第12話『股裂き女とジェットコースター』
晴れ渡る空。ちらほらと雲が見える程度で、至って快晴。
まるで首領を祝福してくれているかのようだ。
今日は朝の五時から目が覚めた。遠足前の小学生と言われても否定はできない。
だが、誰だってこうなる。なにせ、今日は生まれて初めてのデートの日なのだから。気合の一つだって入るというものだ。
ピカピカに鎧を磨き、普段はあまり手入れしない部分も綺麗に仕上げた。まるで鏡のような光沢を放ち、見ているだけでウットリしてしまう。これならば九条も好感を持ってくれるはず。
問題はこのままだと確実にバレるということ。かといって、色を変えただけでは意味がないらしい。個人的にはそれで充分だと思うのだが、九条にバレバレだった件もある。ましてや相手は長年連れ添ったアイオセン。ここは念には念を入れておくのが吉だ。
まず鎧を赤に変色させる。どの色にするか随分と悩んだものの、やはりここは情熱的な赤に決まった。
そしてヘルメットにサングラスとマスクを着用。これでもう完璧だ。どこからどう見てもアイオセンの首領には見えない。特にマスクが大きい。これをしているだけで、顔の印象が大きく変わる。だからこそ犯罪者に愛用され、簡単な変装として今でも重宝されているのだ。
ここまで隠す必要があるのか疑問だけれど、バレることだけは避けなくてはならない。持ち物をチェックしながら、意気込んで家を出た。
そうして何事もなく恋愛公園に到着。時刻は八時。澄み渡る空の青さに感動していた首領。
ふと地上に目を向ければ、大木の下で九条が待っていた。ニットタイプのポンチョから、長袖のワンピースを覗かせている。ブーツのつま先を合わせながら、長く綺麗な黒髪に何度も手櫛を入れていた。
待ち合わせは十時である。そして今は八時。
「油断したな……」
二時間前なら早すぎると思っていた自分が恨めしい。完全に九条に後れをとってしまった。
これでは前から夢だった「ごめん待った?」「いや、今来たところだ」が逆になってしまう。いや、そもそも待つも何も待ち合わせまであと二時間だ。
茂みから様子を窺う。九条はどこかそわそわしながら、何度も腕時計を見ていた。彼女もまた、今日のデートを楽しみにしていたのだろうか。そうだとしたら嬉しい。
ただ、そんな彼女を待たせておくわけにもいかないだろう。定番のやり取りは、まだ後日やることにしよう。諦めて、首領は茂みから出ていった。
「あ」
こちらの姿を見て、パーッと顔を綻ばせる九条。すぐさま怪訝そうな顔になる九条。無理もない。サングラスとマスクをしているのだ。誰だか分からなかったのだろう。両方とも外す。
「俺だ、九条さん」
「え、あ、はい」
思っていた反応とは違うが、納得して貰えたなら幸いだ。
「それにしても早いな。待ち合わせ時間まであと二時間もあるぞ。いつからココで待ってたんだ?」
九条は頬に手をあて、困ったような顔で言った。
「昨夜からです」
徹夜組だった。よく見れば、少し離れた所にテントが張ってある。
ガチなタイプの徹夜組だ。
「……泊まったのか?」
「ええ。とても冷えましたけど寝袋があったので助かりました。あ、たき火はしていませんから大丈夫ですよ」
そういう問題じゃないと思ったが、九条が満足そうだったので何も言わなかった。それに、あのテントはこれだけ楽しみにしていたという気持ちの現れのようなもの。無下に否定して悲しませるつもりもない。
「とりあえず、あそこのベンチで少し休憩しよう」
「そうですね。私ももっと山田君とお話したいですし」
危うく膝から崩れ落ちるところだった。こんなにも会話しようとしてくれる相手なんて、篠山を除けば職務質問する警察官ぐらいだ。
嬉しさのあまり飛びそうになる。力を抑えながら、二人仲良くベンチに腰を下ろした。
ベンチが壊れてひっくり返った。
「敵襲か!」
九条を庇うようにして屈む。だがどこにも敵の姿は見えなかった。そもそも敵って何だ。
「あう……」
後頭部を押さえながら涙目の九条。膝が隠れるほどのワンピースでなければ、今頃はあられもない姿を世間に晒していた事だろう。残念ではないが、彼女の尊厳が守られて良かった。残念ではないが。
「大丈夫か、九条さん。どうやらベンチが腐っていたみたいだな。まったく、行政も恋愛じゃなくて、こういう所に目を配って貰いたいものだ」
