別れ
その日は、ナビさんと出会ってからの事を色々と話した。
来た時の僕は、怖い顔をしていたから声を掛けづらかったとか。
印刷所で別れる時などは、いっその事、本当の事を全部言って皇国に来てもらおうと思っていたとか。
その時、僕が変な事を言うからビックリして逃げるように帰ってしまったとか。
馬車の中では気を失って眠っている僕が、頭をぶつけない様に膝に乗せて支えていたとか。
僕の手伝いをするように言われた時は、実は嬉しかったとか。
僕はナビさんに、リリィさんに花を渡す話を、僕の世界に有る風習のブーケトスみたいに感じたと伝えた。
「幼馴染の子と、お別れするみたいだなぁ」
僕は呟いた。
ナビさんは、それを聞いてニコリと笑顔になった。
「嬉しいです。幼馴染ですか? でも、前に枇々木様から聞いたお話だと、幼馴染は『負けヒロイン』なのですよね?」
僕は余計なことを教えてしまったと後悔した。
「いや、御免なさい。そういうわけでは……」
僕の焦った顔を見て、ナビさんはケラケラと笑った。
「そう言えば、ナビさんは胸を患っていましたよね?」
「はい。そうですが?」
ナビさんは、少し首を傾げ不思議そうな顔をした。
僕は、自分の世界に有った胸や心臓の医学に関する話をしようとした。
「あの……」
と言いかけた時。
「枇々木様、駄目です!」
ナビさんは、厳しい顔をして僕の次の言葉を言わせなかった。
「枇々木様、それ以上語っては駄目です。もし、話されてしまったら、今度は医学の世界で帝国が軍事面でしていることと同じ事が世界中で起きてしまいます。誰にも話しては駄目です」
ナビさんは、まっすぐ僕の目を見て話してきた。
「いつか同じような所に私達の世界もたどり着くかもしれません。ですが、その前に私達の世界では越えなければならないものがいくつもあると思っております。それが守られることが無い限り、今度は転移どころではない酷い出来事が引き起こされてしまいます。転移魔法については、今は大掛かりな準備がいるので大国以外には出来ません。ですが、枇々木様が言おうとされている医学の事については、転移よりも身近にあります。自分が助かりたい為に何でもするような人に知られたら、大変なことになってしまいます」
これはデリケートなことなので、僕は何も言えなかった。
「私達の世界では、私達なりの方法で解決出来ると信じております。今は難しいですが、いつかは。 枇々木様の世界には無い力が私達の世界にはあります。きっと、たどり着けると思っています」
そう言い終えると、ナビさんは優しい顔に戻っていた。
「枇々木様。私も本を出したいと思います」
「本?」
「はい。旦那様になる方はお医者様です。だから、医学書を書いてもらおうかと」
「へぇ。それは凄いね。もしかして、まだ誰も書いていないのかな?」
「はい、恐らくは。枇々木様に教えて頂いた本の書き方を旦那様に伝えて書いて頂こうかと。私も枇々木様の様に沢山の国に広げて伝えられたらと。まだ、旦那様になる方の御許可は頂いておりませんが」
「そうか。その本が僕の手に届くことで、ナビさんが元気にしていることがわかるんだね。素敵だ」
「はい。枇々木様の真似をしてみようかと」
そう言うとナビさんは、悪戯っぽく笑った。
二人でリビングに座って話しに夢中になっていると、ノックをする音がした。
「枇々木様。ナビ様のお迎えがいらっしゃいました」
使用人さんは、私達が気が付くようにノックをして伝えてくれた。
「では枇々木様、これで失礼いたします」
ナビさんは、深々と礼をして別れの挨拶をしてくれた。
「うん。今までありがとう。本当にありがとう」
ナビさんを迎えに婚約者の御医者様が、1階で控えていた。
「これはこれは枇々木様。お初にお目にかかります」
優しい顔立ちの人だった。
如何にも御医者様という感じの。
そして、名家の貴族としても風格もあった。
(ああ、本当に素敵な人だな。ナビさん、きっと幸せになれるだろう)
その婚約者の御医者様に手を引かれ、二人は馬車の方へ向かう。
僕もその後を続いていく。
馬車は、何故か少し離れたところに止まっていた。
この屋敷が、少し分かりづらかったらしい。
(うーん。表札出してないしなぁ。似たような屋敷が偽装もかねて、何件か散らばっているし)
『ここに枇々木在り!』なんて書いて出していたら、いくら何でも馬鹿すぎるからしょうがないのだけれども。
そして、馬車に乗り込む時にナビさんは手を大きく振り、大きな声で僕に叫んだ。
「先生――! 必ず、あの方を捕まえて下さいね――! あの方は、絶対、絶対に先生の事を待ってますから――! 絶対に待ってますから――! 必ず、幸せにしてあげて下さいね――! 絶対ですよ――!」
そう言い切るや否や、ナビさんは左胸を押さえてうずくまった。
(あわわ!)
僕は慌てて駆け出した。
婚約者の御医者様も慌てて近寄る。
が、直ぐにナビさんは胸を押さえながら顔を上げ、手を振って僕が来るのを制止した。
少し痛そうにしながらも笑顔を作り、申し訳なさそうにお辞儀をした。
僕はホッとして足を止めた。
二人はその後立ち上がり、僕に最後の別れの礼をして馬車に乗り込んでいった。
見つめ合って乗り込む二人。
乗り込む時に、二人は僕の方を見ることはなかった。
馬車は直ぐに出発した。
遠くに行くにつれ段々小さくなり、見えなくなってしまった。
「凄い子だったなぁ。あれで胸を患ってなかったら、リリィさんと肩を並べていたんじゃないかなぁ?」
そんなしょうもない事を呟いていた。




