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商会(帝国御用達出版商会)

 帝国の使用人の女の子は、最初に宿を案内してくれた。

 宿代は、要らないらしい。

 けれど、おんぼろの宿屋だった。


 次に、出版商会を案内された。

 帝国御用達の出版商会だ。

 そこでは、帝国内外の王族貴族、豪商などからの、武勇伝、自伝などを依頼されて本にしている。


「お話は伺っております。枇々木(ヒビキ)様。まずは、お座りください」

 出版商会の偉い人に挨拶を受けた。


「お国では、本を書かれていたとか?」

(「お国」? って、ああ、転移前のことか?)

「はい。『小説』というものを、書いておりました」

「『ショウセツ』ですか? どういったものですか?」

「えーっと。英雄物とか恋愛とか人間同士の色々な心のやり取りを、架空の物語で表現する感じですね」

(で、合ってるかな? 正確な説明となると、自信がないが、だいたいこんなんで伝わるのかな?)


「ほう。なるほど。それは、興味がありますね……」

 僕は、その言葉に、少し嬉しくなった。

「本当ですか? じゃ……」

「ああ、ですが……、当帝国内では依頼がないので書けないと思います」

「え?」

「それに、書くための費用が工面できたとしても、それを買っていただける方々が、いらっしゃらないので難しいかと」

「そ、そうですか」

 僕は、ガッカリした。

(じゃ、何を書けばよいんだ?)

「あのー、可能ならばで良いんですが……」

 そう言うと、その偉い人は、僕に耳打ちするように小声で話しかけてきて、こう言った。

「異世界の歴史を書いて頂くことは可能でしょうか? もちろん、ちゃんとした歴史書が無理なら物語風でも良いので」

「え? 良いんですか? それで良ければ僕も是非お願いします。書きたいです」

 僕は、嬉しかった。

 王族・貴族、豪商の人達の自慢話を聞いて、それを本にまとめる仕事よりも、ずっと良い。

(断る理由なんてないよな)

 その話を聞いた途端、頭に構想が、いくつか浮かんできていた。


「なるほど、では、よろしくお願いします。 ですが、……」

 出版商会の偉い人は、また耳打ちするように話しかけてきた。

「くれぐれも帝国のお偉い方々には、御内密に願います」

(ん? 内密にしなければならないことなのか?)

 しかし、そう思った後、追い出される時に言われた注意事を思い出した。

 

『「ただし、あなたが、こちらの世界に召喚されたことや、あなたの世界については、一言もしゃべってはなりませんよ」』


 流石に心配になって、その偉い人に尋ねた。

「あの、聞いているかと思いますが自分の国の話は……。それに、検閲されるとも聞いていますので」

 すると、出版商会の偉い人はニッコリと笑って答えた。

「どうか御心配なさらずに、存分にお書きください。ちゃんと、許可取ってありますので。あまり大ぴらにしたくないだけの事であります」


(そうか、なら安心だ)

 帝国の使用人の女の子は、僕と出版商会の偉い人がヒソヒソと話をしていても気にかけていない。

 おかしいなとは思ったが、まさか尋ねるわけにもいかなかった。


 その時自分の書く本が、どれほどの意味がある本なのか、僕は本当に良くわかっていなかった。

 口外してはならないのなら、城内で囲って外へ出さないようにするはずだ。

 こうして自由にさせるのは、無駄に召喚してしまった後ろめたさを誤魔化す為かと軽く考えていた。



「では枇々木(ヒビキ)様、私の役目は、これで終わりとなります。ご活躍の方、お祈りしております」

 その使用人の女の子は事務的に別れの挨拶をしてきた。

(お祈りかぁ?)

 その「お祈り」と言う言葉に僕はちょっとダメージを受けた。

「あ、うん。ありがとうございます。短い間でしたが、お世話になりました」


「……」

 彼女は僕の返事に答えず、僕の顔を見つめてきた。

「あ、あの? 何か?」

 僕はたまらず尋ねた。

「いえ、申し訳ございません」

「何か言い足りない事とかありましたら、お願いします」

「……」

(ん? またダンマリだな。どういう事なんだろう?)

 僕は、彼女の考えがわからず困惑した。

 だって、何も言わずにジッと見てくるだけなんだし。


「もしかして、別れを惜しんでくれてるのかな?」

 僕はニコリとした笑顔で、ちょっとからかってみた。

「!」

 彼女は目を丸くして……。

「し、失礼します」

 と言い放つとプイっと顔を逸らし、馬車に乗り込んで城の方へ帰ってしまった。

 一緒についてきた連れの者達と一緒に。


「んー。何だったんだろう?」

 僕は気になってしまったが、もう会う事もない彼女の事を気にしても仕方がないと考え頭を切り替えることにした。


 だが、僕に書かせる「本」は、そんな程度のシロモノでは無かった。

 この事を思い知らされることになるとは。

 この時の僕は思いもしなかった。


 しかし、それは、僕にとって。

 いや、この世界にとって必要不可欠で回避不能なことになっていくなんて、分かるはずもなかった。

 

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