文句を言いながら九条を起こす。
「大丈夫です。ちょっと打ったみたいですけど、怪我はありません」
血は出ていないし、たんこぶも出来ていない。
頭を打ったのは少々心配だが、今すぐどうこうという感じではなさそうだ。
「あ」
九条が声を上げる。何事かと思ったが、よくよく見れば自分の手が髪を掻き上げて九条の後頭部にベタベタと触っていた。
「わ、悪い!」
慌てて手を離そうとするが、九条はそれを止めた。
「そのままで構いません。山田君の手、冷たくて気持ちいいですから」
今日ほど鎧を着ていて良かったと思うことはない。ベンチが壊れるハプニングもあったが、今となってはそれも許せる。おかげで、こんなにも幸せな状況になれたのだから。
もういっそ、このまま夕方まで過ごしてやろうか。そう思い始めた時。視界の端に見慣れた人物が映った。
首領はサングラスとマスクを外し、それを九条に手渡す。
「すまながいが、これを付けていてくれ。俺はちょっと席を外す」
「は、はい。分かりました」
何かを察したのか。小声で頷く九条。
首領は鎧の色を黒に戻し、何気ない感じで壊れたベンチから立ち上がる。
「よお、こんな所で何やってるんだ。不知火」
この公園は今日の作戦区域ではなかった。だからこそ待ち合わせ場所に選んだのだ。だというのに、どうして不知火がここにいるのか。心の中で冷や汗を掻きながらも、鎧からは一滴の汗も出さずに動揺を隠す。
眠たそうな目の不知火は、首領の背後を見つめながら口を開いた。
「首領に用があったので家まで行った。いなかったのでココに来た」
「何でここだと分かった? 誰にも教えてないはずだぞ、ココにいるのは」
「匂いで分かった」
犬かよ。くんくんと鼻を鳴らす不知火を見て、思わず頭を撫でそうになった。当然、手を出したら弾かれるわけだが。
「ところで、あの人は誰?」
指をさす方向にはサングラスとマスクをした九条の姿がある。
「ああ、あれはこの公園の原住民だ。ほら、あそこにテントが張ってあるだろ」
「この公園に野生の民が?」
「おそらく別れたカップルの片割れが悲しみのあまり、野生に帰ったんだろう。あまり刺激するな。迂闊に近づくと股を裂かれるぞ」
目を見開く不知火は、分かったと頷いた。
「で、用ってのは何だ?」
「自宅襲撃計画の骨子が出来上がった。出来れば首領にも目を通して欲しいと作戦部から」
適当に言った出まかせだが、葛野達は真面目に考えてくれたらしい。それに応えてやりたい気持ちはあるが、いかんせん今日の首領は休日かつデートである。そちらに付き合う余裕などない。
「明日でもいいか?」
「構わない」
九条の方をチラチラと見ながらも、何も言わず不知火は立ち去った。ふぅ、と胸をなでおろす。姿を見たときは心臓が止まるかと思ったけれど、どうやら上手く誤魔化せたようだ。
慌てて九条の所に戻る。
「ここは危険だし、そろそろ次の場所に行くか?」
九条は笑顔のまま言った。
「そうですね。このままだと私、山田君の股を引き裂きそうですから」
聞かれていたらしい。
派手な音楽と鮮やかな色彩。『遠くにあっても近くにいるよ』がキャッチコピーなだけあって、本当に近づかなくても目立つ。
恋愛特区の煽りを受けて、つい最近出来上がったばかりの遊園地。空金ランド。当初はラブランドや恋愛遊園地という案もあったそうだが、地元の名前を推したいという事で一致したらしい。
それしても、この安直なネーミングセンスはどうにかならなかったのか。もっと偉人の名前を引用するとか、神様の名前をもじるとかあっただろうに。以前はこの無機質な感じが良いじゃないかと思っていた。だが彼女と来てみると、もうちょっと何とかしろと思ってしまう。
などと考えつつバスを降りると、目の前にお城の門のような入口が現れた。ちなみに、この遊園地のコンセプトは恋愛だ。その為、和洋折衷節操なく取り入れている。
「わぁ……噂には聞いていましたけど凄いですね。この門、本当にお城に来たみたいです」
門の側には屈強な兵士が控えている。さすがに銃や鎧こそ持っていないが、その巨体は見るだけで威圧感を与えていた。下手をすれば鎧を着た首領よりも強そうに見えるかもしれない。ちなみに一人や同性同士で入ろうとすれば、あの兵士に止められるらしい。鬼か。
