予兆
「何て、綺麗な目をしているんだろう」
その瞳に釘付けとなっていた。僕は、この後、この娘に殺されるかも知れないのに。
その瞳は透明に透き通っていて、まるでダイヤモンドの様に受けた光を捉えて反射してきた。
強い自制心に満ち、しっかりとした使命感に燃えているようだ。
だが、それと当時に、ダイヤモンドと同じ様に、ちょっとした傷から割れてしまう脆さも感じた。
瞳は、僕の姿をしっかりと捉えていた。
僕は、それを感じていた。
その娘の考えが、そのイメージが、僕には全て伝わって来た。
だが、この娘は、それはわかってはいないだろう。
この娘は、本気で僕を殺しに来ているが、この娘には、僕は殺せない。
僕が、彼女の剣を避けられる武術を身に着けているからではない。
どう動けば避けられるのかが、見えるからだ。
何故、見えるのだろう?
それは自分でも、わからない。
わからないけど、彼女がやろうとすることが、あの一瞬。
目が合った、あの一瞬で、手に取るようにわかってしまうのだ。
そして。
僕は、この娘と会う為に、ここに来たということを。
夢を見ていた時には、自覚していた。
「うーん。頭が痛い。ガンガンする。何だ?」
「あれ? 夢? あれは、夢だったのか?」
僕は、自分が殺されるかも知れないという夢を見て目を覚ました。
「うーん。可愛い子だったけど、あまり良い夢じゃないな」
寝ぼけてはいたが、僕は苦笑いをして呟いた。
「ん? まだ、4時じゃないか? 最悪。目も冴えっちゃったな」
頭は夢の事を思い返し、空回りをしていた。
「俺、誰かを振るようなことしたかな? まともに付き合ったことも無いんだが? それとも、予知夢?」
頭はぐるぐると回っているが体が起きようとしてくれない。
とりあえずテーブルの上に突っ伏してみた。
(何だろう、あの子。女子高生と同じ背格好だったけど、とても少女のような気迫じゃなかったな)
あの感じは、何に例えれば良いんだろう?
自分のイメージをいくつか思い浮かべてみた。
そして、その中から1つの候補が出てきた。
「あ、山の山頂のような感じだったな。そうだ、エベレストの山の天辺のような感じ。あの鋭い感じだ。そうだそうだ。周りの透き通るような空気、美しい稜線」
(ん? 稜線? あれ、違う意味だっけ? まあいいや。とにかく鋭く険しいけど美しく見とれてしまったんだ。あの子の目に)
僕は、ボーっと時計の時間を見ながら、あの時の夢は今までと違って忘れられそうにない感じがした。
やっと体を起こしてノートPCの電源を入れ起動させた。
ブラウザを開き、検索ワードに「高く美しくそびえる山」と入力して探してみた。
「秀峰と言うのか? 勉強になったな」
山にあこがれて登山にハマる人の事が、良くわかる気がした。
確かに、あの美しい山頂を見てしまったら、恋焦がれて上りに行きたくなるかもしれない。
いや、本気で登っている人たちは違う気持ちかもしれないけど。
僕が山登りを始めようとするならば、その気持ちから始まるだろう。
ブラウザの検索に、「エベレスト 壁紙」と入力し、画像の検索をしてみた。
「綺麗だけど凄い山だなぁー。やっぱり」
遠目で見れば白化粧で美しく見えるだろう。
しかし、検索結果から見るその山頂は、鋭くギザギザに尖った刃物のようなところが目についた。
サメの歯の様な形をしていて、写真に手を触れることが出来るのなら、ザクっと切れてしまうような、そんな鋭さを感じた。
(あそこまで極めるのに、きっと凄い経験を乗り越えてきたんだろうな)
彼女のあの目を思い起しながら、その思いにふけった。
でも、その小柄な体では、かなり無理がある気もしていた。
もし、現実に出会うことがあったなら直ぐにでも辞めさせたいと伝えたことだろう。
だが、しょせんは夢の中の少女。
本当にいるわけがないのだ。
(生活が苦しいからって、暗殺者の美少女の夢を見るなんて。これは、お迎えが近いかな?)
などと馬鹿な考えを浮かべながら、寝床から立ち上がって朝食を食べることにした。
(そう言えば家賃どうしよう。今日までに払えなければ、追い出されるんだっけ?)
そうなのだ。
ある程度の猶予を貰ってはいたが、家賃を払えていない。
寛大な大家さんは数か月待ってくれた。
だが、もう限界らしい。
申し訳ないので、自分は手持ちのノートPCを家賃の一部として物納することにした。
(もう、小説書いても自分のでは食っていけないし。他のバイトを本気で始めるしかないしな)
どこかの宿付きのバイトを探して入ろうと考えていた。
ノートPCはないが、スマホがあるので何とかなっている。
荷物はほとんど整理していて、このノートPCを部屋に置いておくだけで良い状況になっている。
ネットの接続はスマホと連動させている。
だから、ネットでの接続は困っていない。
ネットもプリペイド形式で、必要な時に払って使える様にしてある。
なので、職探しも、これで可能というわけだ。
無理をすれば、これだけで小説も書き続けられる。
それに……。
ペンを探そうとした時、親から誕生日プレゼントとして貰った「ガラスペン」の事を思い出した。
「あ、そう言えばあったな。大家さんへのお礼もかねて何か書置きしておくか」
カバンから「ガラスペン」とを取り出した。
カバンは、ちゃんとチャックを占めてノートPCの近くに並べるように置いた。
青い色のガラスペン。
先端が蕾の様になっていて、いくつも立て筋が入っている。
それが、丸い青い部分とつながり、柄の先端についている。
絵の方は、同じく青い色をしていて斜めに搾り上げられるように筋が入っていて、握りやすく加工されている。
とても原始的なペンだ。
「子供の頃に見たときは衝撃的だったなぁ」
思えば、このペンを見て物書きをしたいと思ったのだ。
しかし、絵は『画伯レベル』だった。
直ぐに、絵を描くのは断念した。
そうでなければ、自分へのダメージが甚大ではないからだ。
大学の方は、もう数か月前には退学していた。
アルバイトだけでは通えないからだ。
事情を話せば可能だったかもしれないが、そこまで執着もなかった。