第9話『告白と告白』
溜息を吐きながら椅子に座る。こういう疲れたときにこそ、椅子へ金をかけたありがたみが分かるというものだ。疲労感も纏めて包み込んでくれるような感触だと説明しても、甲冑なら分からないのではと誰にも理解して貰えないが。
このまま寝てしまいたい衝動に駆られるが、せっかく仕事が早めに終わったのだ。この機会を逃すわけにはいかない。
机の引き出しを開き、紙と筆を探す。新聞紙の切り抜きという線も考えたが、あまりにも犯罪臭が過ぎるので止めた。
「この後はどうされますか、首領?」
「もう少し、ここにいる。車は後で回してくれ」
「かしこまりました。ところで、何の仕事をされるんでしょうか? 緊急の仕事はとくに無かったと思いますけど?」
紙と筆を見つめながら篠山が首を捻る。
「転校生に手紙を書くんだよ」
紙がライターで燃やされた。
「何をする!」
「恋愛撲滅組織の首領がラブレターを書かないでください。査問委員会で大々的に公表しますよ?」
舌打ちしながら新しい紙を取り出した。
「ラブレターじゃねえよ。俺の正体を告白するんだ。後々にバレるより、今バラしておいた方がいいからな」
「申し訳ございませんでした。それなら大歓迎です」
紙の上に文鎮を置かれた。
篠山の急な態度の変化に戸惑う首領。
「いいのか?」
「自分で掘った穴に飛び込もうとしているんですから、止める道理はありません。どうぞ思う存分に告白されるのがいいかと。ついでに性癖も書き添えておけばよろしいのでは?」
それは墓の下まで持っていく秘密である。好きな女の子に告白するようなものではない。というか、したら変態だ。
不細工で首領で変態となれば、スリーアウトでバッターチェンジである。
墨汁を取り出し、硯に入れる。筆を浸した後、いざと紙に向かうのだが一文字目でつまづいた。
「さて、何と書くべきか?」
拝啓では堅苦しすぎる。背景だと意味が分からない。
『ハーイ、ケイ!』だとケイへの手紙だ。差出人はタンクトップを着たブロンド美人っぽい。
ここで愛の告白をする気はないとはいえ、悪印象を持たれては元も子もない。なるべく好印象を持たれるよう心掛けたいのだが、そういう文章とはどう書けばよいのか。記憶を引っ張り出したところで、『好きです』『付き合ってください』『俺は彼女がいないんで今なら狙い目です』で構成された手紙しか出したことがなかった。
「『今日の放課後、体育館裏で待っている』でいいか?」
「それだと完全に愛の告白なのですが。もっと事務的な場所がいいのでは?」
「放課後、職員室まで来るように」
「ただの呼び出しですね」
屋上や放課後の教室もムードがありすぎる。かといって自分の部屋は論外だ。来るわけがない。
店にしたところで、この辺りの店は大概カップル優遇。妙な雰囲気の中でマトモに話が出来るとは思えない。ついうっかり告白してしまいそうだ。
これはあくまで自分の正体を告白する為のもの。恋愛的な告白はその後である。
「うーん、やはり体育館裏がベストな気がする。因縁つけられるのも大抵は体育館裏だろ?」
「まぁ、そうですね。それが一番無難かもしれません」
「よし」
さらさらと筆をしたためる。あっという間に達筆な筆筋の文字が紙の上に現れた。我ながら今回のは自信作だと思う。これならば、転校生も気に入ってくれるのではないか。
後ろから覗きこんだ篠山が、怪訝な顔で尋ねた。
「それで、これは何と書いてあるのですか?」
首領は肩をすくめた。
「俺にも分からん」
達筆なのは雰囲気だけだった。
首領は筆を仕舞い込み、ボールペンを取り出した。
空が夕焼けに染まる頃。恋人つなぎで下校する学生たちを尻目に、首領は体育館裏へと足を運んでいた。こちらはあまり日が当たらず、薄暗い。滅多に人が通ることもなく、人を呼び出すには最適の場所と言えよう。
愛の告白と間違われないかと篠山は言っていたが、近くに焼却炉があり、さほど掃除の行き届いていないこの薄汚い場所で告白するほど首領も馬鹿ではない。するならば、もっとムードのある成功率が高そうな場所でやる。
自分の正体を明かすなら、これぐらいの場所でも問題は無い。
胸に手を当て、呼吸を整える。転校生の姿はまだ見えない。人間、こうして待っている時が一番緊張するものだ。舞台袖で待機している瞬間が緊張のピークで、いざ本番が始まると緊張している場合ではなくなる。今回も似たようなもの。胸が苦しいのは今だけだと自分に言い聞かせた。
「すーはー、すーはー」
体操のように深呼吸。大げさかもしれないが、段々と気持ちが落ち着いてきた。恋禁術をもってしても、緊張を解すことはできない。
辺りの様子を確認し、改めて自分がすべき事を振り返る。内容が内容なだけに、出来るだけ悪印象は与えたくない。あの救出が少しでも心に響けばいいのだが、いかんせん虎だ。あまり効果は期待しない方がいいだろう。
となれば大事なのは言葉。何をどう言うか。昨夜、寝ずに考えた成果が今ここで発揮されるのだ。
「まずは『来てくれてありがとう。実は君に言っておきたいことがあるんだ』だな」
ここはなるべく爽やかに。軽井沢のような雰囲気で言う。
「そして『君は知らないと思うけど、俺は恋愛撲滅組織の首領をやっている』か」
遠回しな言い方は逆効果だ。女々しいと思われる。ここは単刀直入、男らしくストレートに事実だけを伝えなくては。凛々しい告白にきっと転校生の好感度も急上昇間違いなしだろう。
