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恋する恋禁術士  作者: 藤白すわ
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第2話『アイオセンと幹部』


 エレベーターがアジトに到着した。

 出迎えるのは眼鏡の男。自分よりは年上だが、中年というほどではない。ツーブロックのヘアスタイルは、どこぞの美容院で整えているのだろう。ビシッとスーツを着込み、いかにも切れ者の雰囲気を漂わせ、黒い甲冑に頭を下げてくる。


「お疲れ様でした、首領」


 篠山星太。

 アイオセンのナンバー2にして、創設者。そして首領の右腕と自分で勝手に呼んでいる男である。


「おい、出迎えは女性にしろと言ったはずだが? 何でお前だけなんだ」

「希望者がいませんので。仕方なく私が。それとココは恋愛撲滅組織の本部です。ご自分の立場をお忘れなきように」

「忘れてないから職権乱用してるんだよ」


 地下アジトの廊下を歩く。

 すれ違う構成員は皆が皆、首領に尊敬の眼差しを送っている。男性ほど強い傾向にあるが、女性だって負けてはいない。ただ口説き落そうとした途端、目に宿る色が軽蔑に変わるから恐ろしい。


「いい加減、恋愛は諦めてくださいと言っているではありませんか。組織の首領が諦めていないと、部下のモチベーションが下がります。現にクレームじみた抗議も来ているんですよ」

「生まれてこの方、一度だってした事ないんだぞ。恋愛。だったら一回ぐらいやりたいと思うのは自然の常だろが」

「首領になった時点で、そういうものは諦めてください」


 篠山は冷たくそう言い放った。あしらい方に熟練の技が見て取れる。これもいつのもの光景なのだと、そう示しているかのように。


「せめてお前が女だったら最高なんだけどな」

「その時は首領の側にいません」


 否定できない自分がそこにいた。女性を秘書として雇った事もあるが、まさか一日も立たずに辞職届けを出してくるとは。挨拶代りに口説いたのが問題だったのかもしれない。

 懐かしい思い出に浸りながら、前方を指さす。


「おい、そこの廊下を真っ直ぐ進め」

「真っ直ぐ進んだら壁ですよ?」

「だからだよ」


 最後の抵抗も空しく、右へ曲がる篠山。仕方なく首領もそれに続く。自分だけ壁にぶつかる趣味はないし、そうなれば無事で済まないのは壁の方だ。修理代だって馬鹿にはならない。

 会議室の扉をくぐり、篠山は定位置で立ち止まる。首領の椅子の側。まさにボスの右腕のポジションだ。

 そんな彼の背中をそっと押し、首領の椅子からもっとも離れた所に座らせた。


「ここが我が組織の最前線だ。お前にしか任せられない。何があっても死守してくれ」

「分かりました」


 物分りが良いなと満足しながら席に戻ると、いつのまにか隣に篠山が立っていた。

 何食わぬ顔で手元の資料に目を通している。


「最前線はどうした」

「崩壊しました」


 あっさりしたものである。死守はどうしたのか。尋ねたところで期待するような答えは返ってこないだろう。頬杖をつきながら、ため息を吐いた。鎧の擦れる音だけが会議室に響き渡る。

 アイオセンも秘密とはいえ組織は組織。上下の連絡は密に行い、会議も繰り返し開かれている。首領としては欠席するわけにもいかないし、そもそも参加する幹部のうち半数以上は女性だ。この機会を逃すわけにはいかないと思う反面、相手はあれだぞと自重を促す気持ちもある。


 マトモな女性は首領の側にはいられない。誰がそう言ったのか知らないが、まるでそれを体現するかのように、良く言えば一風変わった女性のみが残ったのである。


「それにしても、皆さん遅いですね。もうすぐ始まるというのに」

「既にいる」


 うおぅ、と二人して身体をのけ反らせる。天井に正座していた少女が、そんな男どもを冷やかな目で見降ろしていた。

 鋭く尖ったポニーテールや、紺色のスカート。ブレザーから覗くリボンに至るまで、あらゆる衣服が重力に反している。

 スカートあたりは別に屈しても良さそうなものだが。変わらず重力に反逆していた。


「氷川さん。いるならいると声をかけてください。心臓が止まるかと思いましたよ」

「私は最初からいた。気づかない方が悪い」


 素っ気なく言う。見た感じは学校帰りの女子高生なのだが、いかんせん天井に正座している。創作ダンスが必修になったとしても、こういった芸当まで学校で習得できるわけではない。彼女だからこそ出来るのだ。

