる殆ど男女が破局したみたいだよ」


 非常口から現れた葛野が、赤ら顔でそう言った。

 首領はそれを無視して、一目散に走りだす。展望台のガラスを突き破り、高さ数百メートルの世界へと踊り出した。


「しゅ、しゅりょぉぉぉぉ!!」


 驚いた葛野の声を背中に、夜空へ向かって叫ぶ。

 お礼以外には何もないんかい、と。















 華麗に地面へ着地する。恋禁術の力があれば、このぐらいの芸当は造作もない。

しかし恋禁術をもってしても、恋愛に発展しないとはどういうことだ。脳内のシミュレーションでは、今頃オシャレなバーで転校生とオレンジジュースでも飲んでいる頃だったのに。

 現実の世界では地面にクレーターを作りながら、周囲の視線を浴びている最中だ。

 何にせよ、このままだと委員会の部隊が駆けつけてくる。上には葛野がいるし、任せておけばいい。飲んだくれではあるが、いざという時はやってくれる奴だ。

 人目を避けるように駆け出す首領。だが走る甲冑に目を向けない人間などいない。どうしたところで視線は付きまとう。いつものことだが、やはり人通りの少ない方へ行かないと駄目か。


「チッ、黒い甲冑は目立つな」


 着替えるのは更衣室の中だけと決めていたが、こうなれば仕方ない。路地裏に隠れ、甲冑の色を白く染め上げる。恋禁術の応用でこうなるのだとスケアクロウは言っていたが、詳しい原理はよく分からない。出来るのだからそれでよかった。


 何にせよ、これのおかげで正体を隠せているのだ。アイオセンの首領が黒い甲冑であることは、知ってる者なら知っている。

 だからこそ色を変えたのだ。白の甲冑で街を歩けば構成員と会っても、すぐさま目を逸らすし。話しかけてこようとはしない。色が変わるだけではなく、おそらく人間の目を誤魔化す電波でも発信しているのだろう。首領はそう信じていた。

 ふぅ、と安堵の溜息を漏らす。


「あ……」


 路地裏の奥から聞こえる人の声。馬鹿な、まさか見られていたというのか。

 くそっ、迂闊だった。あまりにも急いでいた為、周囲の警戒を怠っていたのか。暗がりの中には、確かに人影がある。

 どうする? 首の後ろでも叩いて気絶させておくか?

 しかし、首領はそういう芸当が出来るわけではない。それにあれは危険な技だと何かの本に書いてあった。そもそも、あれ記憶を消す技じゃないし。

 ましてや、シルエットからして見たのは女性。女性の口を封じるなんて、現役独身高校生の首領には荷が重すぎる。荷崩れは必至だ。

 こうなれば逃げるしかないのか。

 だが、その前に相手の顔を確認しておかないといけない。これがもしも顔見知りだったら、明日からどういう顔もといヘルメットをして会えばいいというのか。


「あ、あの……」


 暗闇から出てきた顔。

 それは紛れもなく、先ほど会ったばかりの転校生だった。


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[良い点] すげえ~~共感できるW
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