ナビ
朝起きて、使用人に呼ばれ朝食を取った。
朝の景色も綺麗だ。
食事を終えると、屋敷の敷地内の庭を散策してみた。
(気が付かなかったな。昨夜の夜空といい澄み切っている。綺麗だ)
屋敷は壁があって下からは外は見えないが、青空が綺麗に晴れ渡っていた。
監禁されている訳ではないので屋敷の外を出るのは自由なのだが、迷子になると困るのでやめた。
(当分は、引き籠りになるな)
帝国はどの方面だろう?
あの朝日の方角だろうか?
きっと彼女は、昨日も僕の手がかりを見つけられずに、困っているかもしれない。
それは、僕の想像以上の緊迫感なのだろう。
なにせ、プロとして暗殺に失敗したのだ。
それを生業としている者にとって、失敗は『死』を意味することになるのだろう。
あくまでも、僕の想像だが。
(早く、書かないと。早く、彼女の手元に届けないと)
焦っては良い文章を書けないのは、分かってはいる。
焦る気持ちは抑えられない。
切ない気持ちが。
「ただのラブレター書いただけじゃ、来てくれないかなぁ?」
思わずぼやいた。
彼女だけでなく、この世界の人達の気持ちをどう捉える。
どこまで責任を持つ?
玄関前の庭を、てくてくと歩きながら考える。
冒頭?
そうだ。
冒頭は、僕が転移前に見た夢の話を書こう。
僕が異世界の人間だったことを、印象付ける。
リリィさんの目についても詳しく描写するのが良いかもしれない。
少しづつ、少しづつ、構想が纏めていく。
プロットらしきものも、増えて生きつつあった。
昼前にぐらいに、フェイス達が屋敷にやって来た。
「やぁ、枇々木君。もう書けたかね?」
フェイスが唐突に進捗を尋ねてきた。
「え、いや、まだだよ」
(何言ってんだこいつ?)
「もう、昨日の今日で終わるわけないでしょう。フェイスも意地悪なこと言うのね?」
ローズさんが、フェイスの冗談に釘をさす。
「ハハハ。まだかぁ」
フェイスなりの気の使い方なんだろうな。
僕は、フェイスに構想はある程度まとまり始めたことを伝えた。
しかし、文章の細かい表現等で、どうしても気になる所となると筆が止まってしまう。
「うーん。文章についてか?」
フェイスも腕を組んで考えあぐねる。
「王宮内の報告書のような書き方なら教えられるんだが、こんな表現で良いのかと細かく詰められると答えられないな。ローズに聞いたとしても同じ事だろう」
「庶民的な言い方は、これであっているか言われると、確かに自信はありませんわ」
フェイスとローズは答える。
「誰か、適当な人はいないかな? 誰でも連れて来られるわけじゃ無いのは、分かっているけど」
僕はお願いしてみた。
「うーん。弱ったなー」
フェイスの周りは、皆身分の高い人達ばかりだ。
言葉遣いも上品で、それを参考に書いても、みんなが読まないだろう。
この小説のターゲットは、普通の人達なのだ。
特に、若い男女向けにしなければ、何のための恋愛小説なのだ?
しかし、ある程度書く方向性は決まっている。
4部構成にする事。
冒頭等、フェイスとローズに、一通り説明した。
「うん。わかった。これで進めて見てくれ。私達がアドバイスしても書き直しが発生するかもしれない。だが、待ってはいられない。特にリリィさんがね」
そうなのだ。
この状況で、一番困っているのが、リリィさんなのかも知れないのだ。
もしかしたら僕に対して、はらわた煮えくりかえっているかもしれないし、そうでないかも知れない。
3人で昼食を済ませると、フェイス達は帰ることになった。
「改めて言うが、進められるところまででいいよ」
フェイスが渋い顔で言う。
「しょうがないよ。僕も日常会話程度でやろうとしているんだ。それに無理があるのはわかっている」
と、フェイスに返事をした。
フェイス達を送り出すと、自分は再び書斎に戻って執筆を続けた。
フェイスとローズが朝に来て原稿を校正し、昼過ぎには帰るという感じで小説を書き進めることとなった。
ざっくばらんな性格で、比較的庶民的に近いフェイスだが、それでも「うーん」と悩むところが出て来ていた。
そんな毎日で進めていたある日、フェイスがようやく人を見つけてくれた。
「枇々木君、丁度良い人材が見つかったよ。この人なら君の力になれると思う」
フェイスが嬉しそうに言う。
「へぇ? どんな人?」
嬉しくて尋ねた。
「うーん。まあ、会って見たらわかるよ。それまでは、教えられない。理由があってね」
(理由?)
直ぐに教えてくれないことに僕は戸惑った。
「まあ、しょうがないな。で、いつ来てくれるの?」
僕の存在自体が秘密な所もあるので、強く文句も言えなかった。
「今こちらに向かわせている所だ。近いうちに来るだろう」
「わかったよ」
(一般庶民の言語や生活習慣、主に帝国についてとなるのだから、きっと髭もじゃの学者叔父さんだろう)
(フェイスやローズは、僕と年が変わらないから意見も言いやすかった。)
(が、御老人となると、きっと聞きにくいだろうなぁ。)
そんな懸念を抱きつつ、協力してくれる人を待つことにした。
翌朝、フェイスとローズが来た。
「おはよう、枇々木、進んでいるかね?」
フェイス達が挨拶をする。
しかし、その朝の挨拶の声の中に、何処かで聞いたことのある1人の若い女性の声がした。
(ん? 女の子の声? しかも若い子だな?)
僕はペンを走らせつつ、耳だけをリビングに集中させていた。
「枇々木君、お待ちかねの協力者だよ。君も会ったことある人だ」
フェイスの声を聞いて筆を止め、立ち上がってドアの方を見た。
「お久しぶりです。枇々木様、ナビです。また、お会いできて嬉しいです」
「あっ!」
僕も嬉しさのあまり、声が出てしまった。