 氷川不知火。アイオセンの情報担当の第一人者であり、隠密活動の達人でもある。噂では忍者の末裔と言われているが、真実は定かになっていない。なにせそういった構成員の情報を集めるのも不知火の仕事なのだ。


「天井にいたら会話もしづらいだろ。不知火、ここが空いてるぞ」

「……そこは首領の膝の上」

「ヘイ、カモン」


 手招きしてみるが、結局置かれたのは仏像だけだった。身代わりの術だと不知火は語るが、人間の代理が仏様というのは些か罰当たりのようにも思える。

 膝の上の仏像をどかし、篠山の邪魔になるような位置へ置いた。


「最近の女性は恥ずかしがり屋で困るな。ただ膝の上に座るだけなのに、恥ずかしがって仏像を置くとかよ」

「人の嫌がることでも、やってくださるのが仏様ですからね。感謝の言葉もありません」

「俺に対する謝罪の言葉は?」

「私は仏様ではないので、嫌な事はやりません」


 どう思うよと天井に視線を向ければ、涼しい顔で不知火がお茶を飲んでいた。

 あの湯呑みの中の重力はどうなっているんだろう。微かな疑問がわいてきたが今更である。自らの手を眺めながら、首領はそう思った。


「そういえば不知火さん、例の件は?」

「転校生の調査は終わっている。問題ない」


 思わず身を乗り出した。自分のクラスに転校生が来ることは、以前の報告で知っている。

 だが問題はその性別である。これが女性だとしたら、もう自動的にフラグが立っているようなものだ。曲がり角でぶつかる事は必然と言ってもいい。

 健全な男性生徒であれば、誰でも期待してしまうというもの。

 ただ、篠山や不知火は性別よりも経歴とか家族関係の方を気にしているらしい。


「問題ないとは思えないのですが……引き続き、調査をお願いします」

「ああ」

「ではそちらは不知火さんに任せるとして。さて、残る二人の姿はどこにもありませんね。こちらは本当に遅刻でしょうか?」

「いるよぉー」


 どこからともなく、甘ったるい声が聞こえてくる。このいつも酔っているような口調には聞き覚えがあった。しかし、その姿はどこにも見えない。

 首を傾げる首領と篠山。不知火は、どこにいるのか分かっているようだ。探す気配を見せない。


「六本坂さん?」

「あいよぉー」


 声はすれども姿は見えず。

 だが、今の声は下の方から聞こえてきたような。顔を見合わせ、ゆっくりとテーブルの下を確認する。まさか、こんな所で待機している馬鹿はいまい。

 そして、テーブルの下に馬鹿がいた。


「酷いじゃーん! 私も最初からココにいたのに、勝手に遅刻扱いにするなんてぇ。篠山君はあれだよ、日本酒だと思って飲んだらワインだったっていうタイプだよ。駄目だよぉ、ちゃんと確認しないと。六本坂葛野はココにおります! イエーイ!」


 軍人が見たらブチ切れそうな不格好な敬礼をしたまま、一升瓶を手放さない女。頬は上気して赤く、吐きだす息は酒臭い。シャツの肩紐はだらしなく垂れ下がり、ウェーブなのか手入れを怠ったせいなのか分からない髪の毛が床で適当に伸びている。

 ちなみに下は下着しかはいてない。完全なる無防備だ。


 エロい格好の姉ちゃんがいるからと喜んで幹部にしたものの、中身は酒浸りの中年みたいな生き物だった。最初はそれでも興奮していたものの、今ではあれは女性じゃないと自己暗示をかけたくなるぐらい辟易していたが。