「それじゃあチケットを買うわけだけど……友達用でいいよな?」
空金ランドはまず入り口からして気合の入り方が違う。恋人用の入り口ではキスをすればチケットが半額になり、友達用では手を繋ぎながら入場すれば三割引きなのだ。普通に買えば一万円するので、当然この割引を利用しない手はない。
つまり、このチケットを買うことはキスしてもいいか。あるいは手を繋いでもいいかと尋ねているに等しかった。直接訊けない奥手な少年少女にとって、この制度は実にありがたいものだ。つい先日までは、キスじゃなくて頭突きでいいじゃんとか思っていたけど。
「そうですね。と、友達用でいいと思います」
口に手を当て、視線を逸らしながら九条は言った。吐き気を抑えているわけではないだろう。朱に染まった頬が、それを否定している。恋人用はハードルが鳥居レベルなので自重した甲斐があるというものだ。
頬を掻く首領の鎧も真っ赤に染まっている。変装の為に。
「じゃ、じゃあ並ぶ時から繋いでおくか? ほら、そうすれば確認もスムーズになるだろ。いざとなってから戸惑ってたりしたら、後ろの客にも迷惑になるし。だったら、ここでもう繋いでおいた方が良いんじゃないかと思うんだが。どうだろう」
反論を恐れて、ついつい一気にまくし立ててしまった。九条も唖然とした顔をしている。焦りのせいで失敗したかと反省していると、クスッと九条の表情が緩んだ。
「分かりました。確かに、その方が良さそうですね」
優雅な仕草で差し出される手。こんな状況に巡り合えるなんて、生きてて良かったと感動を覚える。
だが同時に、この触れば壊れてしまいそうな陶器のような手を握っていいものか戸惑う。無論、恋禁術を駆使すれば握りつぶせるのだが。恋人の手を潰す馬鹿がどこにいる。
一瞬の躊躇に対して、九条は困った顔でこちらを見つめる。いけない。提案したのは自分の方だ。言いだしっぺが戸惑ってどうする。心の中で気合を入れ、おもむろに九条の手を握った。
ほんのりとした温かみが鎧を通して伝わってくるようだ。いや、伝わってきている。そう思わないと空しい
いっそ鎧を外してやろうかと思った。
「…………」
戸惑う首領に対し、九条は難しい顔で繋がれた手を見つめている。
「ど、どうした?」
「あ、いえ。やっぱり山田君の手は冷たいですね、と思っただけです。でも、手が冷たい人は心が温かいって言いますし」
外せなくなった。ここで外したら彼女の言葉を否定するも同然だ。それに貪欲すぎて彼女がひくかもしれない。
「まぁ、その理論だと鎧を着てる人はみんな心が温かい事になるけどな」
「それもそうですね。でも、山田君は熱い人だと思いますよ。例え鎧を着ていようと、着ていなくても」
九条の微笑みが胸をしめつける。チケットを買う前にこれだ。このまま入場してしまったら、自分はもう死ぬのではなかろうか。
だが、これで死ねるのなら本望である。まぁ、九条の心に一生消えない傷を残しそうなので死ぬ気は無いけども。
それに折角つないだ手だ。離したくはない。
「チケットと繋いだ手を拝見させて貰います」
待ち時間など退屈なはずなのに、気づけばもう係員がそこにいた。首領たちは気恥ずかしそうに手をあげる。それを確認した係員は頷き、そしてこちらを見て眉をひそめた。
「コスプレですか?」
「そのようなものです」
説明が面倒なので適当に誤魔化した。街中で鎧は目立つけれど、遊園地ならばさほど違和感は無い。さすがに赤い鎧は滅多に見ないが、黒や白で正体がバレるよりかはマシだ。
「次からは入場してから着替えてくださいね。ちゃんと専用の更衣室も用意してありますから」
「はい、すみません。気を付けます」
案の定、それだけで入口をスルーできた。このまま追い返されたら、デートどころではなくなる。密かに安堵しながら、首領と九条は門をくぐる。
視界が開けた。まるで二人を祝福するかのように、高らかに音楽が鳴らされる。
目の前の広場には噴水だけではなく、色鮮やかな花畑が広がっていた。赤や青に咲き乱れる花の間を、美しい清流が通り過ぎていく。西洋のテイストだけではなく、和の要素も取り入れているようだ。
勿論、人は多い。しかし入口は少し小高い丘の上にあるので、公園を一望する事が出来るのだ。入場したカップルはまず、この公園の美しさに足を止めてしまう。横を見れば、九条も目を輝かせていた。
