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婚約解消は出来ませんでした

 目を覚まし、思考を整理させておりましたら、部屋の外が騒がしくなり、ノックもなしに殿下が部屋へと飛び込んでいらっしゃいました。


 わたくしが寝ていた部屋は、将来わたくしの為に使われる予定の見慣れた部屋で、その部屋の隣は殿下の部屋となっており、部屋同士は扉で繋がっておりますが、殿下が「結婚するまでは」と現在その扉は戸板で塞がれておりますので、当然廊下に面した正規の扉から殿下は飛び込んで来られましたわ。


「イザヴェル! 目が覚めたんだな!」


 脇目も振らず、一目散にわたくしの元へと駆けてきた殿下のお姿に、胸がドキンと高鳴ると同時に、この方が将来わたくしを断罪なさるのかと胸が痛みました。


 時間がどれだけ経っているのか分かりませんが、殿下の艶のあるキラキラと眩いばかりに美しい金色の御髪は乱れ、澄んだ空のような青い瞳の下には隈が見えます。


「何処か痛い所はない? 俺の事が分かる? 声は出せる?」


 最近では御自分の事を「私」と言うようになられた殿下が「俺」と言っているのですから、相当慌てていらっしゃるのでしょう。


 よく見ると服も拠れて、幾分かだらしなさを醸し出しておられます。


「殿下、わたくしはもう大丈夫でございますわ。何処も痛い所はございませんし、殿下の事もちゃんと分かります。声だって出ますわ」


「...…殿下って...…何時ものようにレンと呼んで」


 若干潤んだ瞳で懇願するように言われましても、わたくし、これから婚約の解消をお願いする身、そんな砕けた呼び方が許される訳がございません。


 殿下に人払いをお願いし、二人きりになってから、わたくし、緊張で声が震えないようにお腹に力を込め、殿下に婚約解消を願い出ました。


「わたくし、悪役令嬢みたいなのです。ですから婚約を解消していただけませんか?」


 そう申しましたら、殿下はキョトンという顔をなされ、その後見る間に瞳に涙をいっぱいに溜めて、ポロリとその涙が零れ落ちたと思った途端に「嫌だっ! 嫌だっ!」と子供のように泣き叫び始めました。


 殿下は世間では「孤高の王子」等と呼ばれておりますが、実際には極度のコミュ障(あちらの世界での言葉の方が分かりやすいでしょ?)でして、わたくしや御家族の前以外では緊張のあまり表情が作れず、自ら話し掛ける事も出来ないお人なのでございます。


 わたくしと婚約が決まった背景にも殿下のコミュ障がありまして、御学友を選ぶ為に集められた子供達の中で、唯一わたくしだけが殿下と普通にお話しする事が出来た上に、殿下自らが「結婚するならイザヴェルがいい」と仰ったとかで、わたくしが婚約者となりましたの。


 あー、鬱陶しいですわね、この話し方。


 今後も時々このような話しぶりを致しますかもしれませんが、今後はもっと砕けた話し方を心掛けますわ。


 わたくしと婚約が決まってからというもの、毎週のように殿下に招かれて王城へと通う事になり、本来であれば月に一度の婚約者同士の交友を深める為の茶会は週に一度になり、その他にもデートにちょっとしたパーティーにと行くようになり、殿下の行く所にイザヴェルありとまで言われる程に一緒に過ごしてきた。


 殿下はわたくしがいないと人とまともに会話する事も出来ないので、陛下からは「イザヴェルだけが希望なんだ! どうかあの子のあの性格をどうにかして欲しい」と丸投げされ、殿下からは「僕が自然体でいられるのはイザヴェルの前だけなんだ。これからもずっと一緒にいてね」と、とても胸がキュンと苦しくなる程の言葉をいただき、これまでは何処に行くにも一緒に過ごしてきたけど、来年からはヒロインが現れて殿下の隣にはその子が居座るのだろう。


 あの頃の殿下は「僕」と言っていたのよね、可愛かったわ。


 現状の殿下を見ていると「本当にヒロインと恋をするのだろうか?」と些か疑問が浮かぶが、恋ラビの世界なのだから恋に落ちるのであろうと思っている、強制力などで。


「わたくし、前世というものの記憶を思い出しましたの。その記憶の中で、わたくしが後に悪役令嬢と呼ばれるようになり、真実の愛で結ばれた殿下とヒロインによって断罪される未来を知る事となりました。わたくし、殿下を心からお慕いしておりますが、悪役令嬢にはなりたくありませんし、まだ若い身空なのに死んでしまうのは嫌でございます。殿下に将来的に想う相手が現れると分かっていますので、わたくしの傷がまだ浅いうちにこの婚約を解消致しましょう」


「うぅっ...…悪役令嬢? ヒロイン? ベルの言ってる事が分からないよ...…婚約解消は嫌だっ!」


 突然訳の分からない事を言い出したのだから、理解されないのも仕方がない。


 あ、わたくし、殿下から「ベル」と呼ばれておりますのよ。「ヴェル」ではなくサラッとした発音の「ベル」でございます。「ヴェル」って呼びづらいでしょ?


 わたくしは言葉の限り分かりやすく殿下に説明した、もう事細かく。


 最初は信じてくれなかったけれど、側近候補であり攻略対象者である者達の名を上げたら、徐々に信じてくれてホッとした。


 だって、まだわたくしにですら伝えられていない、最近陛下達の間で名が上がり始めたばかりの側近候補の名前をつらつらと並べられたら「あ、本当なのかも」と思うはずでしょ?


「わたくし、ヒロインが現れても決して悪事を働くつもりはございませんが、どのような強制力が働き、わたくしを無理矢理にでも悪役令嬢へと仕立てあげようとするのか予測も付きません。ですのでそうなる前に婚約を解消」

「嫌だっ! 俺がベル以外の女に心惹かれる訳がないっ! 俺が愛しているのは、ずっと傍にいて欲しいと願うのはベルだけだっ! 婚約は解消しないし、ヒロインに心惹かれる事もないっ!」


 泣きながらそんな事を言う殿下はまるで子供のよう。


 人前では表情すら作れない程にカチカチに固まってしまい、下手に話そうとすれば噛みまくり、緊張がピークに達すると吐いてしまう程のコミュ障な殿下は、わたくしの前でだけは色んな表情を見せる。


 こんな風に駄々を捏ねたり、甘えたり、悪戯したり、拗ねたり。そんな所も大好きだったし、今でも大好きだ。


「ですが...…わたくし、殿下に断罪されたら生きていくのも辛いと思いますの。そうなる未来が待っているのですから、そうならないように婚約は解っ?!?!」


 解消と言おうとした口は、殿下の口により塞がれてしまった。


「絶対に解消しない! 今後解消って言う度にキスでその口を塞ぐから!」


 顔を林檎よりも赤く染めた殿下が、涙を流しながらそう言うので、わたくし、コクコクと頷く以外出来なくなりましたわ。


 その後、殿下改めレンに、ヒロインについて執拗く聞き出され、レンはヒロインを調べてもらうように陛下にお願いしたそうだけど、それを知ったのは随分と先の事だった。

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