「首領ちゃーん! 今日も元気に黒くてテカテカしてるねぇ!」


 這い出してきた葛野が、いやらしい手つきで兜を撫でる。言葉だけ聞いていると、完全に油虫の品評会だ。女性に撫でられているのに欠片も嬉しくない。

 一時はこの馴れ馴れしさに気があるのかと誤解したものだが、見事に玉砕したおかげで勘違いだと気付く事が出来た。

 人間、同じ相手に二桁も玉砕すればいい加減気づく。


「で? もう一人はどうした?」


 葛野を無視してそう尋ねる。

 呆れたように篠山は肩をすくめた。


「どうやら、こちらは本当に遅刻のようですね。構いません。時間ですので始めてしまいましょう。全員、席についてください」


 篠山は自分の隣に立ち、不知火は天井に座ったまま、葛野は酒瓶を抱えてテーブルの下へと戻って行った。


「席につけよ、お前ら」


 一人だけ椅子に座る首領の言葉は、換気扇の中へ空しく消えて行った。












 長時間に及ぶ会議が終わる。結局、最後の一人は現れなかった。そして誰も椅子には座らなかった。

 これもいつものことなので、注意する気にもなれない。だが、折角こうして一堂に会したのだ。それも自分以外は全員一応女。視界の隅にチラチラと眼鏡のイケメンの影は見えるが、それは目の錯覚なので気にしてはいけない。

 葛野は論外として、首領は天井を見上げた。


「どうだ、不知火。この後、ちょっと喫茶店にでも行かないか? 美味しい苺を出す店を見つけたんだよ」


 先ほど思い切り荒らした喫茶店の事である。

 不知火は無言かつ無表情で微動だにせず、まるで蛍光灯のように光り続けていた。いや、よく見たら蛍光灯だった。

 不知火は何処へ行った、と左右を見渡せば壁に刺さった釘と張り紙。そこには太字で『一人で行って太れ』とだけ書かれていた。

 首領はそれを剥ぎ取り、何度も内容を確認したうえで鎧の中に仕舞い込む。


「やっべえよ。女の子から手紙貰っちゃった」

「それで喜ぶ首領君は末期だよねえ」


 葛野が何か言っているが気にしない。どんな内容であれ、女性からの手紙を貰ったのはこれが初めてのことだった。お断りの手紙を何度か貰ったことはあるけど、あれは記憶に残っていないのでノーカウントである。

 首領の人生は錯覚とノーカウントで満ちていた。


「悪意たっぷりの手紙に嬉しいんですか?」


 愚かな発言に呆れの溜息が漏れる。どうやら彼は何も分かっていないようだ。


「いいかね、篠山君。悪意から苦を抜けば愛になる。苦を感じぬ心さえあれば、これだって立派なラブレターだ」

「アリクイから陸を抜いても愛になりますよ」

「やめろ。アリクイが溺れる」


 椅子から立ち上がる。長時間座っていたせいか、身体のあちこちが痛い。どれだけ甲冑を着込んでいても、この痛みから解放される事はない。

 出来れば温泉にでも浸かりたいところだが、そんな余裕はどこにもなかった。


 市内にも温泉はあるが、いかんせん恋愛特区である。カップルや家族連れを優遇するのは当たり前で、独身の男が行っても不快感を土産に帰るだけだ。現に視察と称して行った際には、家の風呂と同じぐらいの浴槽しか入れなかった。

 それで正規の料金をとるのだから、ボッタクリもいいところである。二度と行くかと吐き捨てながら、彼女が出来たら再挑戦しようとメモ帳に住所と電話番号を残しておいた。


「……ちなみに葛野は喫茶店とかどうよ?」

「酒の無い店には行かないよー」


 これである。そう言われたら、未成年の首領にはどうする事も出来ない。大人しく諦めて帰るしかなかった。会議室で酒盛りを始める葛野を後にして、幹部専用の更衣室へと入る。

 そうしてようやく、アイオセンの首領という甲冑を脱ぎ捨てる事が出来るのだ。

 恋愛撲滅などという目標を掲げているせいか、馬鹿にする一般市民が多いのも事実。

 しかし、実際にこの組織で働く者たちは大勢いる。日本各地にも同士が散らばっており、首領はそれら全ての構成員を束ねる立場にあった。軽はずみな気持ちでは出来ない。故に、首領である間は常に気を張っていた。

 甲冑を脱ぎ捨てることで、その緊張の糸を緩める事が出来るのだ。安堵の溜息と共に、ゆっくりと甲冑の色が黒から白へと変わっていく。


「よし」

「……毎回思うのですが、それで何が変わったのでしょうか?」


 壁にもたれかかりながら、眉間に皺をよせる篠山。甲冑の色が変わったのを目にしたはずなのに、どうしてそんな疑問がわくのか。それこそ疑問だ。


「黒い甲冑の間はアイオセンの首領にしか見えないだろ。だが、こうして白い甲冑になれば、そこにいるのは山田良夜という、ただの高校生だ」

「ただの高校生は甲冑を着ないと思います」


 黒い甲冑はアイオセンの首領のシンボルだ。この馬鹿みたいに重い甲冑で、飄々と歩いている姿が構成員に勇気を与えるのだと篠山は言う。なので黒い甲冑に対する不満は無いようだが、白い方にはどうやら言いたい事があるらしい。