さすがに委員長の娘なわけだし。アイオセンについて何も知らないという事はあるまい。この街でも派手に活動をしているのだから。告白してポカーンとされる心配はまずないはずだ。
「あとは『言おうかどうか迷ったけど、君には隠し事をしたくなかった』で意味ありげな視線を送って走り出せば完璧だな」
女性はミステリアスな男性に弱いという。最後の一言できっと転校生は、自分のことを考えて夜も眠れなくなるに違いない。不眠症にしてしまうのは心苦しいが、それもまた愛の一環である。
完璧な作戦にうっとりする。篠山がいなくても、これぐらいの計画は立案できるのだ。
「ふふふ、まずは前哨戦といこうじゃないか」
明日からの恋の戦いについても計画は練っている。最終的には夜の公園で、二人は目出度くカップルとなるだろう。組織については、またおいおい考えればいい。
「あ、山田君」
ドキリ、と心臓が揺れた。危うく意識を手放すところだった。
ぎこちなく振り返る。そこには枯山水のように微笑む転校生の姿があった。ちなみに首領は枯山水を知らない。
夕暮れの魔力か。それとも校舎裏の薄汚さが引き立たせるのか。教室で見る転校生とは、また一味違った美しさがある。腰まで流れる髪の毛は、思わず手櫛を入れたくなるほどきめ細かい。実際にやったら犯罪なのでやらないが。
突然話しかけられたこと。そして想定外の美しさに戸惑う首領。だが、すぐさま自分の目的を思い出す。ここで黙っていては、何をしているんだろうと呆れられてしまう。作戦のラインに戻さなくては。
コホンと咳をして、改めて転校生に向き直る。
「来てくれてありがとう。実は君に言っておきたいことがあるんだ」
「それって恋愛撲滅組織のことですか?」
「君は知らないとっ!」
「はい?」
不思議そうな顔で首を傾げられる。可愛い。じゃない。
甲冑の下を滝のような汗が流れ落ちた。
「し、知ってたのか?」
「ええ。この街でアイオセンは有名ですから。他のクラスの人が教えてくださいました」
ショックで項垂れる。よくよく考えたら、転校生ほどの美人が他のクラスに馴染めないわけがない。恋人がいたとしても、率先して情報を教えたがる男もいるだろう。恋人にバレて破局すればいい。
「だけどほら、甲冑の色が違うだろ! 俺は白! 首領は黒!」
「え、でも甲冑の形が一緒ですから同一人物だと思っていましたけど。そもそも、甲冑を着て歩く人なんてそうそういませんよ」
膝から崩れ落ちる。気づかれていたのだ。全部。
何のために呼び出したのか。これでは全く分からない。
無言になる首領に対し、転校生は戸惑ったように狼狽える。
「ご、ごめんなさい。何か酷いことを言ってしまったのでしょうか?」
「いや、九条さんは悪くないです。全部俺が悪いんです。景気が悪いのも、全部俺のせいです」
すまない世界のみんな。そのうち俺が何とかしよう。
だが恋人がいる奴には謝らん。
「それは違うと思いますけど。ええと……ところで、私を呼びだした用事というのは何だったのでしょう?」
何だったんでしょうね?
それはもう首領にも分からない。これまでの時間を全て火にくべて、灰にしてしまいたいぐらいだ。そういえば、他の幹部も彼女は正体に気づいているって言っていたような気がする。適当な事を言いやがってと思ったが、今にしてみれば真実だったのかもしれない。
転校生はそれでも首領の言葉を待っているようだが、ここから出来る暴露といえばそれこそ性癖ぐらいだ。そんなものを暴露すれば、間違いなく嫌われてしまうだろう。
それは嫌だ。だったらどうする。
子犬を見るかのように、覗きこんでくる転校生。下から見るアングルだと、また違った可愛さがある。
このままでいいのか。何も言わず別れていいのか。
空は茜色に染まっている。校舎の方からカップル達のイチャつく声。
恋人が欲しい。嫌われたくない。どうすればいいのか。あらゆる思いが混ざり合って、出てきた言葉は、
「好きです」
転校生の困った顔が、驚きの表情に変わる。
自分が何を言ったのか信じられない首領。だけど、もう出てしまった言葉は撤回できない。慌てて取り繕おうとして、
「俺と付き合ってください!」
全力でアクセルを踏んだ。何故だ。
違う。こういう告白がしたかったわけではない。もっとこう夜景の見える海で告白するつもりだったのだ。好感度をあげまくった後で、勝算有りの状態で。
薄汚れた体育館裏でしてどうする。転校生は顔を俯かせているじゃないか。
慌てて立ち上がる首領。だが、立ち上がったところでどうなる。あわあわと手を動かしたところで、吐き出した言葉は消え去らない。何か更に言うべきか。しかし、これ以上何か言っても泥沼になるだけだ。
葛藤する気持ちが態度に現れ、首領はそのまま動けずにいた。
不意に、転校生が顔をあげるまで。
「はい、喜んで」
夕焼け空にカラスが飛んでいる。
空気は肌寒く、まだまだ冬の名残が残っていた。
コロコロと風に揺られて、丸まった紙が転がっていく。
世界は変わらない。あるがままだ。
「…………今なんて?」
確認の言葉に、転校生は笑顔で答える。
「に、二度とも言わせないでください。恥ずかしいじゃないですか。ええと……はい、喜んでと言いました」
空を見上げる。
腹の奥から歓喜がせり上がってきていた。おそらく、もうすぐ叫ぶだろう。大きな声で、『ええええ』と。
その前に報告させてください。
父さん、母さん。恋人が出来ました。