ちなみに首領は何度もこの遊園地に来ている。ただ目的はカップルの破局だった為、こうして改めて公園を見る機会など無かった。こんな光景を見逃していたなど、自分の目がどれだけ節穴だったのか思い知らされた。
「凄いな、これ。噂には聞いていたけど、こうして見ると凄いなとしか言えない」
「ええ、来てよかったです」
満面の笑みでそう答える。だが、デートはまだまだ始まったばかりだ。
「公園もいいが、他のアトラクションも俺たちを待っている。さて、まずはどれにしようか」
どれでも構いませんと言われたので、足が向いたのはジェットコースター。疲れてきた頃に乗るよりも、元気なうちに挑戦しておいた方がいい。まずはこれに悠々と乗って、頼れる男をアピールするのだ。
このコースターには撮影箇所が数ポイントあり、仲睦まじい二人の様子を写真にして渡してくれる。鎧を着ているので表情こそ見えないが、動揺している姿を後世まで残すわけにはいかない。
「……だ、大丈夫でしょうか? 安全バーとか外れたりしませんよね?」
先頭に乗り込んだ首領と九条。九条はよほど怖いのか、何度も安全バーを確かめていた。ここのバーは各自とも独立しているので、仮に首領のバーが外れても九条には何の影響もない。
「もしも外れたら、真っ先に俺が助ける。だから安心してくれ」
「……はい。ありがとうございます、山田君」
微笑みながら、九条は確かめるのを止めた。出来れば手でも繋いでおきたいところだが、さすがにジェットコースターでそれは厳しい。ここは余裕ぶることに専念するとしよう。
「それでは快適な旅を満喫してください!」
係員の合図と共に、ゆっくりと出発するコースター。最初から全力がモットーらしく、まず見えるのは垂直に反りたったレールの壁である。隣からヒッという悲鳴が聞こえてくる。
安心しろと言ってあげるべきなのだろう。首領がビビって声も出せない状態でなければ。
必死の思いでバーを掴む。汗など掻くはずもないのに、ついヘルメットをぬぐってしまう。
「ああーっ!」
触りどころが悪かったのか。サングラスが落下していった。
「い、いや、まだ大丈夫。マスクあるし。それにここには構成員いないし。うん、問題ない。問題ないからちょっと、戻ろうか」
無機物に容赦など無かった。コースターは頂上まで到達する。そして止まる。空金市の素敵な光景を恋人たちに届けようというサービスなのだろう。地平線の彼方まで広がる街の光景に、感動などするはずがなかった。いいから早く降りろ。いや戻れ。
「ん?」
その時、首領は視界の先にありえないものを見た。ジェットコースターの出口。その施設の屋根の上に、不知火の姿があったのだ。幸いにもこちらは見ていてないものの、どうして彼女がここにいるのか分からない。
「馬鹿な!」
驚きのあまり立ち上がる。恋禁術を持ってすれば、こんなバーなど無いのようなものよ。
「あ」
そしてコースターは落下を始めた。
咄嗟にバーを掴む。
「きゃあああああああ!」
「あああああああああ!」
九条や他の客の悲鳴があがる。首領も悲鳴をあげていたが、それはもう生命の危機的な悲鳴だ。恋禁術があれば放り出されても何とかなるかもしれないとか、そういった思考の余裕はどこにもなかった。
ただ必死でバーにしがみつく。それだけだ。重力に翻弄されて放り出された身体が順路に添ってブラブラと揺れる。今となっては度胸を試す乗り物ではなく、握力を競う装置になっていた。
このままではいけない。混乱した首領の脳みそに、ふっとある閃きが舞い降りる。
そうだ、コースターを止めればいいんだ。
「はぁっ!」
コースターに恋禁術の力を送り込む。途端に、コースターは急停止した。一時的なものだが、他の乗客の勢いも同時に止めなければならない。
そうしないとうっかり自分ことを忘れていた首領のように放り出されてしまうから。
そのままコースターのコースをボブスレーのように滑りながら、ゴールまで到着する。
「お、お疲れ様でした」
ひきつった顔の係員。寝ころんだ態勢のまま、首領は言った。
「もうちょっとループとか増やした方が楽しいぞ」
遅れてやってきた次のコースターに跳ね飛ばされたのは言うまでもない。