「少なくとも、この驚きの白さを見てアイオセンの首領を連想する奴はいないだろ? 偽装という点にはおいては機能してるんだし、いいだろ」

「……甲冑という時点でアウトですよ。バレてないと思っているのは首領だけですし」


 抵抗は激しい。だからといって、甲冑を外す気にはなれなかった。


「じゃあ、この頭を脱げと言うのか。お前は」

「そうは言っていません。ただ、覆面なりなんなり他に方法があるのではないかと提案しているだけです。カメレオンじゃあるまいし、色を変えただけで変装と言われても困ります」


 試しにヘルメットを脱ごうとするが、篠山の手が止めた。

 この中に仕舞われているモノの恐ろしさをよく知っているからの反応だ。

 そう、首領はとても不細工だった。それも生半可な不細工ではない。ひとたびヘルメットを脱ぎ捨てれば、治安維持の為に自衛隊が派遣されるレベルの不細工だった。現に何度か出動された事がある。警察官も職務質問の前に銃を付きつけてくるぐらいだ。


 甲冑を付けるまでは彼女どころか友達すらおらず、それどころか視界の範囲内に人が留まる事は無かった。そういう生活をしていれば、誰だって愛情に飢えるというものだ。そして愛情を貪っている奴らに腹が立つものだ。

 なので山田良夜が恋愛撲滅組織の首領になったのは、必然の事である。


「次にイチャモンつけたらヘルメット脱ぐからな。それと甲冑の色は公私の区切りなんだよ。今の俺はプライベートなんだから、首領って呼ぶのやめろ」

「分かりました、良夜さん」

「男にそう呼ばれると最高に気持ち悪いな」

「では、どう呼べば良いのでしょうか?」

「星太で」

「それは私の下の名前です」


 せめて名前が同じなら、イケメン度の数割でも貰えないか。そんな願いも空しく、今日も首領の顔は絶賛封印中だった。

 帰宅したら真っ先に風呂にでも入ろうと思いつつ、更衣室を出る。篠山もその後に続いた。


「……ついてくるなよ」

「毎度言っていますが、私の自宅はしゅ……良夜さんの隣です。帰り道が同じなのは当たり前じゃないですか。いい加減、慣れてください」


 首領である時は常に傍らに控え、右腕として支えてくれる。

 プライベートでは家が隣で、何かと面倒をみてくれる。年齢こそ離れているものの、まさに完璧な幼馴染であった。これがどうして男なのかと、どれだけ悔やんだことか。

 真実の火薬を開発する前に、性転換の薬を作ってくれと開発部門に嘆願書を送った事もある。当然却下されたが、暇があればまた何十通か送っておこうと決意した。


「いずれにせよ私には良夜さんを無事に自宅まで送り届ける義務がありますから。徒歩で帰るのも面倒でしょう?」

「俺の帰りを待ち伏せしながら、いつか告白しようと胸をときめかせてる女子学生はどうするんだ。車で帰ったら告白できずに可哀そうだろ」

「可哀そうなのは良夜さんの頭の中だけです」


 とはいえ断って帰ったところで、そうなる見込みは薄い。今まで何度も胸をときめかせてきたが、いつだって胸をときめかしたまま帰宅した。

 もしかして自分の帰宅ルートを知らないのではないかと、チラシにして配った際には警察官が待機するだけだったし。大人しく乗せて貰うのが最良である。


「だけど今日は帰り道に視線を感じたぞ。喫茶店を襲撃した帰りだが。あれはもしかすると、首領のファンが待ち伏せしていたのかもしれんな」

「尾行の可能性がありますね。不知火さんに探って貰います」


 どうしても恋愛とは結びつけたくないらしい。視線を感じたのは確かだというのに。

 まぁ、いつ声をかけてくれるのだろうと期待していたが結局何も起こらなかったのだけど。


「じゃあ車を回してくれ」

「かしこまりました」

「本当に回せよ」


 そして篠山は車をコマのように横回転させながら登場した。

 スタントマンか、こいつ。


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